第6話:人手が足りない!
五月末。
時の流れは早いもので、速野がイエローブック森泉店にやってきて二週間が過ぎようとしていた。
50万の買取や偽物屋の来店など、最初の数日こそ慌ただしかったものの、それ以降はこれといったことも起こらず、平穏な日々を送っている。
瑞穂は買取の時には相変わらず速野に付いて、色々と学ぶようにしていた。
が、当の速野はと言うと。
「おおっ、『魔法少女へべれけ』じゃないですか! これ、良かったですよねぇ」
「さすが速野さん、これも知っておられましたか」
「え、なんスか、これ。俺、知らないッス」
「これはね守北君、知る人ぞ知る傑作なんだ。最初はごく普通のアクションゲームなんだけど、ステージ3のボス戦でがらりと変わって、まさかアレがあんなところにパイルダーオンするなんてまず普通の人じゃ考えられない天才の仕事なんだよ」
店が少しでも暇になるやいなや、アルバイトたちとアニメやら漫画やらゲームやら声優の話で盛り上がっていた。
イエローブックはその取り扱う商材ゆえに、いわゆるオタク気質な人がアルバイトに集まってくる。
だからオタ話はみんな大好きだ。瑞穂だってついついお気に入りの漫画の話で速野と語り合ったことがある。
が、それも許されるのは休憩時間や、開店前や閉店後といった、お客様の目に触れないところだけだ。お客様の前ではやっちゃいけないと、真面目な瑞穂には思える。
実際、速野が来るまでは店長の上笠が無駄な私語には目を光らせていた。
ところが速野はそんなのお構いなしに、店が忙しくない限りはとにかくこの手の雑談をスタッフたちに話しかける。
おかげで当初はバリバリのやり手社員としてアルバイトたちから警戒されていた速野だったが、今ではオタ話が大好きな人として好感を持たれている。気難しいことで知られているバイトの山田すらも、今では速野には心を開いて守北も交えてゲームの話で盛り上がっていた。
戸惑っているのは瑞穂と上笠ぐらいだ。
「店長、いいんですか? 速野さん、また無駄話してますけど?」
「……まぁ、いいんじゃないの」
おまけに上笠の反応は素っ気ない。
多分、社長から好きにやらせなさいと指示が出ているのだろうけれども、それでもそういう上笠を見る度に、瑞穂はちょっと悲しくなってしまう。
瑞穂がまだ客として通っていた小学生の頃の上笠は、もっとバイタリティある人物だった。スタッフの中で誰よりも大きな声で挨拶し、お客さんからの問い合わせにもはきはきと答えていた。
それがいつからだろうか、どうにも覇気を感じなくなった。単純に年齢のせいかもしれないが、どうも店長はこの仕事が嫌いになったんじゃないか、このお店に愛着を持てなくなったんじゃないかと疑ってしまうことが瑞穂にはたまにある。
実際、速野が来る前は「そんなせどりに好き勝手やらせない」と息巻いていたのに、たった一か月経った今ではすでにもう好き勝手やられ放題だ。
まぁ、初日の速野の働きぶりに感銘を受け、ころりと手のひらを返した瑞穂が言えることでもないけれど。
「それよりも今月の実績だけど」
カウンター内でそれぞれ作業をしながら、お客さんには聞こえない声量で上笠が話しかけてきた。
「売り上げが前年比10%アップだ」
「おおっ! やりましたね!」
「でも買取が同じく30%アップ」
「……で、でしょうね」
「結果、残念ながら今月も赤字は変わらない」
だぁぁぁぁと瑞穂はテーブルに乗せた書籍の山に突っ伏した。
頑張ってる。頑張っているんだけどなぁ。
買取がリサイクルショップの生命線とはいえ、買い取ったものがすぐに売れるわけでもないのがこの商売の難しいところだ。時に買取が想定よりも多すぎたり高すぎたりして、今回のように売り上げが追いつかないこともままある。
「あれ? でも例の50万円の出張買取した奴って結構売れていきましたよね?」
本の山に顔を埋めつつ、瑞穂はふと思い出した。
速野の言うように、よっぽど物がよかったのだろう。出張買取のきっかけとなった古いゲーム機も含め、ネットオークションに出品したものが数日の間に次々と入札され、かなりの数の高額商品が飛ぶように売れていった。
「うん。だからゲームやDVDはすごくいい数字を叩き出してる。問題は」
「問題は?」
「それだよ」
上笠が無表情に自分を指さしてくるので、瑞穂は焦った。
「えっ!? ええっ!? 私、なんかしちゃいました!?」
「違う違う。瑞穂ちゃんじゃなくて、問題は今、瑞穂ちゃんが抱きかかえている奴」
言われて瑞穂は視線を下へ向ける。
買い取った書籍の山が、テーブルから今にも零れ落ちそうにでーんと聳え立っていた。
「本の売り上げが悪いんだ」
