【最終話】051 配達男子と仮面女子


「おっはよー、悠雅っちー!」


 三学期になって、最初の登校日。

 つまり、静樹が派手ガールズと話した、翌日の朝。


 教室に現れた南井は、相変わらずの賑やかさで、俺の隣の席に鞄を置いた。


「……おう」


「テンション低っ!」


「お前が高いんだよ……」


「いやいや、あたしはたしかに高いけど、それ抜きにしても悠雅っちーは低いでしょ」


「……」


 まあ、そうかもしれない。

 だが、俺はこれがデフォルトなのだ。


 ……いや、デフォルトよりも、また少し低いのだとは思うけれど。


「また心配してるの? みおりんのこと」


「……そりゃそうだろ」


 なにせ、今日は静樹が初めて、地味モードで登校してくる日なのだ。

 言うなれば、逆高校デビュー。

 クラスの連中、いや学年中が、何事かと思うに違いない。


 そんな奇異の視線に、静樹は耐えられるだろうか。


 昨日の一件でもう安心したと思っていたのに、俺は直前になってまたそわそわし始めていた。


「……あ」


 ちらりと、教室の反対側を見た。

 すると、そこには意外……でもないのかもしれない光景があった。


「うわぁ、チームギャルも緊張してるじゃん」


「……だな」


 信濃しなの真理子まりこを筆頭に、派手ガールズの三人は気が気じゃない様子だった。

 やっぱり連中も、静樹のことを気にかけているらしい。

 なんだか、少しだけ気が楽になったような思いだった。


「もうちょっとじゃない?」


「……ああ」


 時計を見ると、いつも静樹が登校してくる時間まで、あと5分ほどだった。


 俺は再び深く息をして、その時に備える。


 頼むから、あんまり変な空気にならないでくれよ……。



   ◆ ◆ ◆



 校門をくぐった時から、いえ、道にうちの学校の生徒たちが増え始めた頃から、視線を感じていました。


「え? あれって静樹さん?」


「なんか雰囲気違いすぎない? イメチェン?」


「うわっ、静樹が清楚系になってる……!」


 そんなヒソヒソ声も、私にはしっかり聞こえています。

 なのに、誰も私に話しかけて来ようとはせず、遠巻きに眺めているだけでした。


 私は胸に手を当てて、ゆっくり深呼吸をします。


 大丈夫。大丈夫。

 もう私は、人の目を怖がらない。

 私が一番私らしくいられる姿を、ちゃんとみんなに見てもらうんだ。


 昇降口で靴を履き替えて、階段を登ります。

 その間も、たくさんの視線を感じました。


 教室までの廊下はもっとひどくて、みんなが私に道を開けました。

 まるで、王女様にでもなったみたいです。


 ドアの前で、私は一度立ち止まります。


 大丈夫。大丈夫。

 みんなにどう思われたって、これが私です。

 それでも平気なんだって、受け入れてくれる人はいるんだって、今ならそう思えます。


 教室に入ると、先に来ていたクラスのみんなが、一斉に私を見ました。

 途端、突き刺すような痛みを感じた気がして、思わず顔が歪みます。


 けれど、そんな痛みは本当にはしていなくて。

 全部、私が自分で生み出しているものなのです。

 そう思うと、身体の痛みはゆっくりと消えて行くようでした。


水織みおり!」


 私の名前を呼んで、真理子ちゃんたちが駆け寄って来てくれました。

 みんな、見たことないくらい硬い顔をしていました。


 私にはなんだか、それがおかしくて。

 それから、どうしようもなく嬉しくて。


「……おはよう、水織」


「み、みおりんおはよ」


「おはよー」


「……はいっ。おはようございます」


 私が言うと、みんなは揃って胸を撫で下ろして、優しい顔になりました。


 三人とも、私の友達。

 自分を騙していた私に、最初に声をかけてくれた、大切な友達です。


 そして……。


「みおりーん」


「……静樹」


 自分の席に着くと、二人が迎えてくれました。


 彩美あやみちゃんはニコニコして、蓮見くんは……すごく緊張した顔で。


「……おはようございます」


「大丈夫だった? 来るまで」


