第21話:仕事が楽しくなってきた!?

 年末の出張買取は、なかなかハードだった。

 瑞穂は店舗で商品の加工作業をしながらの電話番だったが、とにかく電話が鳴りまくる。おかげで加工作業は遅々として進まず、逆に出張で買い取った商品が次々とお店に運び込まれ、駐車場にある倉庫がついに買い取った商品を詰め込んだダンボールでいっぱいとなった。

 

 それでも出張買取の受付は決して苦ではなかった。

 受付はまずお客さんの住所と、買取に出される物の種類と数量を確認するところから始まる。そして既に入っている予約と見比べながら時間を決めていく。

 予約の空きが多いうちはまだ楽だが、どんどん埋まってくるとパズルゲームの様相を呈してくる上に、お客さんとの時間交渉がなかなかうまく行かないこともある。

 

 確かに大変だった。

 だけどその結果、多くのお客さんから「ありがとねぇ。取りに来てくれて助かるわぁ」と感謝されるのは本当に嬉しかった。

 聞けば速野たちも行く先々でお礼を言われたらしい。

 

「感謝されるのはいいもんだな」


 店長が出張買取先で貰ったという飴玉を口の中で転がしながら、感慨深げに独り言ちた。

 

 

 

 さて、そんな年末出張買取大作戦もなんとか無事に終わり、年が明けたイエローブック森泉店。

 今年の営業は1月4日からとあって、元日の店先はひっそりと静まり返っている。

 駐車場の入口にはチェーンが張られ、入口の扉には「謹賀新年」と営業日のお知らせの文字。

 もちろん店内の明かりも消されていて、当然のように中には誰もいないように見えるのだが……。

 

「どうして山田さんがいるんですかっ!?」

「そういう今浜さんこそどうしてお店に!?」


 元日のおせちをいただいくのもそこそこに、お店へやって来た瑞穂。

 しかし店の警備装置が切られており「もしや強盗!?」と恐る恐る店内へ入ってみたら、そこには黙々と買い取った傷アリDVDの研磨作業をする山田がいた。

 

「私は本の加工が全然出来なかったから、セールまでになんとかしようと思って……」

「今浜さんもですか……」


 一瞬お互いに呆れたような顔をするものの、やがて二人同時に笑い始めた。

 

「アハハ。ちょ、ちょっと、ダメじゃないですか。休める時はちゃんと休まないと」

「それは今浜さんも同じだよ。速野さんも言ってたじゃない。充実した私生活が仕事を楽しくさせるって」

「でも、なんか落ち着かないじゃないですか。たくさんの未加工品があると」

「まぁ、そうだね。店頭に並ばないとどんなものでも売れないわけだし、なにより仕事に追い立てられてるような気がする」

「ですよね。だから安心して休日を楽しむ為に、まずはやり残した仕事をちゃんと片付けておこうと思って……」


 言いながら、ハッと瑞穂は表情を変えた。

 

「これっていわゆる仕事中毒者ワーカホリックって奴でしょうか?」

「うーん、どうなんだろう。僕の場合はまぁ性格的なものなんだけど」

「性格的なもの?」

「仕事が溜まるとストレスになるんだ。だから繁忙期には二時間ばかり早く出勤して、開店前の誰にも邪魔されない時間帯に作業してる」

「そうだったんですか! 全然知らなかった!」

「まぁ忙しくなるとみんな余裕がなくなるからね。気が付かないのも仕方ないと思う。とにかくそういうわけだから、僕のは性格的なもので、別にワーカホリックってわけじゃない。ただ、今浜さんのもそれとはまた違うと思う」

「と言うと?」

「今浜さんはきっと仕事が楽しくなってきたんだと思うよ」

「え? いや、でもここの仕事は昔から楽しいですよ、私」

「でも今までは休日にこうして出勤しようなんて考えなかったんじゃないかな?」


 言われてみたら確かに。

 イエローブック森泉店でバイトを始めた頃から、瑞穂はここでの仕事は天職だと思っていた。だけど休みの日は遊びたい、休みたい、家でごろごろしながら漫画を読みたい、なんてことばかり考えていて、休日も仕事をしたいなんて思ったこともなかった。

 そう考えると今ここにこうしているのがなんだか不思議な気分になる。

 家にはお正月休みに読もうと思って買っておいた漫画や小説が積み上げられている。なのにそれを無視して職場へやってくるなんて、以前なら到底考えられないことだ。

 

「それは多分、速野さんの影響だね。だってあの人、みんなに休みを出しておきながら最初は自分ひとりで出張買取するつもりだったんでしょ。でもだからって速野さんがワーカホリックかというと、そんな感じでもない」

「それは速野さんがいつも楽しそうに仕事をしてるから?」

「その通り。さっきも言ったけど、僕はみんなに知られることなく早出して仕事をしていた。それは僕の性格的なもので、お店の為になるとは思ってたけれど、別に誰かから賞賛されたくてしてたわけじゃない。だけど、それでも思ってしまうんだ。僕がこんなに頑張ってるのに、どうして誰も分かってくれないんだ、って」

