Stage.2-6 もう一人の少年

「どぉだい? ハハハッ」


耳に飛び込んできたエディの声に、青空は振り返った。


「これって何?」

「ヴァーチャル・ヴィジョンさ!」


フッと溶けるようにヴィジョンは消えて、元の無機質な黒い壁に戻った。


「ふぅん、だと思ったけどよー」


未来は腕組みして、知っていたかのような口ぶりで斜に構えエディを見た。


「あっ、そーかぁ。でも凄いよ、本当にあるみたいに見えた。3Dムービーよりもずっと」

青空は両手を前に出して、空中に型取りするように振った。


「リアリティあるだろう? このデバイスを着けて、ここに立つとまるで『その場』に居るかのような体験が出来るのさ!」


「最新のシアターシステムか。って、これCGだろ?」


未来が聞くと、エディは首を横に振った。

「いぃや、CGじゃない。デジタル処理はしているが、これは『本物』の映像だ」


「本物、ってどーいう事?」

「これは”実際”の映像だ。過去の――1982年、日本武道館。『ACE』来日ライブ」


「え、エース……?」

「だれ?」


青空と未来はポカンとして首を軽く傾げる。


「1982年って、すっげえ昔だなー。『エンペラー・ブラック』のファーストが85年だもん」


未来は好きな映画の公開された年代で、自分が生まれるずっと前の時代感覚を何となく掴んでいた。


「53年前……か」


青空は過去を数えて、目線を斜め上に向けた。

だが2023年生まれの中学生にとって、全くピンと来ないのは当然だった。


「こんなの本当にあったの? 信じらんねぇ!」

「フッ、まぁそうだろうな」


エディは操作パネルのカウンターに近付き、立ったまま手を動かした。

すると先程見たライブ映像のバンド写真が、空中に大きく映し出される。


「『ACE』はアメリカで1977年にデビュー。ド派手な衣装とメイクに、キャッチーでポップ、かつハードなサウンドで出す曲全て大ヒットした。80年代には世界各地で大規模ライブを行った、伝説のロックバンドだ」


エディは胸を張って、スラスラと流れるように解説した。


「ロックバンド……」


青空は呟く。頭に残るワードを確かめるように。

対して未来はまだピンと来ない顔をして、エディに疑問を投げる。


「はあ? ギター弾いてるキャラとか、ゲームやアニメでは見たことあるけどさ。本当に人間がやってんの?」


「そうだ。アニメでも何でも”ロックバンド”のモチーフはこれが元になっている。本当は生身の人間が、実際に楽器を演奏しているんだ。まさに”ライブ”なんだよ!」


エディは話しながら、大げさに腕を挙げて楽器を弾くジェスチャーをした。

でもすぐに手を下ろして、声のトーンが低くなる。


「だが……今の日本にロックバンドは存在しない。忘れ去られてしまったんだ」


「マジかよ……、どういう事だ?」


「君らキッズは、全く知らなかっただろう? それが何よりの証明さ。ロックサウンドは残っているが、それはコンピューターで作られたものだ。楽器で演奏する事はない。CGが当て振りをするだけ」


「うん。そーいうもんだと思ってた」


「『ACE』は、2000年には活動を休止している。日本でも、あんなに多くいたロックバンドは姿を消してしまった……」

「ロックバンド、っていうんだ!」


それまで黙って聞いていた青空が、話しているエディに被るように声を出した。


「――おお! そーだ、オレは今、君たちキッズにロックバンドを知ってもらう為に! 来ているんだ。そしてー! 必ずや日本にロックバンドを復活させる!」


エディはひときわ大きな声を出して、青空の肩に手を掛けた。

すると青空は、空中に映る『ACE』の静止画を見つめて指さし、言葉を発した。


「あの……『ロックンロール』って、歌ってた」

「そうだ、青くん! 君が探してた曲なのか?」


未来が青空の顔を見て聞く。


「いや、違うんだ。僕が探してるのはたぶん日本人。曲も、格好も全然違う。――けど同じ、『ロックンロール』って」

「青くん、言ってたよね。『ロックンロール、ウィズミー』って歌」


うん、と青空は頷きエディの顔を見た。


「聞きたいんだ、エディさん。その、”ロックバンド”のことを」

「おお! キミは……『青くん』っていうんだな!」


「青空、僕の名前は青空。――探してる曲があるんだ。きっと、それはロックバンドってやつだと思う。こないだ偶然、動画を見たんだけど……消えちゃったんだよ。だから」


その話を聞くと、エディは大きな目をさらに見開き硬い表情に変わった。手を顎にあてて呟く。


「……消えた、だと?」

「検索しても無いんだ。覚えてるのは、名前が『レッドアンドブルー』、ロックンロール・ウィズミー!って歌ってた。知ってたら教えて欲しい」


「キミはロックバンドを見たのか! ……『レッドアンドブルー』、とか言ったな」

「うん、動画アプリにそう出てた。ギターを弾いて歌ってたんだ」


青空は、エディの顔をジッと真剣に見て答えを待った。


「うーむ、そうだ――」

エディはパチン、と指を鳴らす。


「…………!」


 * * *


ほぼ時を同じくして、とある別の場所。

『ACE』ライブのバーチャルヴィジョンが再生されている。

青空と未来が見たものと、全く同一のものだ。


ホールの中央には、興奮した顔で目を輝かせる少年が一人立っていた。

ブルーの瞳は潤み、垂れ目で睫毛が長い。肩にかかるくらいの髪はカールした薄い茶色、体の線は細く一見すると少女のように見える。


魔神のような風貌のヴォーカルは、ギターを鳴らしシャウトしている。

少年は真剣な眼差しでステージを見つめる。

そして右腕を挙げ、人差し指を立てた。


『決めた! ――俺は、”これ”になる!』



(続く)

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青のロック・ストリート 和弓カノン @waq_kanon

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