第29話:みんなが君を愛してる
「なんじゃ、やけに落ち着いとると思っとったが、やっぱりバレておったのか」
「もう声でバレバレですよ。おまけに上笠店長なんて、『社長』と言いかけて呼びなおしてましたし」
「上笠君、ちゃんとしてくれないと困るよ! ワシの名演技が台無しじゃあ!」
「いや、ですから声でバレバレだったって言ったじゃないですか。それにですね、そもそもこの倉庫って会社のものですよね」
車で乗り込む際、門柱に飾られた「美崎倉庫」という看板がちらりと見えて、やはり皆草の推理は間違っていたことを瑞穂は確信した。
今更言うまでもないが、
その会社が所有する倉庫に盗んだものを運び込むなんて、どう考えてもあり得ないだろう。
「むぅ。さすがはポニーテールちゃんじゃ、やるのぉ。さすがにこの短時間では看板まで隠すことは出来んかったわい」
聞けば速野は瑞穂たちの尾行に、倉庫へ着く直前になって気付いたと言う。
そこで門を開くよう指示の電話をする振りをして、倉庫の中にいた美崎社長たちへ事情を話し、今回の茶番劇を咄嗟に計画したのだそうな。
「幸いなことに目出し帽もモデルガンもありましたしね。これは上手く行くと思ったのですが。お見事です、今浜さん」
「はい、ありがとうございます……って、なんでそんな物騒なものがあるんですか!?」
「あ、いや、これも実は僕が密かに出張買取で買い取ってた商品でして」
「商品? でも、
「ああ、それはですね」
速野がちらりと美崎社長の方を見た。
つられて瑞穂もお爺ちゃん社長へ視線を向ける。
まだ目出し帽をしていて、表情はよく分からない。
が、小さくこくりと頷いたように瑞穂には見えた。
「実は近々オープンする二号店で取り扱うんです」
そして社長に気を取られている隙に、速野が思ってもいなかったことを言い出した。
「ええっ!? に、二号店!?」
「はい。皆草さんの家の近くにあるスーパーが来月には店を閉めるので、4月からはそこにイエローブック森泉二号店がはいります。あそこは今の一号店よりも広くて、二階建てですからね。なので取り扱い商材も増えせるので、おもちゃや衣服も扱うことにしたんですよ」
言われて去年の秋に皆草がファミレスで話していたのを瑞穂は思い出した。
あの頃はあくまで噂にすぎなくて、本当にイエローブックの新店が入るかどうかは分からなかったけれど、まさかそれが実現し、しかも森泉の二号店だなんて!
「あ! てことは、お店の商品を持ち出してここに運んでいたのは、もしかして」
「はい。二号店に並べるためです。その為に市場価格が安定しているものや、今のお店で過剰に膨らんでいるものを吟味して少しずつ移動させてたんですよ」
速野が万引きなんてするわけがないとは思っていた。
だけれどもまさかその行動の裏に、そんな壮大な計画があったとは瑞穂は夢にも思わない、思えるはずがない。
だってイエローブック森泉店は今でこそなんとか黒字化したものの、ほんの一年前までは万年赤字の不良店だったのだから。
「ちなみに最近アルバイトを多く採用しているのは、そのうちの何人かには二号店に移ってもらう為です。なので頑張って仕事を教えてあげてくださいね、今浜さん、皆草さん」
名前を呼ばれて皆草が、瑞穂から見ても分かるほどビクリと体を震わせた。
顔面は血の気が一切感じられないほど蒼白で、瞳は心なしか涙で潤んでいる。
「い、いや、でも俺、勘違いでとんでもないことを……さっきも速野さんに『殺す』とか言っちゃったし……」
「ああ、そんなの気にしなくていいですよ。僕たちも悪ふざけが過ぎたことですし」
「だけどずっと速野さんのことを誤解してて、これまで酷い態度を……」
「ですから気にしなくて大丈夫です。そもそもは色々隠していた僕も」
「いや、速野くん、それはダメだ。そいつはクビにしないと」
自分のしでかしたことの大きさに深く後悔し、自戒の念に囚われる皆草へ「気にするな」と励ます速野。
しかし、そんな速野の行為を台無しにする声が瑞穂の後ろからあがった。
「ちょ、上笠店長!? それはあまりにも厳しすぎじゃないですか」
