第20話:楽しいことはみんなで

「うー、さむっ」


 日はすでに昇っているとはいえ、冬場の朝9時はまだやっぱり寒い。

 瑞穂はかじかんだ手にほぉーと吐き出した息を吹きかけると、暖を取ろうとその場で足踏みを始めた。


 今日は12月28日。

 コミケは初日を迎え、今頃、皆草や守北たちは有明のビッグサイト前に集まっていることだろう。

 が、それとは別に年内の営業を終えたはずのイエローブック森泉店の駐車場には、瑞穂と店長である上笠が集まっていた。

 さらに速野はふたりよりも早くにし、スタッフルームでの調整をしている。

 

「今日も寒いね、瑞穂ちゃん。でも、すぐ温かくなるよ」

「ですねー。なんせ今日は凄く忙しそうですし」


 昨夜のことを思い出して、瑞穂は顔が妙に火照るのを感じた。

 全てが大団円に終わったと思ったのに、まさかその後、あんなことが待ち受けていようとは神ならぬ瑞穂に知る由もなかったのだ。


            ☆

  

「さて、速野さん。あんた、また例によってまだ何か隠してますよね?」


 昨夜、スタッフルームの椅子に座りパソコンを操作している速野へ、上笠はそう話しかけた。

 その構図は全くの逆ではあるけれども、何やら不穏な問いかけに、四ヵ月前の悲劇が瑞穂の脳裏をかすめる。

 

「はい? なんのことでしょう?」

「シラを切ってもダメですよ。誰よりも店のことを考えるあんたが、ただスタッフの満足度を上げる養う為だけに店を閉めるなんてあるわけないじゃないですか。一体何を企んでるんです? 俺にも教えてくださいよ」

「企むだなんてそんな……」

「またまた、この期に及んでまだ胡麻化すつもりですか? あんたがそのつもりならこっちにも考えがありますよ」


 上笠が腕まくりして、日焼けした両腕をさらけ出す。

 色合いのせいだろうか、四ヵ月前よりもなんだかとても逞しくなっているように瑞穂には見えた。

 

「て、店長! 暴力はダメですよ!」

「瑞穂ちゃんは黙ってて。こういう人には実力行使で口を割るしかないんだ!」


 上笠がちらっと背後の瑞穂へ顔を向けたかと思えば刹那、すかさず視線を獲物へと変えて猛然と飛び掛かる。

 

「店長!」

「全部話してもらいますよ、速野さん!」


 座ったままの速野の肩を押さえつけた上笠が、これまた素早い動きで背後に回った。

 そして。

 

「そーれ、こちょこちょこちょこちょ!」


 速野の脇腹をまるで鳥の羽のように軽く擽る。

 

「ちょ! 上笠店長、やめてください!」


 さすがにこれはたまらない。速野が両手両足をジタバタ、上半身や腰を懸命に捻って逃れようとするも、いつの間にやったのだろう、上笠がベルトで速野の胴回りを椅子に固定させて脱出を封じてしまっている!

 

「さぁ観念してください。こちょこちょこちょ」

「わはははははははははは!」

「何を隠しているのか話す気になりましたか?」

「別に自分は何も隠してなんかあははははははは、ちょ、やめてわはははははははは!」

「話さないといつまでも続けますよ?」

「ははははははは! わ、分かりました。話します。話しますからやめわははははははははは! ちょ、だから話すって言ってあはははははははははははは!!!」


(……なんだ、これ?)


 暴力沙汰を危惧してたのに、よもやのおっさんたちのお戯れを見せつけられて瑞穂は頭が痛くなる。

 残念ながら瑞穂におっさんBLの趣味はなかった。

 

           ☆

           

「それではこれが今日の予定表となります」


 しばらくして店から出てくると、速野は駐車場で待つ瑞穂たちに二枚の紙を渡した。

 それぞれの一番上にはひとつは速野、もうひとつには上笠の名前が書かれている。

 その下には時間と名前、そして住所と電話番号が記されていた。

 

「この予定表に従って出張買取をやっていきましょう」


 速野の企み、それは店舗閉店中の出張買取だった。

 いくら早めの大掃除を呼びかけ、12月上旬から買取キャンペーンを展開しても、それでもやっぱり大掃除は年も押し迫ってからという人は必ずいる。

 そんな人の為にも、リサイクルショップとして年末の営業はやっぱり必要だ。

 ただ、だからと言って必ずしもお店を開けなきゃいけないわけではないんじゃなかろうかと速野は思っていた。


 お客さんは大掃除で出た不用品を処分したい。

 そして自分たちはそれをお店で受け取る以外に、直接取りに伺うことも出来る。

 しかし出張買取をするということは、それに人員を割くということだ。ただでさえ買取の持ち込みが爆発的に増え、人手が足りない年末営業にそれは出来ない。

 

