第22話:私が店長代理!?
年末の出張買取で在庫を大幅に用意し、さらには瑞穂や山田たちのおかげで売り場の棚も大充実したイエローブック森泉店の新年セールは、店長の上笠すらも今まで経験したことがないほどの大盛況となった。
まず開店直後は、見慣れた常連の方々が一気に流れ込んできた。
おそらくは昨年中から目星をつけておいたのであろう商品を次々と買い物かごに入れては確保していく。
セールではよく見かける光景だ。
それからしばらくすると、今度は家族連れが目立ってきた。
お正月も三が日が終わり、初詣や親戚巡りも終わった四日あたりにもなると、近所のイエローブックみたいなお店は子供を連れてやってくるには手ごろなのかもしれない。
これもこの時期のお約束みたいなものだった。
様相が変わったのは、お昼過ぎあたりからだ。
入ってきてしばし店内をぶらぶら見て歩いていたものの、慌てて入口近くのカゴを取りに来ては売り場へ戻っていくお客さんが目に見えて増えた。
どのお客さんも見覚えのない顔ばかり。さては速野の見立て通り、普段はセールが重なって他の店へ行く人が、今回は日にちをずらしたことによって森泉店にもやってきたのだろうか。
そんなことを瑞穂が考えていると、やがて怒涛の販売ラッシュが始まった!
「凄かったスよねぇ。レジ待ちのお客さんがあんなに列を作ったの、俺、この店で初めて見たっス」
まるでコミケみたいだったッスと守北が振り返る。
ちなみにセールの二日目から列の一番後ろに並んだ人に「最後尾はこちら」というプラカードを持ってもらうアイデアを出したのは、この守北だ。
「セール対象の本だけじゃなくてDVDやCDも売れていきましたもんね」
「あれは山田さんのナイスプレーですよ。年末に買い取ったレア物を店頭に多く出してくれたおかげです」
「それを言うなら瑞穂ちゃんが加工品の予備を大量に作ってくれたのも大きかったな。おかげでセール期間中もほとんど棚倒れ(売れた商品のところを埋め切れない状態のこと)しなかったし」
「でも焦りましたよ。私、結構な量を作ったのにそれがどんどん店頭に並んでいくんですもん」
それでも周りからよくやった、さすがだと言われて、瑞穂はテレテレと表情を綻ばせる。
だけど瑞穂は知っていた。
いまさら誰も口にはしないけれども、今回のセールが大当たりしたのは全て速野のおかげだ。
速野がセールを四日にずらしたおかげで多くの新規のお客さんを呼び込み、さらには年末年始を休みにしたことでスタッフの士気もこれまでとは比べ物にならないほど高かった。
もし仮に従来通り大晦日までみんなで仕事をし、年明けも元日から始まった中であれだけのお客さんが押し寄せてきていたとしたら、疲労しきっているスタッフたちは今回のようにしっかりした対応が出来ただろうか。
おそらくはみんな、暗い顔をしながらひたすら耐え忍ぶことしか出来なかったに違いない。
「よし、この良い流れに乗って今年も頑張ろう!」
店長である上笠の声掛けに、みんなも「オー!」と元気よく答える。
イエローブック森泉店は新年早々、最高のスタートを切ったのだった。
「えっ!? 私が代理店長に、ですか?」
そして一月も終わりに近づいたある日の事。
その日の仕事を終えてスタッフルームでスマホを操作していた瑞穂に、上笠が唐突にそんなことを言い出した。
「そう。来週の月曜から金曜まで、本部の研修に俺と速野さんも参加しなくちゃいけないことになったから、その間の店長代理を瑞穂ちゃんにやってもらいたいんだけど」
「そんなに長くですか!?」
「はい。今浜さんなら安心してお店を任せられるんですけどね」
驚く瑞穂に、速野も横からひょっこり顔を出してきた。
「もちろん研修と言っても電話には出ることが出来ますので、何かあったら僕たちに電話してくれてかまいませんし」
「瑞穂ちゃんが休みの日は山田君に頼もうと思っているからさ。ね、頼むよ」
