第24話:黒猫②
「なんスか、このゴミの山?」
店へ戻って瑞穂がダンボールを車から降ろしていると、開店準備の為に他のスタッフよりも早く出勤してきた守北が手伝いを買って出てくれた。
が、本来なら出張買取で買い取ったものは店の中か、あるいは一時保管の倉庫へ運ぶものなのに、何故か破棄用の倉庫へ運ぶよう指示を受けたのを不審に思って箱を開けてみると、中には異臭を放ち、カバーがなかったり、湿気を吸ってしわしわになったものばかりが雑多に詰め込まれていて、守北は思わず眉を顰める。
「出張買取って売り物にならないものは引き取らないんじゃなかったッスか?」
「そうなんだけど……ね」
瑞穂は苦笑いをしながら出張先での出来事を話した。
「はぁ。そりゃまた大変だったスね」
「ホント。息子さんがまともな人で助かりました」
「でもどう見てもこれ買取出来るものなんてないッスよ?」
「うん。まぁ向こうも引き取ってもらってゴミ部屋の掃除をしたかっただけだろうから、後でどれもお値段は付きませんでしたって電話しときますよ」
こちらとしては完全な無駄足のくたびれ儲けだったわけだが、それでもあのまま面倒事にズルズル付き合わせられるよりかはよっぽどマシだ。午前中から災難だったけれど、とにかくこれで終わってくれたと瑞穂はほっと一息ついたが……。
『はぁ? どれも値が付かなかった、だと? ふざけんなっ!』
電話越しに先ほどはあれだけ親切そうに見えた男が大声で怒鳴ってきた。
守北と協力して店の開店準備もあらかた終わり、後はスタッフの出勤を待つばかりとなったところで、瑞穂は件の出張買取客へと電話を入れた。
呼び出しのコールが鳴る中、お母さんではなく息子さんが出てくれると助かるなと願っていると、まさにその息子である男性が電話に出た。
これはラッキーと喜ぶ瑞穂。しかし瑞穂が買取出来なかったことを告げると、男の声が一変した。
『店で査定するからと持っていきやがって、それで全部値段が付かなかったとはどういうことだよっ、ええっ!?』
「え? いや、ですからどれも状態が悪くて……」
『そうか、分かったぞ。おまえら、どれも値が付きませんでしたって言っときながら、ちゃっかり店頭に並べて売るつもりだな』
「いえ、そんなことは決して! それにあの、さっきはお客様も言っておられましたよね、どれも値段は付かないだろうけどとりあえず持って行ってくれって」
『騙そうたってそうはいかねぇぞ!』
「騙すだなんてそんなことしません。お願いですから私の話を聞いてください」
『10万だ。さっき持って行った奴、全部まとめて10万円で売ってやるからとっとと持ってきやがれ!』
「ええっ!? そんな、だからどれも値段が付かないって」
『ウソ言うんじゃねぇ! 10万って言ったら10万だ!』
男はまるでこちらの話を聞かないどころか、勝手に値段の提示までしてきて、瑞穂はすっかり狼狽えてしまった。
これはひとえに瑞穂の経験不足が原因だ。
例えば経験豊かな速野なら相手のペースに乱されることなく、粘り強くこちらの主張を繰り返したことだろう。
が、瑞穂は混乱するあまり、すっかり相手のペースに乗せられてしまった。
「10万円なんて無理です。だったらお客様のものを全部お返しします」
『ふざけんなっ! 今更そんなものいらねぇよっ!』
「ええっ!? でも、それじゃあ一体どうすれば……」
『だからさっきから10万で売るって言ってるじゃねーか! 馬鹿か、てめぇはっ!!!!!』
ひときわ大きな怒鳴り声に、瑞穂はぴきんと体も心も固まってしまった。
『そもそもよ、おめぇんところは客から買い取ったものを売って商売してるんだよな。でも、実際は客から騙し取ったものを売ってたわけだ。こりゃあ詐欺だよ、詐欺』
「そんな詐欺だなんて……」
『いーや、立派な詐欺じゃねぇか! ったくよぅ、こっちが下手に出ていたらいい気になりやがって。いいか、こっちは被害者なんだ。今すぐ警察に駆け込んで、おめぇんところの店に騙されたって訴えてもいいんだぜ?』
本来なら警察を呼び、どちらの言い分が正しいか、どのようにこの揉め事を収めてもらうかを考えてもらうのは最善手のひとつだ。
しかしすっかりパニックに陥っている瑞穂には、そんな判断すらも出来ず、ただ言葉にならないうめき声をあげることしか出来ない。
『警察だけじゃねぇ。俺の
そんな瑞穂の様子に男はさらに語気を強め「分かったら今すぐ10万持ってこい」と言って電話を切った。
(どうしてこんなことになってしまったのだろう?)
何度考えても瑞穂には分からなかった。
男の見かけとは違う優しい言動に、つい気を許して持ち帰ってしまったのがいけなかったのか。
今から考えれば、全てはこうなるようにあの時はわざと演じていたふしがある。それにすっかり騙されてしまった。
だけどそれも元はと言えば……。
(やっぱり約束を破って出張買取に出かけたのがいけなかったんだ)
依頼の電話がかかってきた時、瑞穂は当初断るつもりでいた。
なのに電話先の相手がヒステリックに怒鳴りたてるのに根負けして、ついついルールを破ってしまった。
あそこはもっと粘り強くこちらの言い分を主張すべきだったのかもしれない。
(……責任、取らなきゃ)
お店の開店時間が近づくにつれて、スタッフが次々と出勤してきた。
その中のひとり、山田にあえて「お客さんが無茶なことを言ってきて困りましたよー」と楽観的な感じで説明すると、瑞穂は再び出張先へ向かうべく駐車場へと出て行った。
「ちょっと今浜さん、大丈夫!? 顔、真っ青なんだけど?」
その瑞穂を追いかけて、山田も店から出てくる。
「平気です」
「でも話を聞いてたら結構面倒くさいことになってるように感じる。なんだったら僕も一緒に行こうか?」
「私ひとりで大丈夫ですよ。山田さんはお店の方を頼みます」
「頼みますって……あ、今浜さん、ちょっと!」
山田との会話を無理矢理終わらせて、瑞穂はワゴン車を発進させた。
山田が心配してくれているのは分かる。申し出もありがたい。
だけどこれは全部自分が蒔いた種だ。それをひとりで解決できずに社員になりたいなんてそんなのは夢のまた夢……。
気が動転し、すっかり周りが見えなくなってしまっている瑞穂。
それは精神的なものだけでなく、実際の視野も狭くなっていた。
だから、午前中の出張に出かけた時に気付けた黒い影も、今はもう気付くことができない。
ドンッ!!
車道へ出る直前、車に鈍い振動が走った。
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