第4話


「おばあちゃん。どうして、わたし、急に木の声が聞こえるようになったんだろう?」

 夕食のとき、わたしは、ちらりとおばあちゃんの顔を見てたずねた。

 木の声が聞こえるようになり、輝葉姫とも会ったことを伝えると、おばあちゃんも秋穂さんも、おめでとうと喜んでくれた。でも、この状況をどうすればよいかわからなかった。別に何かしたいわけでもないけど。でもなんだか持てあます。

 少し考えてから、おばあちゃんは口を開いた。

「若葉ちゃんのお母さんも木の声が聞こえたんだから、その力を受け継いだっていうことでしょ。ばあちゃんの家族は、細々と、ことづての仕事を続けてきたからさ。その流れからいうと、若葉ちゃんが同じ力を持ってるのは、むしろ自然なことでしょ?」

「そっか」

「でもよかったね。聞こえるようになって」

「そう、かな」

「そうさ!それに、これで、お母さんからのことづても自分で聞けるじゃない」

 おばあちゃんは、うれしそうに笑った。

 そんなおばあちゃんが少し憎らしく思えて、わたしは黙った。

「せっかく声が聞こえるようになったんだから、おばあちゃんから聞くより、直接 姫さんから聞いた方がいいものね。だからそうしなさい」

 わたしは、自分の手に目線を落とした。

「あ。それとさ」

と話題を変えた。

「なに?」

「うん。美海ちゃんの、足って事故。とか?」

 おばあちゃんは、理解したように声を出した。

「ちがうの。生まれつき」

「そう。そうなんだ」

「前もって言わなくてごめんね。驚いたでしょ?」

「ううん。いいんだ」

「美海ちゃん、明日からうちに来るから。いろいろ手を貸してやってね」

「わかった」


 夜。わたしは、仮住まいの部屋の窓を少し開けた。

 空気が、頬をなでながら入ってくる。

 ここへ来て二週間以上が経った。

 都会にいたのが遠い昔のような気がした。

 お父さんの顔が頭にちらつく。お父さんとは、毎日スマホで連絡を取り合っている。

 今日も忙しかったのかな?でも、わたしがいなくなって、気楽にしてんだろうな。ドクシン気分(?)みたいなやつを楽しんでんのかもしれない。

 わたしは、思い切って、窓を大きく開けはなった。

 風と共に、庭で鳴く虫の音や近くの田んぼからはカエルの声も聞こえてくる。とてもにぎやかで、とても静かだ。

 ここは、生き物との距離が近いなと感じる。人と人との距離も。世界は生きているんだなと感じる。

 網戸のままベッドに寝っ転がる。

 一階から、チーンという音が耳に届く。

 朝の早い時間、わたしがまだ眠っているときにも聞こえるその音は、仏壇にあるおわんの形をした小さい鐘の音だった。りんという名前らしい。

 この音を耳にすると、線香の臭いまでも部屋に侵入してきそうだ。

 わたしは、タオルケットを頭からかぶった。


 夢を見た。

 いつものあの夢だ。

 けれど、今回はいつもと様子がちがった。小さなわたしとあの人がいて、そして大きな木の根元には輝葉姫もいた。

 そして、一番ちがうのが、その光景を見ているもう一人のわたしがいること。今のわたしだ。

 何を話しているのかまでは聞こえないけど、あの人は、輝葉姫と親しげに話をしている。

 小さなわたしは川のそばで遊んでいた。

 もうすぐ鳥が来るな。

 今のわたしは、それを見ながらそう思った。

 来た。矢が刺さったシラサギだ。

 小さなわたしも、それに気づいた。

 一番怖い瞬間が来る。身構えていたら、思いもよらないことが起きた。

 矢で射抜かれたのは、あの人じゃなくて輝葉姫だった。

 わたしは驚いた。急いで輝葉姫のそばに駆け寄る。ふと気づいたら、輝葉姫もシラサギも消えていた。わたしも消えていた。

 わたしは、いつの間にか小さな自分に戻っていた。

「若葉」

 声が聞こえた。

 初めてのことだった。

 遠く遠く、昔に聞いたような懐かしい声。

 小さなわたしを見つめて、あの人が何か言っている。でも、いつものように、なんと言っているのかは聞こえなかった。

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