第10話:黒字化と暗雲

 7月。

 ついにイエローブック森泉店は黒字となった。

 速野の出張買取は変わらず好調を維持しているが、とうとう買取の勢いを上回るほど商品が売れ始めたのだ。


 理由はみっつある。

 ひとつはやはりピークタイムでも商品の補充・加工・品出しがスムーズに行われているからだろう。

 早番と遅番の垣根を排除し、忙しい時間帯でも十分なスタッフ数を確保することで、機会ロスが断然に減った。

 それでいて各スタッフが受け持つ仕事量はまだ余裕があるので、みんなの顔色も明るい。お店の雰囲気が良くなったのも、売り上げに少なからず貢献している。

 

 ふたつめは買取が増えたことによって、陳列棚に新鮮味が出てきたこと。

 買取が少ないとどうしても売れ残った商品が長く棚に居座ることになる。そうなると新鮮味が薄れ、常連客は勿論のこと、たまにしかやってこないお客さんも「この店はいつ来ても同じようなものしか置いてない」と飽きられてしまうのだ。

 

 でも、買取が多いと次々と新しい商品が棚に投入されることになる。勿論、買取では既に在庫のあるものを持ち込まれるパターンが多いが、それでも買取が増えれば増えるほど、珍しい商品が並ぶ可能性は高くなるものだ。


 陳列している内容に新鮮味が出ると、お客さんとしてもそのお店への期待値も上がり、自然と頻繁に足を運ぶようになってくる。それに「次に来た時にはもう売れているかもしれない」という思いからついつい買ってしまうのも、新鮮味溢れる商品棚が持つ魔力だった。

 

 そしてみっつめ。


「速野さん、今週からあの漫画を高価買取リストに載せようと思ってるんすけど」

「ああ、いいですね。アレ、皆草さんにオススメされて僕も読みましたが、とても面白かったです。これから話題になりますよ」

「こちらも今週の値段設定を終了させました。このゲームなんですけど、世間の人気はあるものの、うちではこの二週間ほど売れてませんから販売・買取ともに値段を下げようと思います。いいですか、速野さん?」

「はい、山田さんを信頼していますので、お任せします」


 速野に確認を取りつつ、皆草と山田が溌溂と働いていた。

 イエローブック森泉店では、これまで漫画やゲームの高価買取を本部からのデータに頼り切っていた。

 本部から送られてきたリストをそのまま使い、本部が用意した高価買取表をそのまま使っていたのだ。

 

 それは決して間違ってはいない。

 が、本部のデータはあくまで一般的なもので、個々のお店の事情は当然考慮されていない。いくら世間では人気があっても、ある店では在庫が過剰の場合もある。

 高い値段で買い取り、売れない値段で売っていたのでは、いつまで経っても在庫は減らないし、売り上げはあがらない。

 より良い経営にはこのあたりの調整が不可欠だ。

 

 それをイエローブック森泉店では長く出来ていなかった。

 理由は様々だが、本来その作業をするべき店長の上笠にそんな余裕がなかったのが一番だろう。


「漫画の高価買取を皆草さんに、ゲームの価格設定を山田さんに任せることにしました」


 それを速野はアルバイトふたりに振り分ける事で解消させた。

 皆草はアニメや漫画に造詣が深く、その手の流行に敏感だ。漫画の高価買取リストを作成するのに適任と言える。

 一方、山田はもともとゲームショップ店員だが、速野が聞きだしたところによるとアルバイトながらセール商品の選定やその価格設定などもやっていたという。

 だから森泉店ではどれだけ在庫が膨れ上がっても、自分で値段を下げれないことにストレスを感じていたらしい。

 ならばと速野は山田にゲームソフトの価格設定をお願いすることにした。

 

 一見すると理に適った采配と思われる。が。

 

「ダメですよ、そんなの! 認められません!」


 店長の上笠は激しく反対した。

 

