第27話:付き合いましょう
店長研修が無事終わり、速野たちが店に戻ってきた。
一週間とはいえ、店長代理という重役を担った瑞穂はこれでほっと一安心……と気を緩めることなく、これまでよりも更に気合を入れて日々の仕事に取り組んでいる。
とは言っても、変に力が入っているわけでもない。
元気溌溂に店内を忙しく駆け回りつつも、何でも自分ひとりで背負い込むことなく任せられる仕事は他の人に任せたり、時にはスタッフやお客さんとの会話を楽しむ余裕も持ちながら、上笠店長や速野たちと店を切り盛りしていた。
そしてそんな調子で2月もあっという間に終わりを迎えそうなある日のこと。
「ちょっと今晩、付き合ってくんねぇか?」
仕事終わりに皆草から声をかけられたのだった。
「新人アルバイトの世話で疲れてるのに悪いな」
瑞穂が指定されたいつものファミレスに向かうと、皆草が店の外で待っていた。
「それは皆草さんもそうじゃないですか。てか、凄いですよね、これまで新人さんなんて全然入ってこなかったのに」
2月の下旬と言えば、本来なら進路の決まった若者たちがアルバイトに応募してくる時期だ。
しかし、近年は少子化の影響もあって昔ほど人が集まってこない。イエローブック森泉店もその例に漏れず、ずっと人手不足に頭を悩まさられていた。
それがどうしたことか、今年はやたらとアルバイトの問い合わせがやってくる。
しかもそれを速野がバンバン採るものだから、当然社員のふたりだけでは到底教えきれず、既存のスタッフたちも手分けして指導することになった。
ちなみに守北だけは指導員から外されている。何故なら「そこはバーンと、ドーンとやるッス」などと教えるのがあまりに下手すぎて、新人さんから苦情が来たからだ。
「それにしても採りすぎだろ。速野の奴、何を考えてやがるんだ、まったく」
「まぁまぁ。でも、人が多ければ多いほど色々な仕事が出来るって店長も言ってましたから」
それでもさすがに採りすぎだよなぁとは瑞穂も思う。なんせ既に定員オーバーなきらいがあるのに、速野はまだまだ採る気まんまんでいるからだ。
もしかしたらこれを機に従来の営業時間へ戻すつもりなのかもしれないが、それにしてもこれだけ人が増えると人件費も跳ね上がってしまい、せっかく黒字化した経営もまた危うくなるんじゃないか。
だが、瑞穂は心配していなかった。
速野のことだ。きっと何かいい考えがあるに違いないと、瑞穂は信じていた。
「ふん。まぁいい。それよりも行くぞ」
「え、行くってどこへですか?」
てっきりファミレスで話をするものだとばかり思っていたのに、皆草が店に背を向け、駐車場へと歩いていくものだから瑞穂は面食らった。
「さぁな。とりあえずは待機だ」
「えー、ちょっと、どういう事なんですか、説明してくださいよ!」
ファミレスなら他の人の目もあるから安全だ。
が、皆草は店ではなく、駐車場に停めてあるセダンの扉に手をかける。中に他の誰かが乗っている様子もないが、それでも乗ってしまえばどこかに連れていかれる可能性大だ。皆草を疑っているわけではないけれど、それでもここで素直に付いていくほど瑞穂も子供ではない。
「俺、ついに見つけたんだ」
「なんのことですか?」
「速野がやってる不正の痕跡だよ」
いきなり何の話だと訝しむ瑞穂をじっと見つめながら、皆草がセダン越しに熱く語り始めた。
「そもそもあいつが出張買取で『まとめ買取』をしてきた時から、その可能性に薄々気付いていたんだ。で、今年の初めから密かに探っていたら、やっぱりだ。あいつ、やってやがった!」
「ちょ、ちょっと皆草さん、そんなこと言われても、私には一体何のことだかさっぱり――」
「あいつ、店の金で買い取った商品をパクってやがったのさ」
「え?」
「瑞穂ちゃんも知ってるように、バーコードや商品番号を読み取って買い取った高額商品はひとつひとつが在庫として記録される。でも、全部で幾らと『まとめ買取』をしたら入庫処理をしない限り、ひとつひとつの在庫記録が残らないよな?」
「はい。だから店頭に並べる前に入庫作業が必要ですね」
面倒ではあるがこの入庫作業を怠ると、在庫の数があっているかどうかを調べる『棚卸し』の際に誤差が出ることになる。
そしてそれだけならまだしも、在庫がパソコン上に登録されていないのをいいことに店員が万引きしてしまう場合もあるのだ。
「速野が店へ来て最初の出張買取の時、50万の『まとめ買取』をやったな。その時の入庫作業は誰がやった?」
「それは……速野さんです。でも、速野さんが店の商品に手をかけるなんてそんな!」