イエローブック森泉店は、その名の通り、古本を中心に取り扱うリサイクルショップだ。
ゲームやDVDなども取り扱っているが、メインはあくまで書籍であり、その内訳は売上のおよそ七割を占める。
「いくらゲームとかの売り上げが良くても、肝心の本が売れなかったら焼け石に水だよ。ねぇ、瑞穂ちゃん、速野さんって書籍の方はどうなんだい? レア物のゲームやCDに詳しいのはよく分かったけど、本も詳しいのかな?」
「うーん、最近はこれといって珍しいものが持ち込まれなかったから何とも言えないですねぇ」
とは言っても、基本的な流行りどころはしっかりと押さえているし、全巻セットで持ち込まれた漫画本、特に全て初版の場合はちょっと高めに買い取ったり、在籍してわずか二週間なのに早くも在庫の濃い・薄い(多い・少ない)もしっかり把握して値付けをしているところはさすがだと思う。
それでも瑞穂が物足りないなと思うのは、初日や出張買取の時に見せたような、あっと驚くような買取をしていないからだ。
瑞穂が10円を付けた小説に対して「これは後に芥川賞作家になる〇〇さんが今のペンネームになる前に出した本ですよ。全然発行されていないので大変貴重な上に、保存状態が大変すばらしい。10万円!」とか見せてくれたら、と期待はしているのだけれども。
「そうかぁ。まぁレア物なんて滅多に出てこないからレア物なんだし、それに期待しちゃダメだよね。もっと別の、ちゃんとした方法で本の売り上げを立て直さなきゃ」
「そうですね。私も考えておきます」
そう言って、ふたりは作業に戻っていった。
でも瑞穂も、もちろん上笠だって知っている。そんなことはこれまでに何度も考えたことを。そして辿り着く答えはいつだってひとつだ。
バイトを増やすしかない――。
かつてのイエローブック森泉店にはアルバイトが10人ほど在籍していた。
が、現在は早番・遅番ともに3人、計6人のアルバイトしかいない。
そこに社員である上笠や速野が加わり、通常は3か4人体制でお店を回している状況だ。
これは平屋建てとは言え体育館並みの店舗規模と、事業形態を考えればかなり少ない。混んでない時間帯なら問題ないが、ちょっとでも忙しくなるとレジと買取を回すだけで精いっぱいになってしまう。
多くのお客さんが来店され、どんどん売れていくし、買取もしているのに、誰も商品の補充が出来ないのだから相当な機会損失だ。
だから随分前から新人バイトを募集している。
しかし、まるで入ってこない。たまに応募があったかと思えば日本語がほとんど話せない外人さんだったり、肝心の土日祝日には出れない人だったりで、そうこうしているうちにひとり、またひとりとバイトが辞めていった。
そのうちひとりで
バイトが集まらず、忙しい時間帯に人手が足りない。
ならばそのピークタイムの人員を厚くするよう、シフトを組むことはできないか?
基本的に一番お店が混み合うのは昼過ぎから夕方にかけた時間帯だ。特に土日祝日の14~17時はちょっとした戦争状態になる。
この時間帯に人を増やすには、遅番に早く出てもらうしかない。
実際、高校生だった頃の瑞穂は遅番だったものの、土日祝日は早番のシフトに入っていた。
学校があるから規則正しい生活を送っていた為、平日の遅番・週末の早番という変則シフトも苦ではなかったからだ。
が、他の遅番はみんなフリーターであり、バイトが終わった後は家でゲームをしたり、アニメを見たりして、寝るのはいつも朝方。そこから遅ければ夕方近くまで寝てバイトに出かけるという生活習慣が身に染みついてしまっている。
土日祝日だけ早く出てと言われても、なかなか対応するのは難しい。
とは言っても、あくまで「難しい」だけで「出来ない」わけではないだろう。
やろうと思えば出来なくはないはずだ。
それでも遅番の人たちみんなが頑なにこの提案を拒絶するあたり、店長である上笠の人望がいかほどであるかを物語っている。
「はぁ」
新人バイトも来ない。シフトも適切に組めない。そんな現状に瑞穂は思わずため息を漏らした。
こんな時こそ助っ人社員である速野を頼りたいのだけれど、当の本人は相変わらずバイトの守北とアニメや漫画の話で盛り上がっている。ちゃんと品出しをしているけれども、もうちょっと静かに働くことはできないものか。
上笠によると、夜は夜で遅番の
やはり仕事が出来ると言っても、所詮はせどり。店舗運営には無頓着なのかもしれない。
ところが。
「やっぱりこの現状を打破するにはその方法しかないと思うんですよ」
その日の夕方。
仕事を終えた瑞穂と休憩に入った上笠に、速野が思いもよらぬ打開策を提案してきた。
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