復帰してからやたらと仲の良い上笠と速野のダブル攻撃に、さすがの瑞穂も頭を縦に振るしかなかった。
が、よく考えたらこれはチャンスだ。
今、お店は絶好調。利益も去年の夏あたりから出し続けているし、これは一年前に社長から言われた「業績が上がれば社員登用もある」の条件を満たしている可能性は高い。
そこに自分が社員として相応しい働きが出来ると証明してみせれば、もしかしたら一年前のリベンジを果たせられるのではないだろうか。
「分かりました! 頑張ります!」
「うん。まぁ普段通りやってくれれば、瑞穂ちゃんなら問題ないから」
「いえ、せっかくですから、お二人が戻ってきた時にびっくりするような実績をあげてみせますよ!」
「今浜さんも言うようになりましたね。でもホントに無理は禁物ですよ。何かあったら迷わず僕たちに電話してください」
速野はそう言うものの、これは自分が一人前としてやっていけるかどうかの試金石。誰の力も借りずひとりで、見事に店長代理を務めあげてみせると心に強く誓う瑞穂だった。
お店が好調な時ほど時間が経つのは早いもので、あっという間に一月が終わった。
本やDVDやゲームがどんどん物から通信データへと移行する今の時代、リサイクルショップの売り上げは年々落ちている。
なのにイエローブック森泉店は、開店して20数年の歴史の中で最高実績を叩き出した。例年と比べて3日間の休店があるにもかかわらず、だ。
それは勿論セールの大成功が大きい。
だけど元はと言えば良いものをしっかり集め、棚の鮮度を保ち続けたことがお客様の信頼を生み、どれだけ忙しくても余裕を持たすようスタッフの勤務時間を調整し、また気力、体力が常に充実すべく配慮した普段からの積み重ねこそが、このような結果へ導いたのだろう。
そう思うからこそ、瑞穂は自分が店長代理を務めるにあたって、それらをしっかり守らなくてはならないと自分に言い聞かせた。
「ありがとうございましたー」
店長代理一日目の月曜日。最後のお客さんをお見送りした後、店のカギを閉めて瑞穂はほっと安堵した。
とりあえず一日目は何事もなく、無事に終わってくれた。
とは言っても、やはり上笠店長、速野の主力ふたりが抜けた穴は大きい。
加えて月曜日は、意外と忙しい日だったりする。週末に大勢のお客さんが訪れ、どうしても補充しきれなかった棚や、遅れがちになってしまった加工を早急に立て直さなきゃいけないからだ。
さらには日曜日は仕事で月曜日が休みという販売業やサービス業のお客さんが、時として大量の買取を持ち込んだりもする。
この日もやはり数件大きな買取があり、それでますます作業が滞ってしまった。
だから。
「あれ、瑞穂ちゃん、帰んないッスか?」
「うん。ちょっと加工作業してから帰る」
遅れを取り戻すべく、瑞穂は他のみんなが着替えて帰る傍ら、自らはエプロンを巻いたまま作業場へ戻った。
「店長代理だからってあんまり張り切りすぎちゃダメっすよ」
「分かってるって。ホント、ちょっとだけやったらすぐ帰るから」
「だったらいいッスけど。無理は禁物ッスよ。こういう時は守北家の家訓『今日やらなくていいことは明日やれ』を心がけるといいッス」
なんだその家訓は? と思いながらも瑞穂は笑顔を浮かべて、店を出ていく守北を見送る。
ほんの数十分までは騒がしかった店内が途端にしんと静まり返った。だけどそれがまるでお風呂上がりの火照った身体をクールダウンさせるかのように心地よい。
今日は店長代理の初日とあって、色々と周りを意識しすぎて気合が入りすぎていた。ここからは誰を意識することもなく、気軽にひとりで仕事が出来る。
(だからこれはオーバーワークじゃない。自分の心を整えるためにも必要なこと。それで残っている仕事も減らせるなら最高だよね)
そんなことを思いながら、瑞穂は淡々と作業をし続けるのだった。
店長代理二日目の火曜日。
戦力に不安を抱えている時に限って、大量の買取がやってくるのはリサイクルショップのあるあるだ。