「瑞穂ちゃんは黙ってて。いいか皆草、聞くところによるとお前は速野君が店を乗っ取るつもりだと思っていたらしいな。でも、その疑いは俺が戻ってきた時に晴れたはずだ。なのにお前ときたらずっと速野君に反抗的で、その態度はチームの輪を乱していた。違うか?」
「……その通りです」
「うん。だったらそんな奴をこれまで通り森泉店で働かせるわけにも行かないのは分かるよな?」
「……はい」
うな垂れる皆草に、瑞穂は何か声をかけようと言葉を探す。
と、ふと速野が「今は何も言わないように」とばかりに目で訴えてくるのに気付いた。
どうして? と戸惑う中、背後に立っていた上笠が瑞穂の脇を抜けて皆草の前に立つ。
上笠の手がゆっくりと皆草に伸びていった。
「だからお前は森泉店をクビだ。そして代わりに俺の森泉二号店で働け」
「……え?」
「なんせ新規オープンだからな。ほとんどのアルバイトは新人ばかりで、そいつらを纏め上げるベテランのアルバイトリーダーが必要だ。その大役を俺はお前に任せたい」
「ですが、俺は……」
「いいや、お前なら出来る。むしろ適任だ。今回の事だって、お前は森泉店を守るためにやったんだろ? その店を愛する心と、お前の知識が新しい店に必要なんだ。だからな、俺に手を貸してくれ」
上笠がだらしなくだらんと伸びる皆草の手を取り、握りしめた。
「……店長ォ」
「皆草、俺たちの力で二号店を盛り上げていくぞ!」
「……はいッ!」
皆草が顔をあげて、上笠の手を固く握り返した。
その表情からは先ほどまでの悲壮感はすっかり消え去り、やる気と決意に満ちた心情がそっくりそのまま顔に出ている。
それを見て瑞穂もまた気持ちが引き締まる思いになった。
正直なところ、上笠と皆草が抜けるのは戦力的にかなり厳しい。
それでもまだ山田がいるし、新人のアルバイトの中には早くもセンスを感じさせる子が何人もいる。ついでに言えば守北だっている。
そして何より一号店には、かつてブックオン新宿店で若くして店長を勤め、伝説の目利きの元で修業し、みんなをあっと驚かせる策略でお店を半年も経たずに黒字化させた速野が――
「ということで美崎社長、僕の役割もこれでおしまいですね」
「ああ。よくやってくれたのぉ、速野君」
「ありがとうございます。では契約通り、僕は来月で退社ということで」
その速野がまた、いや、それまで以上にとんでもないことを言い出した。
「ちょっと速野さん! 会社を辞めるって、何言ってるんですか!?」
「ええ。最初からそういう雇用契約になっていましたから」
「そんな! だったらお店はどうするんです!? 上笠店長が二号店に移ったら、一体誰が店長を!?」
「ははは。今浜さんこそ何をおっしゃってるんですか。そんなの、決まってるでしょう」
速野の顔が瞬く間に強欲へ変化を遂げる。
「一号店の店長は今浜さん、あなたですよ」
「え?」
「そもそもあなたを店長として雇い入れる為に、美崎社長は僕を雇ったのですから」
瑞穂は言葉を失い、ただ茫然と速野の強欲な仮面と化した顔を眺めることしか出来なかった。
「ふぉふぉふぉ。そこから先はワシが話をしようかの」
「あ、社長、目出し帽脱ぐの手伝います」
「悪いの、速野君」
よほど小さかったのだろう、速野に手伝って貰って目出し帽を何とか脱いだお爺ちゃん社長こと美崎誠は、目を細めて嬉しそうに瑞穂を見つめた。
「あれはポニーテールちゃんが社員になりたいと言ってきた時のことじゃ。嬉しかったのぉ。まさか森泉店をそこまで愛してくれておるとは思ってもおらんかったわ」
だから本当なら即座に社員にしてあげたいところだった。
「が、お店の置かれた状況がよくなかったんじゃ。あのままポニーテールちゃんを社員にしても、お店は持って3年、早ければ1年以内の閉店も考えなくてはならん状況じゃった」
瑞穂の申し出は嬉しい。が、いざ雇い入れても店に未来がないとなれば無駄な時間を過ごさせるだけだろうと思い、社員登用を断った。
「まぁ、ポニーテールちゃんほどの器量よしなら、うちはダメでも他なら社員になれるじゃろう。そう思うてあれこれ話をしているところに、古物の講習会であの刑事さんから速野君を紹介されたのじゃ」