「どうしてです? 皆草さんも山田さんも適任だと思いますが?」

「でもあのふたりはアルバイトですよ? アルバイトにそんな重要なことを任せられない!」


 さらに上笠は一気に反対する理由をまくし立てた。

 皆草は確かに漫画やアニメに詳しい。が、その趣向はややマニアックに過ぎるところがあって、必ずしも世間の売れ筋と同じとは限らない。


 山田に至ってはゲームソフト全体の値段設定を任せられるほど信頼を寄せていない。

 もし好き勝手に値段を設定し、お店の利益が減るどころか、山田個人が欲しいゲームをあえて安く設定するなどの行為に及んだらどうするつもりだ、と。

 

「なるほど。でも、だったらどうします? 店長がやってくれますか?」

「バカなこと言わないでくださいよ! 俺は今の仕事で手一杯ですよっ!」

「とは言え、僕も午前中は出張買取、店に帰っても買取はほぼ僕が担当してますからねぇ」

「だったら従来通り、本部のデータを使えばいいんですよっ!」

「それでは問題があるから、こうして話をしているんです。と言うか、申し訳ありません。お二人にはすでに話をして了承を貰っています」

「なん……ですって……!?」

「まさか店長がそこまで嫌がるとは思ってもいなかったので。あと、二人には今回の仕事を割り振るに当たって時給もあげさせていただきました」

「なっ!? 何を勝手なことを……」

「いや、だって新しい仕事を、しかもそれなりに重要な仕事をやってもらうのに、時給がそのままってわけにもいかないでしょう? まぁモチベーションアップにもなりますし、ゆくゆくは他のスタッフたちにもそれぞれ専門の仕事を持ってもらって、みんなで仲良く時給アップを」

「もういいですっ! 人の店で好き勝手して! あんた、一体何様のつもりなんですかっ!」


 そんな感じで速野と上笠の話し合いは物別れに終わったが、皆草と山田によるイエローブック森泉店独自の高価買取リストが翌週には店内に張り出された。

 

 そして皆草の作成したリストは確かにややマニアックであったが、それがかえって常連の漫画愛好者たちには「この店、分かってやがる」と捉えられ、さらには偶然にも皆草のイチオシがアニメ化されることになり、その眼は確かなものだと実証された。


 また山田の方は皆草ほど独自性を出したものではなかったものの、店に無いものを高価買取表に載せては集め、在庫過多なものを安くして上手く回転させるなどして陳列棚の充実と在庫のバランスを見事に修正し、ゲームの実績を着実に伸ばした。

 

 かくしてイエローブック森泉店は7月の実績を黒字へと転換させた。


 とは言っても、たかだか一カ月黒字なったところで喜ぶことなんて出来ない。ちょっとでも気を抜けばまた赤字転落も十分にありえる。


 が、瑞穂はそんなことはありえないと感じていた。


 お店の雰囲気が三か月前と比べてガラっと違う。スタッフはみんな余裕を持ってイキイキして働いているし、お店にやってくるお客さんたちも心なしか「今日はどんなのがあるだろう?」とワクワクしているように見える。

 買取も好調で、以前と比べて質のいいものが集まるようになった。おそらくは速野の的確な値付けが、お客さんの信頼を勝ち得たのだろう。出張買取も毎日予約が入るほどの大盛況だ。

 

 これならきっと8月もいい実績を上げることができる!

 そう確信、いや断言することが出来る。


 ただ、その一方でひとつだけ気がかりなことがあった。

 店長・上笠と速野の確執だ。


 営業時間を短縮した頃からその仲は不穏な感じだったものの、それが皆草・山田の件で決定的なものとなった。

 今ではお店でこそ最低限の会話はするけれど、スタッフルームでは上笠が徹底的に速野を避けている。

 速野はまるで気にする様子はないけれども、瑞穂はいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようで、なんとも不安だった。

 

 そしてそういう不安は、えてして的中してしまうものだ。

 

「ええっ!? お盆中は店を閉めるですって!?」


 また速野がとんでもないことを言い出してきたのだ。

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