駐車場に大きなトラックが入ってきたのを見て「もしかして」と思っていたら案の定、次々と大きなダンボールが運びこまれてきた。
年末に持ち込まれたほどではないが、それでも今のイエローブック森泉店では厳しい量だ。
当然、瑞穂の頭の中では上笠がやってみせた一箱幾らのまとめ買いがちらついた。
しかし、いくつか箱を開けて中を覗けば、どうにも玉石混淆。明らかに買取が出来なそうな状態のものもあれば、結構値が付きそうなものもある。さらには本以外にもCDやDVDなんかも雑多に詰め込まれていて、瑞穂にはなんとも判断がつかなかった。
となると、これは通常通り、ひとつひとつ値段を付けて買い取るしかない。
しかし、それだとこの買取だけで2時間は取られるだろう。お客さんにはまた買取が終わった頃に再来店してもらうとして、さてお店のオペレーションはどうするべきか。昨夜は残業したものの、それでもまだ作業は全体的に遅れがちだ。
「って、だからってこの量をひとりでやるって本気なの、今浜さん!?」
「はい。山田さんもゲームやDVDの加工が溜まってますし、この買取でさらに増えそうです。となると、ここは私ひとりでこの買取をして、皆さんには通常作業をしてもらった方がいいのではないかなと。幸いなことにお客様は『この量だから急がなくていい、なんだったら明日以降の来店でも構わない』って言ってくれましたしね」
「それでも速野さんじゃあるまし、この量を一人でやるのは無理ッスよ」
「大丈夫です。私だってこれぐらいできますよ!」
守北の言葉に、瑞穂は敏感に反応した。
そう、速野ならこれぐらい軽々とひとりでやってのけるだろう。でも、瑞穂だって速野に付きっきりで色々と勉強してきた。自分だって出来るんだってところをみんなにも知ってほしい。
そんな思いがついつい語尾を強めた。
「ちょ、何でムキになってるッスか?」
「別にムキになってなんかいません。こうした方がお店にとっていいと思っただけです」
「いやいや、ムキになってるじゃないッスか。ちょっとー、皆草さんからも無茶しすぎだって言ってやってくださいよ」
頑なに一人でやると言い張る瑞穂に、守北は皆草へ助けを求めた。
が、皆草は加工済みの漫画の山を手に取り、「別にいいんじゃないの」と素っ気なく答えただけでさっさと売り場に出ていってしまった。
「あー、もう。なんなんスか、皆草さんまで」
「皆草さんは私を信頼してくれてるんですよ。守北さんはそんなに私が信頼できないですか?」
「そんなわけないじゃないっスか! てか、これはそういう問題じゃなくて」
「だったらここは私に任せて、守北さんは補充の続きをやってください」
それ以上の問答は無用とばかりに、瑞穂はダンボールから持ち込まれた商品を取り出すと、ひとつひとつ状態を確認して買取作業を始めた。
山田も守北も困り顔で、特に守北はしばらく瑞穂に抗議していたが、やがてそれが無駄だと悟ると「なんスか。なんなんスか」とブツブツ呟きながら持ち場へと戻っていく。
その姿を視界の隅に捉えた瑞穂は心の中で詫びながらも、これは私が一人前になったかどうかの試練なんだと言い聞かせながら、黙々と買取をしていく。
結局、瑞穂ひとりでは3時間かかった。
そして残るは買い取った商品の山……今夜も残業は免れない。
その時だ。
突然電話が鳴った。
「はい、イエローブック森泉店、今浜がお受けいたします」
なんとなく。
速野の声が聞きたいと思いながら、瑞穂は電話に出た。
が、しかし。
「あ、近所の人に聞いたんだけどォ、そちら出張買取ってのをやってくれるんだってェ? うちにいっぱいお宝があるのよゥ。ちょっと取りに来てくんないィ?」
それは受話器越しにでも漂ってきそうな、言葉の節々に酒臭さを匂わせる女性からの電話だった。
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