第28話:ノリノリな奴ら

 その日は図らずも満月だった。

 いまだ春遠い2月の寒空の下、満月に照らされたイエローブック森泉店の様子は、離れたファミレスの駐車場からでもよく見える。

 出来ることならば何事もなく、速野には普通に帰宅して欲しい。

 しかし、そんな瑞穂の願いも空しく、張り込みからおよそ1時間後。

 

「やっぱりな」


 ほら見たことかと自慢げに呟く皆草と一緒に眺める先で、一台のワゴン車が森泉店の駐車場から出てきた。

 

「どうだい、俺の言った通りだっただろう? 速野はやっぱりとんだ万引き野郎だったんだ!」

「そんなのまだ分かりませんよ。もしかしたら突然出張買取の依頼があったのかもしれないじゃないですか?」

「もう夜も10時近いのにか? さすがにそれは無理がありすぎだろ」


 瑞穂にだってそれが苦しい推測なのは分かっていた。

 でも、隣では皆草が鼻息荒く興奮しているものの、速野の万引きなんてそれこそ考えられない。


 一体速野は何をしているのか?

 きっとまた自分たちには想像も出来ないとんでもないことなんだろうなと思うと、瑞穂はなんだかワクワクしてきた。

 

「皆草さん、そんな興奮してないで早く私たちも後を付けないと」

「おおっ、そうだなっ! 速野の犯罪を俺たちの手で暴くんだ!」


 慌てて皆草が車をファミレスの駐車場から発進させる。

 間に三台ほどの車を挟んで、上手い具合に尾行することが出来た。

 

「そうだ、瑞穂ちゃん、そこのダッシュボードを開けてくれ」

「はい……って、なんですか、これは?」


 言われて開けてはみたものの、中からスタンガンだの、催涙スプレーだのが出てきて瑞穂は驚いた。

 

「俺たちに悪事がバレて、速野が襲い掛かってくるかもしれねぇだろ。だから用意しておいた」

「はぁ。何と言うか、凄いですね」


 勿論、褒めてるわけではない。呆れた結果、凄いとしか表現しようがなかったからだ。

 中を漁れば手榴弾まである。おそらくは爆発する奴じゃなくて、音と光だけが出るスタングレネードっていうタイプなんだろうけれど、こんなものを漫画ならばまだしも現物を見ることになるとは思ってもいなかった。

 

「まぁ用心しすぎるに越したことはないからな。あ、しまった、ついでにあの刑事さんにも連絡を取っておくべきだったか」

「いやぁ、そこまでしなくてもいいんじゃないですかね」


 出屋敷刑事も大迷惑だろうし、と思っていたら、速野が運転するワゴン車が路肩に停まった。

 見ると車を止めたすぐ側には施錠された門があり、その敷地には大きな倉庫らしき建物がある。

 

「なるほど。あそこが速野の秘密基地らしいな」


 皆草も慌てて少し離れた路肩へ車を停めて様子を伺う。

 速野がワゴン車から出てきて、どこかに電話をするとしばらくして門が開いた。

 再び車に乗り込んで敷地の中へと入っていく速野。その後を追おうと瑞穂も車のドアに手をかける。

 

「いや、瑞穂ちゃんはここに残ってて」

「え? いや、私も行きますよ!」

「分かってる。乗り込むときは一緒に行こう。でも、その為にはまず危険がないかどうか様子を確認してこないとな」


 皆草がスタンガンを尻のポケットに押し込み、車から出ていった。

 本人はいたって真面目なんだろうが、瑞穂にはスパイ気分でノリノリにしか見えない。

 実際、自然な感じを装って門へと近づいていく皆草だが、それがかえって白々しく、大根役者もいいところだった。

 

「あーあー、あんな物陰に潜みながら門の中を覗いてたら、速野さんには見つからないかもしれないけど、周りから見たら完全に不審者じゃないですか。もう、あれなら私の方がまだマシ……あ!」


 皆草の様子を呆れながら見ていたら、その皆草が慌ててこちらへ戻ってきた。

 

「どうしたんですか?」

「速野が倉庫にダンボール箱を運び入れていた! これは決定的証拠だ。乗り込むぞ、瑞穂ちゃん!」


 そう言って皆草が車に乗り込んでくると瑞穂の返答も待たずに急発進させて、開いたままの門から一気に敷地内へ侵入。驚いてこちらを見る速野に向かって、車のライトで照らしつけた。