「……その気持ち、分かるような気がします。頑張っていたら、やっぱり認めて欲しいですよね」

「でも、速野さんにはそれがない。なんと言うかあの人は『自分が楽しいからやってるので、他人の評価は関係ない』って感じなんだよね。ちなみにそれこそ仕事中毒なんじゃないのって思うかもしれないけど、違うんだ。ワーカホリックって言うのは『働かなきゃいけない』って強迫観念で仕事をしまくることだから。逆に『働きたい』って感情で働くことをワーク・エンゲイジメントって言うらしいんだけど、速野さんの場合はそれも超えてる何かのような気がする」


 そういう言葉はないみたいだけど、あえて言うならワークハッピーって感じかな、と山田は続けた。

 言い得て妙な表現だ。

 

「そんな速野さんに触れて僕もなんだか仕事が楽しくなってきたんだ。だから速野さんに一番近い場所にいる今浜さんが大きな影響を受けるのは当たり前だと思う」

「はぁ。やっぱり速野さんって凄いなぁ」


 心から感嘆しましたとばかりに、瑞穂はため息をついた。

 

「ああ。速野さんは凄い。あの人に付いていけば、なにもかも大丈夫だって感じるよ。ということで仕事しようか。給料も出ていることだし」

「え? これって給料出るんですか?」

「あれ、聞いてない? 仕事が溜まっている状態による自己判断での出勤でも給料を出すよって速野さんが」

「私、そんなの聞いてないです」

「じゃあなんで今日来たの?」

「いや、だから買い取った本が溜まってるから少しでも売り場に出そうとボランティア精神で……」

「今浜さん、それ影響受けすぎ」


 苦笑する山田を横目に、そそくさと瑞穂はタイムカードを押した。

 

 

 

 買い取った本の加工作業と、それを売り場の棚に並べる補充作業は、重要な仕事ではあるけれども単調で地味な作業だ。

 

 まずは加工作業。

 最初に店内の棚の空き具合を確認してから、何を加工するのかを決める。

 例えば少年漫画の売れ行きが良くて棚がスカスカなのに対し、単行本がきっちり埋まっている状態ならば、まずは少年漫画の本を加工していくわけだ。


 次に買取時にも確認しているものの、表紙と中身があっているか、中身に書き込みやページに濡れた跡がないかをチェック。それが終われば汚れがあった場合は布で拭き取り。場合によっては天地や小口を研磨機で磨きあげる。


 綺麗になったら値札シールを打ち出し、ぺたぺた貼っていく。

 時にシリーズものの漫画や小説が完結巻まで揃っていたら、纏めてセット販売へ。


 こうして出来上がった商品はローラーの付いた補充用のワゴンへ並べて、ひとまず加工は終了。

 これをひたすら繰り返す。

 

 次に補充作業。

 これはまず加工作業で作られた商品を補充しやすいように並べなおすところから始まる。

 漫画であればイエローブック森泉店は「メーカー、作者名」で並べているので、先にメーカーごとに振り分け、その次に各メーカーごと作者名順に並べなおす。


 その作業が終わればワゴンごと各売り場に持っていき、正しい場所に補充していく。

 とは言え、ただ正しく並べればいいってものではない。例えば既に同じものが何冊も並んでいると、そこにさらに一冊加えても意味がないのは言うまでもないと思う。

 だからその場合はとりあえず棚の下にあるストックボックスに保管するか、あるいはそこにも多くある場合は何冊かを値下げして特価コーナーへ移動。それ以上値下げ出来ない時は、残念だが破棄するしかない。

 

 また出来るだけ隙が出来ている場所を選んで加工しても、時には棚がいっぱいいっぱいで、新しく加工した商品の置き場がないパターンもある。

 その時は棚に並べている商品の値札シールを確認する。シールにはそれを作った日付が印字されているので、古いものはすなわちそれだけ長い間売り場にあっても売れなかったということになる。

 だからそれを先ほどのように値下げして特価コーナーへ移動させるか、もしくは破棄して空きを作り、新しいものを並べていくのだ。

 

 ちなみにこの本を破棄するという行為に、瑞穂は当初ショックを受けた。

 が、仕事になれていくにつれて、それも仕方ないと思うようになった。

 コンビニが幾ら勿体なくても賞味期限の切れたお弁当は捨てるしかないように、古本屋もずっと売れない本はそうするしかないのだ。

 棚の鮮度を上げるためには、残念ながらやむなしなのである。


 さて、そんな地味な作業を瑞穂は黙々と続けた。

 時折、山田と一言二言交わすものの、基本的にふたりとも無言。店内に有線を流すことなく、ひたすらそれぞれの仕事に没頭していた。

 

 加工と補充、それは基本作業ではあるけれども、通常はかくも集中して出来るものではない。

 何故なら普段は当然のようにお客さんがやってくるし、やれ販売だ、買取だ、問い合わせがあったら商品案内だ、電話対応だとなんだかんだで作業が中断されてしまうからだ。

 