「あいつを尊敬してる瑞穂ちゃんには信じられないかもな。だが、証拠がある」
皆草は胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出した。
ボンネットに広げると、それは大量に並べた商品の画像をプリントアウトしたものだった。
「これ、なんだか分かるよな?」
「あの時まとめ買取した商品、ですね」
古物商はいつ、誰から、何を買い取ったかを記録する義務がある。
通常の買取の場合、バーコードや商品番号を通して買取するので、その記録を見れば何を買い取ったのかは一目瞭然だ。
が、まとめ買取は何を買い取ったのかはひとつひとつ記録されない。だから商品の写真を撮り、その画像を買い取ったお客様のデータと紐付けして記録しておくのだ。
「そうだ。そして丸で囲んだ商品、これがどれも入庫されていなかった」
「そんな……こんなに多く」
「信じられないだろうけど、俺が入庫履歴を調べた結果だ。もちろん、その後にこれらの商品が売れたという記録も残ってないし、店のどこを探しても見つからなかった。つまり、誰かが盗んだ。もしこれが他の入庫した商品も同じように行方不明なら、別の誰かの犯行もありえるだろう。だが、入庫していないものだけが全てなくなっているとしたら犯人は?」
「速野さんしかいない……」
瑞穂の呟いた答えに、皆草は神妙に頷いた。
瑞穂がいかに速野を信頼していようと、さすがにこれほど明確な証拠を突きつけられたらどうしようもないだろう。
受け入れがたい真実に瑞穂が苦しむのは皆草とて本意ではない。けれどもこればかりは……。
「ぷっ! あははははは!」
ところが、その苦しむはずの瑞穂がいきなり笑い出した。
「え? ちょ、瑞穂ちゃん、いきなりどうした?」
「あはははは! だって皆草さん、真面目な顔しておかしなことを言うんだもん」
「おかしなことって……おいおい、まさか犯人は速野じゃないって言うつもりじゃないだろうな?」
「はい。違うと思います」
瑞穂は笑うのを止めて、真剣な表情を浮かべて皆草に答えた。
「そんなことあり得ませんから」
「バカな! どこからどう見ても犯人は速野に決まってるじゃないか!」
「そうですね。でも、皆草さん、忘れてませんか? 速野さんはいつだってそういうおかしなことをする人だって」
「なっ!?」
「そしてそのおかしなことの裏には、ちゃんとした理由があるんだって」
「…………」
「だからこれもきっとそうなんですよ」
そう言ってのける瑞穂の言葉に虚勢や強がりは感じられない。
だから逆に
「分かった。じゃあ本当なところをちゃんと確かめてみようぜ、瑞穂ちゃん」
皆草の発した言葉は強張ったものとなってしまった。
「確かめるってどういうことですか?」
「速野の奴、定期的に残業をしてるのは知ってるよな?」
「ええ。そう言えば今夜もちょっと残業が、って言ってましたよね」
「ああ。そしてこの残業って奴が店の在庫をちょろまかす温床になっているはずだ」
「じゃあこっそり店の中に入って様子を見るんですか?」
「いいや。それでは決定的な証拠にはならない。俺の予想だと速野は今夜、盗んだ商品をどこかへ運ぶはず。そしてその運び込んだ先に、これまで盗んだ商品もあるに違いない。だからこの車で後をつけてみるんだ」
瑞穂はようやく納得がいった。
言われてみてみると、なるほど、確かにここからはイエローブック森泉店の駐車場の出入り口がよく見える。
森泉店の今日の営業は既に終了し、駐車場に止まっているのは出張買取用のワゴン車だけ。そのワゴン車が出てくるかどうかを見張り、もし動きがあればすぐに追跡することがここならば可能だ。
「速野は徒歩で通勤している。だからワゴン車が出てくることはまずあり得ないはずだ。でももし出てきたらその時は……」
言いながら皆草は瑞穂の顔色を伺った。
皆草としては速野信者である瑞穂の目を覚ましたくて、今夜ここに呼んだ。
だが数か月かけて掴んだ証拠でもその信仰心は揺るがず、ついムキになって今夜の計画を話してしまったのだが、あれだけ速野のことを信じる瑞穂に真実を自分の目で確かめてみろと促すのはちょっとやりすぎてしまったかもしれない。
やっぱり今夜は自分ひとりでやるべきだったかと後悔が皆草の脳裏をかすめた。
が。
「分かりました。私も付き合いますよ」
そう言うと瑞穂はあっさりと皆草が親から借りてきたセダンへ乗り込んでいく。
その姿を皆草は呆然と見送るしかなかった。
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