第5話:偽物屋のやり方
「えっ!? うちのお店に偽物が持ち込まれるって分かってたんですかっ!?」
コピー品を持ち込んだ二人組が連行された後、瑞穂たちは事情聴取のため事務室へ移動していた。
が、事情聴取とはほんの名ばかり。実際は速野と警察の男の世間話がほとんどだ。
予想はしていたが、お店へ戻る前に速野が電話で話していたヤクザみたいな男……それがこの出屋敷刑事だった。
そしてその会話の中で出てきた速野の言葉に、瑞穂は思わず聞き直さずにはいられなかった。
「まぁ、かなりの確率で来るだろうなぁと思いまして、予め店長に話しておきました」
「聞かされた時は眉唾モノだったけどね。本当に来るとは思ってもいなかったよ」
上笠がいまだ引かぬ禿げ頭の汗をハンカチで拭いながら「でもどうして分かったの?」と、瑞穂同様に速野を凝視する。
「僕、日常的にネットオークションサイトをチェックする癖がありましてね。昨夜も調べていたら、レア物のCDが大量に出品されていたんです」
「はぁ。でも、それでどうして?」
「分かりませんか? では、もっと分かりやすく言いますと、一枚50000円もするような激レア商品がですよ、一日のうちに何十点も出品されてたらおかしいと思いません?」
「ええっ! それは確かにおかしいです!」
「で、さらに調べてみたら案の定、そのどれもが東京のブックオンだったんですよ」
ブックオンはこの業界のトップをひた走る最大手だ。もちろん店舗数もイエローブックを遥かに凌ぐ。
「で、ブックオンの次は多分うちに来るだろうなぁと思いまして」
「なるほど。でも、先に東京以外のブックオンを回るって可能性もありますよね?」
「いや、それはないです」
「どうしてです? 効率が悪いからですか?」
「それもありますが、一番の理由は偽物屋に与えられた時間はブックオンにしろ、イエローブックにしろそれぞれ一日しかないからです」
「……えーと、すみません、意味が分からないです」
そんな生鮮食品みたく腐るわけでもないのに時間制限があるってどういう事なんだろうと瑞穂が頭を捻っていると、横から上笠が助け舟を出してきた。
「本部が買取値段を下げるからだね」
「その通りです。僕たちのようにひとつの店舗で働くだけでは、この異変にはなかなか気付けません。が、全ての店舗の買取データを見ている運営本部なら、次の日には同じ高額商品が各店舗で一斉に買い取られていることに気付きます。勿論、商品が本物かどうかという疑問も抱くでしょうが、その前にまずやることは買取価格を下げることです。レア物は希少だから価値がある。大量に出回ったとなれば当然価値は下がるのです」
なのでブックオンで売るのは止めて、次は
が、説明を受けて「ああ、なるほど」と理解出来たものの、そこまで事情に詳しいと逆に凄いと言うよりも、速野もかつては同じことをやってたんじゃという疑問が瑞穂の脳裏で急上昇してきた。
「ちなみに何故彼らが二人組だったか分かります?」
「え?」
「一日で出来るだけ多くのお店で捌かなきゃいけないのなら、ひとりで回った方がいいと思いませんか?」
「あ、確かに。そういやなんでだろ?」
自分が疑われていることなど露にも思っていなさそうな速野の質問に、瑞穂はうーんと頭を捻る。
分からない。降参ですと頭を下げる瑞穂に、速野はニッと笑った。
「単純ですよ。あの二人は僕たちの店で同じものを2セット売るつもりだったんです」
「それは出来ませんよ! 万引き対策として、同じものは一つしか買えないってルールがありますし」
「一人のお客さんから、ですよね。でも、彼らはふたりですよ?」
「ですけど、そんな高価なものを同時に出されたらあからさまに怪しいじゃないですか?」
「だから同時じゃないんです。ひとりが買取成立したら、もう一人が『え、そんなに高く売れるの? だったら俺も同じものを持ってるから売るよ』って言ってくるんですよ」
「ひ、ひどい! そんなのアリなんですかっ!?」
「しかもこのやり方の巧妙な所は買い取った直後に言ってくることです。そうすればお店側に本物か偽物かを判断させる時間を奪うことが出来る上に、『さっきの奴は10万円だった。だったら俺も10万だよな』って主張することが出来る」
「…………」
「別々に行動していると、こうは上手く行かないんですよ。例えば一回目の買取の後、お店が詳しく調べて偽物と発覚する場合がありますし、あるいはあまりの高額買取にお店の独自判断で買取値段を下げてしまうこともありますから」
「…………」
「とはいえ、二人組のパターンは下手をすると買取後に他の系列店に連絡を回されて、まだ行ってないお店に予め買取価格を下げられてしまう危険性もあるので、あまり使えないんですけどね。まぁ、中には『うちの店だけ被害に合うのは癪だから黙っていよう』って店もあったりするわけで、これも一概には言えないんですけど」