 だったらお店を休店させれば、思う存分出張買取出来るじゃないか。

 そうすればお客さんもわざわざお店まで持ってくる必要がなくなるし、むしろ喜んでもらえるだろう。

 

「ちょっと速野さん、一日目にして結構な数の出張買取が入ってるじゃないですか。これをひとりでやるつもりだったんですか?」

「はぁ。でもさすがに一日でこの量をこなすつもりじゃなかったですよ。店長たちが手伝ってくれると言うから、昨夜から連絡が取れるお客さんに相談して、予定日を今日に移すことが出来る方は調整してこうなったんです。本来ならこれで2日分ってところですかね」

「でも本来の予定とは別にお店へ電話してきたお客さんの分も回るつもりだったんですよね?」

「そうですね。お店への電話を僕の携帯に飛ばして対応するつもりでした。そのために当初の予定はそこそこ余裕のある時間表にしてあります」

「それにしても一人では無理がありすぎますよ」


 無茶と言うか、無謀と言うか。

 まぁそれでもきっと速野なら飄々とやってのけたことだろう。そういう人間であることを瑞穂はこの一年にも満たない付き合いで十分すぎるほど分かっていた。

 だけど。

 

「やっぱりこういう楽しいことは出来るだけ多くの人とやらなきゃ!」


 瑞穂は頭の後ろで髪の毛をシュシュで纏めると、元気よくポニーテールを跳ね上げた。

 自然と笑顔がこぼれる。


「これが楽しい、ですか?」

「楽しいですよ! 今までやったことがない試みだし、これが上手くいけば来年から年末恒例地獄の買取ラッシュも変わるかもしれないじゃないですか!」


 地獄の買取ラッシュはやっぱり辛い。あれが少しでも緩和される可能性があるのなら、やってみる価値は十分にあるだろう。

 

「そうだな。もし今回上手く行ったら、来年は希望者を募ってみんなでやってみよう」


 店長の上笠も「よし、いっちょやるか」と、冬にしてはあまりに日焼けしすぎている頬をぱんぱんと叩いて気合を入れた。

 

 そんなふたりに速野はしばし呆けたように眺めるも、やがて例の強欲な仮面の表情を浮かべて答える。

 

「分かりました。それではみなさん、頑張っていきましょう!」

「はい!」

「店長、そちらは一件あたりダンボール一つぐらいの買取が予想されるものを振り分けています。それを計算して買取に回ってください」

「分かった!」

「僕のは逆に買取多めのものを振り分けています。なので出来る限り頻繁にお店へ戻って荷物を降ろす予定ですので、今浜さんは――」

「はい、お店に待機してる私はそれをすかさず店内に運び込んで、どんどん加工しちゃえばいいんですね!」

「そうです。そしてお店に入った出張買取希望の電話ですが、早速今日の午後から予定を入れてもらってかまいません」

「え? おふたりとも回れる余裕があるんですか?」

「いいえ、今日の時間表だと僕たちは無理です。なのでここは」


 ごくりと瑞穂は唾を飲み込んだ。

 昨夜、速野の計画を聞いた時、もちろん瑞穂は自分も出張買取に出るものだとばかり思っていた。

 が、実際に割り当てられたのは店頭に待機しての電話番と、買い取った商品の加工係。

 確かに電話番は大切な仕事だし、来年4日からのセールを考えたら今のうちに加工しておいて、売り場へすぐ出せる商品を用意しておくのはもっと重要な仕事だ。誰かがやらなくちゃいけない。

 

 でも、瑞穂は自分も出張買取に行きたかった。

 今回の年末出張買取大作戦は、買取に回れる人が多ければ多いほどいい。

 車ならば速野も上笠店長もワゴン車を自家用車に持ってるし、ならばお店の出張車を自分用に回せる。運転技術は未熟ではあるものの、瑞穂だって力になれるはずだ。

 

 そんな思いを昨夜から悶々と持ち続けていたわけだが、それをちゃんと速野は見抜いていたのか! 


(さすが速野さん! 私、頑張ります!)


「はい! その分は私に任せ――」

「いえ、午後から山田君がヘルプに来てくれることになりました。ご両親のワゴンを借りて回ってくれるそうで……あ、あれ、今浜さん、どうしました?」


 思わずその場にしゃがみ込む瑞穂。

 12月、駐車場のコンクリートはとても冷たかった。

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