「はい。なんとか」


「よかったぁ。なんか嫌なこと言われたら、すぐ教えてね! 成敗しに行くから!」


「ふふっ。そんな、ダメですよ」


「みおりんをイジめるやつはあたしたちが許さないのだ! ね、悠雅っちー!」


「……まあ」


 蓮見くんは、照れ臭そうに頬を掻いて、でもコクンと頷いていました。


 きっと蓮見くんなりに、私を安心させようとしてくれてるんだと思います。

 そんな仕草と表情がなんだかかわいくて、私は思わず笑ってしまうのでした。


「いやぁー、こっちのみおりんの制服姿は初めて見たけど、やっぱり超かわいいねぇ」


「や、やめてくださいよぉ、彩美ちゃん……」


「だってホントにかわいいんだもん! ね、悠雅っちー?」


「……なんでもかんでも俺に振るな」


「えー。じゃあかわいくないの?」


「ち、ちょっと! 彩美ちゃん……!」


 もう……。

 彩美ちゃんは、すぐそういう恥ずかしいことを言うんですから……。

 そんなことを聞いたら、蓮見くんが困ってしまいます……。


「ね、どうなのさ、悠雅っちー」


「……かわいいよ」


「ふぇっ!?」


 えぇっ!?


 は、蓮見くん……?


「おー! 悠雅っちーが素直だ!」


「うるさいな……! もういいだろ、ちゃんと答えたんだから……!」


 そう言って、蓮見くんはプイッと窓の方を向いてしまいました。


 蓮見くんが……私のことを……。


 なんだか、顔がすごく熱い気がします……。

 登校中にみんなに見られた時なんかとは、比べ物になりません……。

 ……ふわぁあ。


「これは、思ったよりおもしろくなりそうだなぁ」


「彩美ちゃん! もうっ!」


 怒る私を気にもかけず、彩美ちゃんはニヤニヤと笑っていました。


「おーっす悠雅、南井ちゃん。おっ、静樹さんも来てる!」


 その時、鞄を肩にかけたままの仙波くんが、私たちのところにやって来ました。

 どうやら、自分のクラスに行く前に、うちに寄ってくれたようでした。


「そうそう。見てよ、制服姿の清楚みおりんを!」


「うーん、やっぱり良いなぁ、こっちの方が」


「や、やめてくださいよぉ……」


「いいじゃん、かわいいんだし。な? 悠雅」


「……それはもう終わったんだよ」


「え、どういうことだ?」


「それがさー仙波くん」


「あーっ!! 彩美ちゃん! その話はダメですー!」


 みんなでお喋りして、みんなで笑って。

 そうしていると、私はとっても楽しくて。

 クラスの人たちの視線も、どんどん気にならなくなっていって。


「わー、はいはい、わかったよみおりん。内緒ね、内緒」


「なんだよー。俺は仲間はずれか」


「早く帰れよ、自分の教室に」


「おいこら悠雅」


 これからも、こんな日々が続くなら。

 みんなと一緒に、毎日を過ごせるなら。


 この先も、きっと私は大丈夫。

 傷ついたって、落ち込んだって、ちゃんと立ち直って前を向ける。


 そんなふうに思うのでした。



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本作『配達男子と仮面女子』は、これにて完結でございます。

最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。


完結を機に、今一度本作を↓↓↓の星マークから、三段階で評価してくださると嬉しいです。皆様の応援が、本作と新しい読者様の出会いを作ってくれます。

また、文字付きのレビューもよろしければ、書いてくださると泣いて喜びます。


それでは改めて、ありがとうございました。

皆様のおかげで、とても楽しい連載期間になりました。



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【9/22完結】配達男子と仮面女子〜出前バイトの少年、配達先でギャル系美少女の秘密を知る〜 丸深まろやか @maromi_maroyaka

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