「…………」
「あれ、今浜さん、どうしました?」
「……ないました」
「え?」
「見損ないましたよっ、速野さん!」
それまで黙り込んでいた瑞穂がいきなり吠えたので、その場にいた全員がびっくりした。
「見損なったって? え? どうして?」
「だってそんなに詳しいってことは、速野さんも昔おなじことをやったんでしょ!? だから今回だって上手く対処して」
「僕が? いやいやいや、勘弁してくださいよ。僕はこんなこと絶対にしません」
「でも、だったらどうしてそんなに詳しいんですか!?」
「それはこれまでの経験上」
「ほら、やっぱりやってたんじゃないですかッ!」
瑞穂は小学生の頃の通知表に書かれたことがある。少々思い込みが激しいきらいがある、と。
自分ではそんなことはないと思い、その後の人生をあまり気にせず生きてきた。が、先生の言うことは素直に受け入れた方がよかったなと思えることが人生では往々にしてある。少なくとも速野にとっては、ここで「いやいや軽率に答えを出すのではなく、まずは人の話をちゃんと聞こう」と思える瑞穂に成長してくれていれば、どれだけ良かっただろう。
「まぁまぁ嬢ちゃん、それぐらいで勘弁しとたってーや」
瑞穂の勝手な推測による罵倒が、速野の反論を完全に制圧した頃。
ようやく出屋敷が助け舟を出した。出してくれた。
「どうして止めるんですか、刑事さん!? 速野さんがもう十分に罪を償って改心したからですか!? でも私はそんなのに騙されは」
「いやいやいや、別に先生は何の罪も犯してへんから。さっきからずっと嬢ちゃん、勘違いしとるから」
「勘……違い?」
「そう。むしろ逆や。それだけ詳しく知っているからこそ、俺たちも先生を頼っているんだよ」
「警察が速野さんを頼る?」
「
「はい?」
その一言で、取り乱していた瑞穂の動きがピタッと止まった。
「義屋爛堂の速野渚と言えば、どんなに精巧な偽物でも見破ってしまうとその道では有名な専門家や。そんな高名な先生が偽物商売に加担するなんてあるわけねぇよ。な?」
「そうですよ。あ、ちなみに義屋爛堂って名前は『悔しいけれど夢中になってしまう』って意味で付けました」
「……速野君って意外とオヤジギャグが好きだったりするんだね」
速野のドヤ顔告白に上笠には意味が分かったようだが、瑞穂にはちんぷんかんぷんだった。
代わりに分かったことはただひとつ。
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
瑞穂はその場で大きく頭を下げた。
間違っていたのは自分で、正しかったのは速野だった。さらに言えば、小学校時代の担任の先生も正しかった。
もう全方位に土下座してもし足りないくらいの申し訳なさに、瑞穂は泣きたくなった。
「いえいえ、分かってくれたらいいんですよ」
「でも私、さっきは速野さんに酷い言葉を何個も浴びせて……」
「大丈夫です。あの二人組が言った『クソジジイ』ほどダメージはありませんでしたから」
そう自分で言っておきながら、思い出してしまったのか、速野の顔に暗い影が落ちる。
その表情にやっぱり気分を悪くしているんだと瑞穂はこれまた勘違いしてしまった。
たちまち事務室にどんよりとした空気が流れ始める……。
「あー、それじゃあ俺は署に戻らせてもらうわ」
「ちょ、この状況で逃げるとか!」
「後はそっちでなんとかしてくれや。こっちも民事不介入っていうお約束があるねん」
なんとか押し留めようとする上笠店長をあっさり振り切って、出屋敷は出口へと向かった。
「あ、そや」
が、ふと立ち止まって振り返る。
「嬢ちゃんよ、先生は信頼に足る男や。どんなことがあっても、あんたは信じてやってくれよ」
「は? あ、はぁ」
「なんたって先生は――」
「あーーーーーーーー!」
その時、突如として事務室に大声が轟いた。
その声はお店の売り場にも届き、何事かとお客さんたちも戸惑うほどだった。
「いけません、すっかり出張買取の商品のことを忘れてました!」
声の主は速野だ。
「早く運び込んで店頭に並べないと。今浜さん、手伝ってくれますよね?」
「え? いや、でも」
「出屋敷警部もこんなところで油売ってないで、さっさと仕事に戻ってくださいよ。税金泥棒って言われますよ」
「へいへい。お邪魔しやした」
そう言って事務室を出ていく出屋敷の後ろ姿に瑞穂は声をかけようとする。
が、速野が矢継ぎ早に指示を出してくるので、そちらに意識を集中せざる得なかった。
それでも心の片隅で疑問は燻り続ける。
(「なんたって先生は――」……その後、何と言うつもりだったんだろう?)
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