不相応なおまじない
蛇ばら
ひとを呪わば
恋敵に不利益をあたえる、というおまじないが
「ああいうのって本当に意味あんのか?」
「きちんとした手順で、ほんのすこしも間違わずにできればね」
「どうせ
「大当たり。損な役回りだろ」
勝気なもうひとりの幼馴染みは怪奇現象だのというのが大の苦手で、それはもうアレルギー反応のレベルである。このおまじないも例にもれずそれはそれは心底気味悪がり、仕方なく俺が情報収集に駆り出されたのだ。
結果的に、より内容を詳しく理解する羽目になる。
「んで、俺はくだんのおまじないに使う道具を入手したわけだ」
「そう」
俺は水落の机にルーズリーフの切れ端でできたヘンテコな紙を置いた。ツルツルした紙に五ミリの罫線がひかれているありきたりなものだ。四肢を模したような四つの突起と、人間なら頭の部分にあたるだろうところは首ごと削られたように内側へ半円状にそがれている。四つの突起が接着された部分には青みのつよいインクで書かれた何らかの文字が書かれていて、日本語とも外国語ともわからない。
ただ、インクそのものに、グレーのグリッターが混ざっているという特徴があった。
俺はヘンテコな紙を指さした。興味なさそうにしている水落はすこしも体勢を変えない。
「このインク、エヌ文具店通販で数量限定販売だったやつだよな。全国で五〇〇セット限定。おまえがひと月前に買ったって言ってたやつだ」
水落は次のページに進んだ。青白い指が本をつかんでいる。
机の上に置かれた本革のペンケースには、小さなインクボトルと万年筆がおさめられている。
「なあ。うわさの出どころ、おまえだろ?」
水落は本にしおりを挟んだ。
「ええ、そのとおりよ」
それからルーズリーフを取り出して、本革のペンケースから抜き出した万年筆のキャップをあける。洋服みたいなブランド名だったことだけを覚えているその万年筆は、青いインクを吐きだしながらルーズリーフに文字を書いた。
「あなたにしてはするどいじゃない。ばれない自信があったのに。反省」
「俺にしてみれば、おまじないなんてもの聞いた時点でまずおまえを連想するんだよ」
オカルトマニアの幼馴染み。幽霊じみたその様相は伊達ではない。
パチン、と万年筆のキャップがしまる。
乾ききらないインクのなかで、グレーのグリッターがぎらぎらしている。
恋敵をおとしめるためのおまじない。ヘンテコな紙に書かれたひとつの願い事。
書かれている文字の意味もわからないのに、女子生徒たちは楽しげだ。
「三年生の先輩だったわ。年上とつきあってたんだけど、相手が既婚者だったとかで。それでもあきらめられないから別れさせたい、とかっていうかわいらしい理由」
「そんで教えたのか、お得意の呪いを?」
「呪いは苦手だっていつも言っているでしょう。わたしが得意なのは
こんどは折りたたみのハサミをとりだして、水落はルーズリーフを切り取っていく。四つの突起の接着部分に文字が来るように、ていねいにていねいに刃を入れていく。
きりとられた紙がはらりとおちてまったく同じおまじないアイテムができあがった。
「ははあ。しかし、この紙つかってどうするんだよ。まさか作るだけがおまじないじゃないんだろう」
「具体的な手順としてはいまおこなったとおりね。このインクで文字を書いて、わたしがやったとおりに切り取って、相手にどうなってほしいかをなるべく具体的に言葉にする。この紙に聞かせるの。それでおしまい……そうしたらこの紙が呪いたい相手についていって、そのとおりの目にあわせてくれるわ」
「つまり、呪殺したけりゃできるってことか。そりゃあ……」
ほめられたことじゃない。いくら呪殺は法に触れないとはいえ、常識としてやっていいことではない。
はからずも苦い顔になっていたのだろう俺を、水落はまじまじとみる。
そしてひとつためいきをつき、ちいさく肩をすくめてみせた。