 

「わっ! 一体何なんですか!?」

「くっくっく。ついに不正を暴いたぞ、速野!」

「その声は皆草さん!?」

「その通り! さぁ観念して大人しくお縄についてもらうか!」


 皆草が勝ち誇った声をあげて、車から降りる。

 その時だった。

 

「残念じゃが、観念するのはそっちの方じゃな」


 どこに隠れていたのか、まるで銀行強盗のような覆面をした小柄な男がそっと皆草の背後に近づいて、背中に何か固いものを押し付けた。

 

 コンコン。

 

 不意に瑞穂が座る助手席の窓ガラスが叩かれた。

 いつの間にかこちらにも同じような覆面をした、夜の暗闇でも分かるぐらいよく日焼けした男が立っていて、瑞穂に車から出て来いと合図してくる。

 

 瑞穂は素直に従うと、皆草と同じように両手を挙げて捕まった。

 

「くっ、くそ! お前ら一体何なんだよっ!?」

「ふっふっふ。ワシらは速野の仲間じゃよ」

「速野の仲間だって!? てことはお前らも転売屋かっ!」

「ふん。転売屋如きがこんな物騒なもんを持ってると思うか?」


 皆草の質問に応えるかのように、瑞穂の背中にも固い棒状のものが押し当てられる。

 

「ま、まさかヤクザ!?」

「さぁてのぅ、そこらはおぬしらの想像にお任せしよう。速野や、倉庫から縄とガムテープを持ってくるのじゃ」


 言われて速野は一度倉庫へ姿を消すと、ほんの十秒足らずで戻ってきて二人の両手両足を縛り、さらには口へガムテープを張り付ける。

 その表情は、まさにあの強欲な壺そのものだった。

 

「さて、このまま港に行って沈めるのもわけないが、どうしますかね、しゃ……いや、ご隠居?」

「そうじゃのぅ。せっかくじゃから冥途の土産によいものを見せてやるとするかの」


 両足を縛られて歩きにくいものの、瑞穂たちは背後からせっつかれて倉庫へと連れていかれる。

 開いた扉から中の光が溢れ出る倉庫へ辿り着くと、しかしてそこには大量のダンボール箱が積み上げられていた。


 皆草が大きく目を見開く。

 瑞穂も驚きはしたが、これといってリアクションはしなかった。


「ふぉっふぉっふぉっ。そこの若いの、驚いたようじゃな。そうじゃ、これだけの量を速野は横流ししておったわけじゃよ」


 倉庫の扉が閉められ、ここならばどれだけ大声をあげられようが外には漏れないだろうという判断から、速野がふたりの口に張り付けたガムテープをはがす。

 

「おい、速野! てめぇ、店の商品に手をつけるなんて、社員のくせになにやってやがるんだ!!」


 口が自由になった途端、皆草が大声で速野に怒鳴りつけた。

 

「何を言っているんです? これは私が汗水流して集めたもののほんの一部。確かにそちらの会社には世話になりましたが、これぐらいの役得は当然でしょう?」

「何が役得だ! てめぇ、ふざけたこと言いやがって! 殺すぞ!」

「殺す? この状況で皆草さんこそなにふざけてるのですか? 殺されるのはあなたの方ですよ」


 速野の言葉を受けて、瑞穂たちの背中へまた固い何かが押し付けられた。

 

「畜生! 殺す! 絶対殺してやるぞ、速野!」


 そんな状況下にあっても命乞いをせず、怒りに燃えた目で速野を睨みつける皆草の執念は大したものだ。

 が、

 

「おい、嬢ちゃんや。あんたはこの若いのとは違ってさっきから落ち着いとるが、何か最後に言いたいことはないのかね?」


 それ以上に平然としている瑞穂こそ度胸が据わっている。

 

「えっと、それじゃあその、そろそろ説明してくれませんか?」

「説明せずともこの状況を見ればわかるじゃろ? 速野はずっと店の商品を横流しして」

「はい。でもどうして横流ししていたんですか? 一体何を企んでいるんです、美崎みさき社長?」


 瑞穂は皆草の背後に立つ覆面の男の名を呼ぶ。

 

「というか、この茶番は一体何なんですか?」 

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