「出屋敷警部のことですね?」
「そうじゃ。で、速野君と一度会うて話をしてみたらじゃな、またとんでもないことを言い出すのじゃよ」
「とんでもないこと?」
「店を畳むのではなく、もう一店舗出店してみてはどうか、って言うんじゃよ」
その話を聞いた時のお爺ちゃん社長の呆れ顔が、瑞穂には簡単に想像が出来た。
「何をバカなことを、と思ったんじゃが、話を聞けば聞くほど『もしかしたら』と思えてきた。おまけに都合よく近所のスーパーが潰れそうで、その後に出店しないか、なんて話まで飛び込んできての。これはやってみるべきかのと思って速野君を雇い入れたのじゃ」
後は瑞穂たちも知っての通り、速野は買取を軸に森泉店を変えていった。
と同時に瑞穂を間近に置くことで、その考え方・やり方を学ばせたのだ。
「今浜さんはとても才能とやる気がある人だったので、教えるのはすごく楽でしたよ。ちなみに『今浜さんは立派な店長になるな』と僕が確信したのはいつだったか分かりますか?」
「いえ、全然……」
「あれは年末の出張買取の時です。駐車場で今浜さんは言いましたよね。『こんな楽しいことはみんなでやらなきゃ』って。あれはまいりました。僕はなんだかんだ言って、やっぱり自分でなんでもやっちゃおうとするタイプなんですよ。だけど店長としてそれは二流の考えなんです。立派な店長って言うのは、スタッフたちと協力して大きな仕事を成し遂げる人のことを言うんです」
「そんな私なんかみんなに助けてもらうばかりで……。それに、速野さんだってみんなに仕事を振り割って、みんなが楽しく働けるようにしてくれたじゃないですか。速野さんこそ、私が理想とする立派な店長さんです」
「あはは。ありがとう。でもきっと今浜さんは僕なんか比べ物にならない凄い店長になると思いますよ」
「でも私、将来はともかく今はまだ店長なんて器じゃ……。それに速野さんも上笠店長もいないのにお店を守っていくなんて、とても」
無理だと言おうと思った。
でも、その言葉を遮るように、速野がにぃと口元を吊り上げる。
「大丈夫です。今浜さんにはみんながついています」
「みんな?」
「はい。スタッフのみんなは勿論、店を移っても上笠店長や皆草君も今浜さんを助けてくれるでしょう。いざとなれば出屋敷警部だって今浜さんの為に動いてくれるに違いありません。美崎社長も信頼のおける方です」
他にも速野は常連のお客さんたちの名前を挙げていく。
確かにきっとその誰もが瑞穂が困った時には手を差し伸べてくれるだろう。
だけど瑞穂はまだ不安だった。
いや、同時に不満でもあった。
だからとうとう堪えきれずに尋ねてみる。
「……それだけですか?」
「え? それだけとは?」
「……速野さんは助けてくれないんですか?」
一瞬速野が「え?」って表情を浮かべて、瑞穂は訊かなきゃよかったと後悔が頭をよぎった。
が、
「えっと、それは言わないとダメですかね?」
「はい。ダメだと思います」
「恥ずかしいから敢えて言わなかったのですが」
「でも私が一番聞きたいことだって速野さんなら分かってるでしょう?」
それだけのやり取りで速野の真意が分かって、ほっとしながらもつい意地悪をしてしまう瑞穂。
「分かりました。勿論です。何かあったら僕も瑞穂さんのもとへ駆けつけますよ」
「本当ですか?」
「本当です」
「誰よりも早く、一番に駆けつけてくださいね」
「はい。一番にかけつけます」
不思議なことに、それを聞いて瑞穂が抱えていた不安がウソのように消え失せた。
見ると速野はもちろんこと、美崎社長も、上笠店長も、皆草もまた同じように瑞穂の次の言葉を聞きたくて注目している。
だから瑞穂は大きく息を吸い込むと、最高の笑顔を浮かべて言った。
「森泉店をこれまで以上に活気あるお店にしていけるよう、私、頑張ります。みなさん、どうか応援よろしくお願いします!」
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