「できないわよ」
ぴらりとヘンテコな紙をつまんで水落はいう。
「だってあなた、たった一回見て聞いただけで、いまの手順をほんのすこしも間違いなくできるとおもって?」
言われてみればたしかに、手順の説明の簡潔さとは裏腹に、文字や紙の切り取りなどは一度見ただけで模倣できるほど簡単ではない。文字はどの国にもなさそうな見慣れないかたちで、紙の切り取りなんてものは意外と複雑で骨が折れる。
水落はみずからで作った紙を指先をつかってぴりぴりと破りはじめた。
「本当の呪いっていうのはそんなになまやさしいものじゃないわ。素人がやるなら、何度も何度も執拗に繰り返してやっと一度成功するかどうかってくらい。まあ呪いの本質っていうのはその執拗さ、執着心がもたらす影響なのだけど」
「成功率は限りなく低いってことか?」
「先輩が本気でやろうとおもったら、万が一くらいには成功するかもしれないけどね。スマホでおまじないの手順を残せるなんて便利な時代だこと」
まっぷたつになった紙をもう半分にしながら、水落はあきれたような顔をした。
たしかにそこまでするくらいなら直接訴えにいったほうが効率的だ。数百、数千回やっても成功するかわからない。それを繰り返す精神はもはや常人のそれと違ってしまっているだろう。
しかし、繰り返して成功するかもしれないのなら、それはそれで問題なのではないだろうか。
「成功した場合はどうなるんだよ」
「大丈夫よ。成功しないようにしているから」
「でも本気でやろうと思ったら万が一くらいには成功するかもしれないっていま言っただろ」
水落はまたためいきをついた。だんだん説明が面倒になってきた、という顔だ。
ちぎった紙きれは端にまとめ、今度は俺が持ってきたほうの紙を指先でつまむ。ヘンテコな紙は人間なら右手になる位置を持ち上げられて、子どもがにぎりしめたぬいぐるみみたいなポーズになる。
水落はそのしっかり乾いたインクを色の薄い爪でつついてみせた。
「これ、わたしの名前が書いてあるの」
白い指が、ついと文字を撫でていく。
何を言っているのか最初は理解できなかった。
恋敵をおとしめるおまじない。
いまや女子生徒たちならだれでも知っているようなそれ。
同じ教室の最前列にたむろしているグループが黄色い声をあげながら、つけペンで何かを書いている。
「おおきさも、切り方も、文字の書き方も。まったくそのとおりにできればこのおまじないは成功する。そしておまじないに成功すれば、目的のひとへたどりつく」
さっきと全く同じ要領で、指先をつかって紙を破る。まっぷたつになったそれをさらに半分。
インクがぎらぎらひかっているのにもうゴミになってしまったヘンテコな紙。
四等分されたそれをつまんで、水落は泣いてしまいそうな顔をした。
「ねえ──これ、どこで手に入れたの?」
あちこちから叫び声が聞こえた。
はっと気が付いて顔を上げると、クラスメイトが何か大声でわめきながら外を指さす姿がみえた。誰もが注目するその指の先に、目の前に座る水落と同じ濃緑のセーラー服を着た女生徒がいた。
異音と悲鳴。
水落が耳をふさいで眉を寄せる。俺は女生徒から目が離せない。
おまえのせいじゃないのか、と言いかけて、水落の言葉をおもいだす。
数人のクラスメイトが我先にとベランダにでた。
その誰もが、すぐに口元をおさえてまっさおになる。
裏庭に咲いていたはずの白い花は赤いまだらになっていた。見たこともないなにかがあたりに飛び散り、強烈な刺激臭で鼻がまがりそうになる。
その中心に、やはり赤いまだらになったセーラー服が、ヘンテコな紙みたいに落ちていた。
「だから言いましたのよ、先輩……」
それがおまじないの紙をくれた
不相応なおまじない 蛇ばら @jabara369
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