第3話


◆◆◆


 それが、ほんの二日前のことだ。

 思い出すだけでユウウツだ。

 わたしは、ため息を漏らして、ベッドに座った。

 荷造りはほとんど終わったし、必要なものは先に段ボールで送ってるし、忘れものはないよね……。

 部屋を見渡す。

 机の上の茶色い大きな封筒に目がとまった。

「学校からの……。忘れてた」

 昨日、学校から届いた封筒だった。

 開けてみると、中から大量のプリントが出てきた。一番上は、担任の先生直筆の手紙だった。

「うわぁ……」

 汚い雑巾をつまむように、わたしはそれを取り出した。

三日月みかづき!学校のことは心配しなくていいから、ゆっくり休んで来い。

 入れているプリントは、一学期にやる内容を簡単にまとめたものだ。五教科それぞれの先生にお願いして作ってもらった。予習復習に使ってくれ!』

 手紙でも偉そうな先生だな。

 わたしは、また、ため息を漏らした。

 わたしのクラス担任は、悪い人ではない。悪い人ではないけれど、少し変わった先生だった。

 それは、一学期が始まって間もないころのことだ。

「なに?小学校の先生は、さん付けで呼んでくれていたって?生徒もお互いにさん付けだったぁ?」

 ホームルームの時に、クラスの誰かに言われて、教壇で先生は驚いたような声を上げた。

「お前らの中にも、同じようにさん付けで呼ぶように言われてたヤツはいるか~?」

 教室を見渡して、先生は、ジェスチャーで手を上げるようにやってみせた。

 半分くらいの生徒が手を上げる。わたしも手を上げていた。

「おいおい、マジかよ……。ったく、しょうがねぇなぁ」

 先生は、困ったように笑った。

「お前らは、もう中学生だ。一人一人キャラもちがう。だから、このクラスでは、お互いの呼び方は自由にやっていいぞ。呼び捨ても、ニックネームやあだ名も、君付けやちゃん付けも、お互いのキャラに合わせて、自分たちで考えてやってみろ!」

 わたしたちを見渡して、先生はそう言った。

「だから先生もそうさせてもらう!」

 最後にそう付け加えて、先生は大きな声で笑った。

 そんな先生のやり方に、ほかの先生や保護者からはクレームが入っているみたいだった。なのに、先生は、そんなものは意にも介さない様子だった。

「先生は今年で定年だからな。無敵だ!ガハハハッ!お前らは、気にせずに自由にやっていいからな」

 そんなわけで、そのガサツな困った先生から、わたしは、三日月と苗字で呼ばれていた。先生のことをあんまりよく思っていない生徒は、彼を陰でジジ先と呼んでいた。ジジイの先生って意味だ。

「ジジイの先生でジジ先か!いいじゃないか!教師人生の最後にふさわしいあだ名だ」

 陰で言っているのに、それを聞きつけた先生はそう言って笑った。

 わたしは、もう一度手紙に目を落とした。

『お母さんの故郷には、お前のことを大切に思ってくれる人たちがいるはずだ。

 そこで、ゆっくり休んで元気を取り戻してこい!

 壁を乗り越えろ。壁なんてぶっ壊せ。

 なんてよく言うやつがいるがな、三日月。この世には、乗り越えちゃならない壁もあるんだからな。

 たとえ他人はごまかせても、自分だけはごまかせない。

 しっかりと自分自身と向き合え。』

 なんだそりゃ、偉そうに。

 わたしは、手紙をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱に捨てた。

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