第五章 しおれる木の葉

第1話

「おはようございまーす!今日からお世話になりまーす!」

 朝、玄関から秋穂あきほさんの弾けた声が響いた。

 美海みうちゃんも、少し足を引きずるように入ってくる。

「よく来たね」

「おはよー。美海ちゃん」

 わたしは、おばあちゃんといっしょに玄関で出迎えた。

「おはよう。今日からよろしくお願いします」

 肩掛けバッグに腕をまわしたまま、美海ちゃんが、ぺこりと頭を下げる。

「いい子にしててよ。おばあちゃんを困らせることはしないようにね」

 秋穂さんは娘の頭をなでた。

「へ~い」

 美海ちゃんは、玄関に腰を下ろして、ひらひらと手を振った。

「それじゃ、ごめんけどよろしくっ。若葉ちゃんも、仲良くしてあげてねっ」

 いつものんびりな秋穂さんは、いつもより早口だった。

「ハイハイ、わかった。あんたも気をつけていってらっしゃい」

 おばあちゃんは、いつものペースで返した。

 秋穂さんはパタパタと出ていった。

 美海ちゃんは、玄関で義足を脱ぐと、靴箱に立てかけた。

 よく見ると、義足には飾りがついていた。ピンクのラインストーンがきれいに並んでいる。

「立てる?」

 そっとおばあちゃんが手を差しのべる。

「だいじょぶ」

「かばんを持とうか?」

「平気」

 美海ちゃんは、壁を支えにして片足で立ちあがった。

 ケンケンするようにして、居間へ進んでいく。

 ぐらついているように、わたしには見えた。

 手伝わないと!

 義足をじっと見ていたわたしは、ハッと我に返った。後ろから美海ちゃんの手を取る。

 驚いたように、美海ちゃんが、わたしを見上げる。

「あ。だいじょうぶ」

 美海ちゃんは、自分の手を、わたしの手からすっと引いた。

 居間まで来ると、美海ちゃんは、そこからは膝立ちになって進んだ。

 ダイニングテーブルの椅子に座ると、勉強道具を引っ張り出す。この前、秋穂さんが座っていた席だった。

 わたしも、二階から、勉強道具を持ってくる。そして美海ちゃんの対角線上に座った。おばあちゃんの席だ。

 美海ちゃんは、黙々と勉強をはじめた。

 わたしは、なんだか気まずくなって色々と話しかけた。

 本当はもう知ってるくせに、

「いま何年生?」

とか。

「この前やってたゲームって面白い?」

とか。

 でも美海ちゃんは、なんだかそっけない。ますます気まずくなってくる。

 年下の、小学生の従姉妹いとこに気をつかうって、なんなの……。

 十時になると、おばあちゃんが、ジュースとお菓子を用意してくれた。

「そう言えば、美海ちゃんって水泳習ってるんだよね?」

「うん」

 美海ちゃんが短くうなずく。

 そして、椅子に手をついて立ち上がった。テーブルを支えに、歩く。

「どうしたの?」

「ジュースのおかわり」

 聞くなり、わたしも慌てて立ち上がる。

「取るよ」

 すばやく美海ちゃんの前にまわり込む。

 冷蔵庫から、ペットボトルを引っ張り出した。

「やめてよ」

 急に、後ろから、とがった声が飛んできた。

 振り返ると、美海ちゃんが、むっとした顔でこちらを見上げていた。

「自分でできる。そのくらい」

「あ、ごめん ごめん。でも、わたしも、ちょうどおかわり欲しかったから」

 そう言って、わたしは、美海ちゃんのコップにジュースを注いだ。

 美海ちゃんは、ジュースを飲むことなく、わたしに背を向けてソファに移る。そのままテレビをつけて見はじめた。

 あんましゃべんないし、気が強い子なんだな。クラスにいたら、きっと好きにはなれないタイプだろうな。

 美海ちゃんの横顔をながめながら、わたしは、心の中でため息をついた。


 夕方、秋穂さんが、美海ちゃんを迎えに来た。保育園帰りの大地くんもいっしょだ。

 わたしは、エネルギーを振り絞って一階に降りていった。

 お昼は、主に二階の部屋ですごした。午前中のことがあり、なんだか気まずかったのだ。

「いい子にしてた?」

 秋穂さんがそう聞くと、美海ちゃんは、義足をはきながらうなずいた。

 これからほぼ毎日、美海ちゃんはここにやってくる。

 そう思うと、わたしは、少々気分が滅入った。

 とても疲れた一日だった。なんだか久しぶりに、エネルギーを使った気がした。

 そう言えば、学校でもこういうことがあったっけ。

 こっちに来て思うことがある。

 不登校の原因って、わたしの場合、この心のエネルギー切れが原因かもしれないということだ。

 体力のある人は長い距離を走ることができるけれど、体力のない人は、すぐに息が切れて走れなくなる。

 同じように、心にも体力みたなものがあるのかもしれない。

 自分は、そういう心の体力みたいなものが、人よりも少ないのかもしれない。だって従姉妹の女の子にさえも、エネルギーを使って疲れてしまうくらいなのだ。

 それとも、実はみんなと同じくらいに体力はあるのに、必要のないところでエネルギーをたくさん使ってしまって、それでエネルギー切れになったのかな?それでエネルギーが尽きて動けなくなったのかな?

 考えても答えは出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る