 しかし今日の営業はお休み。

 お客さんは当然ひとりも来店せず、たまに電話が鳴るも、すぐに『お電話ありがとうございます。本年の営業は1月3日からとなっております』と勝手にメッセージが流れるので、応対する必要もない。

 

(あー、誰にも邪魔されず加工と補充に集中出来るのがこんなにも快適だったなんて知らなかったなぁ。こりゃあ山田さんも早出して仕事したくなるのも分かるー)


 次々と商品を加工し、年末の慌ただしさで補充が出来ていなかった棚が瞬く間に埋まっていく様を見て、瑞穂は何とも言えない快楽を覚えていた。

 勿論、倉庫がいっぱいになるほどまで膨れ上がった未加工在庫を、ひとりでなんとかしようとするのは無理がある。それでも確実に未加工品が減り、その度に売り場の棚が充実していくのが楽しくて、瑞穂は延々と作業を続ける。

 そして気が付けば山田も帰り、日も暮れた。それでも作業する所にだけ明かりをつけ、さらに没頭すること数時間。

 

「ふっふっふー」


 瑞穂は加工しまくった商品の山を前にして、ひとり鼻息も荒く、充実感に浸っていた。

 今日一日の作業だけで、棚はどこも充実しまくっている。さらにはセット商品も大量に作ったし、それでも勢い余って作った分はもともと貼られていたジャンル(単行本や文庫本など)のシールに加工済みと書き加えて、再びダンボールにしまった。

 これでセールで売れた棚もすぐに補充出来る算段だ。

 

「いやー、これはスゴイ! 私、お正月早々から凄く頑張ったぞ!」


 独り言がついつい大きくなる。

 

「でも誰かが聞いているわけでもないから別に」

「いや、俺が聞いているんだけど」


 突然誰もいないはずのフロアから声が聞こえたので、瑞穂は心底驚いた。

 

「きゃああああああ!? だ、誰!? ……って、なんだ、皆草さん?」

「『きゃああああああ!?』って驚きすぎだろ。声で分かんないか?」

「分からないですよー。だって誰もいないと思ってたんで、本当にびっくりしたんですから」


 こつこつと足音を響かせて暗闇から姿を現した皆草の姿を認めて、瑞穂は少し涙目になりながらもホッとした。

 

「どうしたんですか、こんな夜に? あ、もしかして皆草さんも買い取った商品の加工をしに来たんですか?」

「……まぁ、そんなところ」


 そう答える皆草の表情はどこか固い。

 

「ふふふ。なんだかんだ言って皆草さんもお店のことが気になってたんですね。でも残念。あらかた私が作っちゃいましたよ」

「そう、みたいだな」

「なんせ朝の10時からぶっ通しでやりましたからね。棚もバッチリ仕上がってます」


 自慢げに胸を張る瑞穂。

 

「たいしたもんだ」


 それを皆草は褒めつつも、どこか心ここにあらずと言った感じで瑞穂と視線を何故か合わせようとしない。

 瑞穂はそれを「やろうと思っていた仕事を先にやられていて悔しいんだ」とか「ずっと速野に反抗的な態度を取っていたから、今更お店のことを考えていたと思われるのが恥ずかしいのかな」ぐらいに感じ取った。

 

「てことでもう大丈夫ですから帰りましょう」

「いや、せっかく来たんだから俺もちょっと仕事していくよ」

「でも本の加工はもう十分ですよ?」

「本は十分でもCDやDVDはまだそこそこ残ってるみたいだしな」


 皆草の視線につられて瑞穂も普段は山田が作業しているメディアブースへ目を向けると、そこにはまだ結構な量のCDやDVDが残されていた。

 おそらくは500円以下の商品だろう。CDやDVDはまず値段の高い商品から先に加工し、これらの安い商品は後回しにするのが作業の鉄則だ。

 

「たまには山田さんの仕事も手伝ってやんねぇとな」


 そう言うと皆草はさっさと帰れとばかりに瑞穂へ軽く手を振った。

 

「はぁ。それじゃあ私は帰りますね」

「ああ。お疲れ。あと、遅くなったけどあけましておめでとう」

「あ、おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」


 すっかり忘れていた。というか、山田とは新年の挨拶を交わしてもいない。

 瑞穂が深々と下げた頭を上げると、すでに皆草は値段シールを打ち出すのに必要なノートパソコンを立ち上げているところだった。

 その顔が妙に真剣だったので、瑞穂はそれ以上は何も話しかけず、その場を立ち去ろうとする。

 

「あ、忘れてた。皆草さん、なんでもこの自主労働もお給料出るそうですから、タイムカード切ってくださいね」

「そう。分かった」


 危うく伝え忘れそうになったのを辛うじて思い出し、帰る直前、瑞穂は皆草に声をかけた。

 が、瑞穂のファインプレーの割には、皆草の返事はそっけない。

 

 外へ出て家への道を歩き始めながら、瑞穂はふと振り返る。

 暗闇の中にぽつんと明かりが光る中で、ノートパソコンを操作する皆草の姿が見えた。

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