第8話:強欲なワナ?
速野曰く、営業時間の短縮にはピークタイムの人員を増やし、これまでの機会損失を改善させる力があるらしい。
「それは分かる。分かるけど、切った時間を補うほどの効果がありますかねぇ」
「あると思いますよ。そもそもカットする5時間はそれほど実績を上げていなかったわけですし」
「速野さん、それはちょっと軽率な考えだと思います」
店長である上笠の疑問に答える速野へ、瑞穂が片手をあげて異を唱えた。
「実績って言われますけど、単なる数字でその価値を推し量るのはどうでしょうか?」
「と言うと?」
「おっしゃる通り、その時間帯はあまりお客さんが来ません。でも、それだけに商品の加工や品出しと言った補給作業が捗ります。それが削減されてしまうはちょっと……」
お客さんが来ないからと言って仕事がないわけではない。そういう時はそういう時にしか出来ない仕事がある。
瑞穂の反論に上笠がその通りと深く頷いた。
「なるほど。ですがよく思い出してください。暇な時間の加工や品出しがどうして必要なのかと考えたら、買取や販売で忙しく、加工や品出しまで手を回せない時間帯があるからですよね。今回の営業時間の変更は、まさにその忙しい時間帯でも加工や品出し、さらには売れた商品の補充が出来るようにするためなんです」
「でも、平日はピークタイムでもそんなに忙しくなりませんよ?」
買取が忙しくて他に手が回らなくなる状況が長く続くのは、基本的に土日と祝日だけだ。
だから出来ることならばその時だけ人手を増やしたい。
「そうですね。もしかすると平日は人手が多すぎて、普通の仕事がなくなるという状況が生まれるかもしれません」
「だったら人件費の無駄使いじゃないですか!」
しれっと答える速野に、上笠が興奮して噛みついた。
ただでさえ経営が苦しいイエローブック森泉店だ。無駄な経費はとことん削るよう、社長から厳しく言われている。
人件費はその最たるもので、人手は欲しいものの無駄な出費はしたくないという上笠の考えが、実はなかなか新人バイトが決まらない原因の一端になっていた。
「そもそも営業時間を5時間も削っておきながら、アルバイトの労働時間は削減しないんですよね? そんなの、社長が許してくれませんよ!」
「あ、その点は大丈夫です。すでに社長には承諾してもらってますから」
「え?」
「それに仕事がなくなるなんて状況はありえません。普通の仕事がなくなったら、普段やりたくてもやれなかった事や、全く新しい仕事を考え出してやればいいだけのことです。いいですか、人手が増えるってことは、すなわち出来ることの可能性が広がるってことなんですよ」
そう言って速野は続けざまにこれだけ増えればあれが出来るこれが出来ると羅列してみせ、最後には
「アルバイトが増えすぎたら、森泉二号店を作ればいいですしね」
なんてことまでしれっと言ってのけた。
「二号店、ですか?」
「はい。この手のリサイクルショップは複数経営してこそ強みがあるんです。例えばとある店舗では過剰な在庫も他の店に無ければそちらに分散することによって、無駄な値下げをしなくてすまなかったりしますしね」
「ははは。二号店なんて、そんな……。ただでさえこの店の経営状況も厳しいのに」
速野の言う二号店の響きに一瞬夢を見た瑞穂だったが、上笠の自嘲気味な笑いでハッと現実に引き戻された。
そうだ、今のままではこのお店すら存続が危うい。
もし二号店が出来たら自分の社員昇格もありえるのだろうかなんて考えたが、そんな甘い幻想に惑わされてはいけなかった。
「でも社長のOKが出てるのなら、俺は別にこれ以上、文句は言わないです。ただ、俺は反対しましたからね。それだけは覚えておいてください」
「はい。何かあったら責任は全部自分が持ちますよ」
瑞穂には上笠が笑ったように思えた。
が、それも一瞬のこと。上笠はいつもと変わらぬ表情で立ち上がると、「では店に戻ります」と言い残して事務室から出ていった。
「店長、全然納得してないって感じでしたね」
「仕方ないです。それより今浜さんはどうですか?」
「私は……どちらとも言えないです」
忙しい時間帯に人が増えるのは、正直言って助かる。
半面、やはり5時間も営業時間を削って売り上げは大丈夫なのかと心配もある。
人手不足を解消するにはこれしかないとは思うものの、あまりにリスクが大きすぎるという不安は否めない。
「ただ、やるからには成功させたいです」
それでもウソいつわりのない気持ちを素直に速野へぶつけた。
「ありがとうございます。今浜さんにそう言ってもらえると、僕も心強いです」
そう言って微笑む速野に、瑞穂はドキっとした。
素敵な笑顔に思わず胸がキュン、もしかしてこれが恋……と言うわけではない。
速野がまたあの表情を見せたのだ。せどりたちに『強欲な仮面』なあだ名を付けられた、あの強欲そうな笑みを。
「ところで今浜さんにもうひとつお願いがあるのですが」
「え? あ、はい、なんでしょう?」
「実は新しい営業時間になってもですね、今浜さんだけはこれまでと同じ時間帯で働いて貰いたいんです」
「……あの、それってつまり夕方の6時には上がってほしいってことですか?」
瑞穂は言っていて自分の顔が強張っていくのが分かった。
速野の話では昼の12時から夜の8時まで、好きな時間帯に入っていいとのことだった。瑞穂は今、朝の9時半から夕方の6時まで、途中30分の休憩を除けば8時間働いている。だから新しい営業時間になっても、8時間働くつもりでいた。
それなのにこれまで同様、夕方の6時に上がってほしいと速野は言う。
それは例えばまだ十代の女の子である自分の身を案じ、あまり暗い時間帯まで働かせたくないという配慮なのかもしれない。が、高校生だったほんの少し前までは、遅番に入っていたのを速野も知っているはずだ。
だとするとこれは暗に労働時間を削って、少しでも人件費を浮かしたいということなのではないだろうか。
瑞穂はさきほどの「成功させたい」って発言を悔やんだ。
速野は「応援している」と受け止めたに違いない。だから調子に乗って、こんな提案をしてきたんだ。
あの強欲そうな笑顔はまんまと上手く行ったという思いが滲み出た結果だったんだ……。
「はい。どうでしょうか、今浜さん」
相変わらずあの憎たらしい笑顔で尋ねてくる速野。
対照的に瑞穂の表情は急速に冷えていった。
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