第3話:価値無きものは買い取らない
「いやぁ、大漁、大漁」
速野がイエローブック森泉店にやってきてから三日後の午後。
速野は瑞穂を助手席に乗せて、ライトバンをご機嫌に運転していた。
後部座席には大量のダンボール。中にはゲームソフトやゲーム機、さらには漫画やDVDなどがみっちりと詰まっている。
「あのご婦人、とても上品な方でしたから多分そうだろうなとは思ってましたが、やっぱり大きなお屋敷でしたね。ああいう家の人ってリサイクルショップを使わず無頓着にお宝を捨てたりしますから、今回はわざわざ店まで来てくださって本当にラッキーでしたよ」
速野の口はいつも以上に饒舌で、バックミラーには強欲な仮面スマイルを浮かべている顔が映っている。
「お店に戻ってから品出しが大変ですけど、頑張りましょうね今浜さん……って、あれ、今浜さん、どうしました? もしかして車酔いですか?」
自分の問いかけに何も答えない瑞穂の反応で、速野はようやく彼女の異変に気が付いた。
慌ててワゴンを路肩に止め、瑞穂に向き合う。
瑞穂はぼぅっとただ前を向いていた。
「今浜さん、返事をしてください! 今浜さん! 瑞穂さーん!」
何度問いかけても返事がない。どさくさに紛れて下の名前で呼んでも、やはり同じだった。
仕方ないので、速野は瑞穂の肩に手を置いて大きく揺すってみせる。セクハラで訴えられたらどうしよう? とか考えてる余裕はなかった。
「……あ、速野さん」
「よかった、気が付いてくれましたね、今浜さん」
「はい……って、いやいや、よくないですよっ!」
目の焦点があって我に返った瑞穂は、自分の両肩に乗せられた速野の手を払いのけると思い切り叫んだ。
「買取50万円って何考えてるんですかっ!」
◇
リサイクルショップは普通のお店と違い、お客様からの買取で仕入れが成り立っている。
だから売上を上げるにはまずは買取から。特に店側が仕入れたいと思っているものには買取金額を高く設定して、お客様に持ってきていただけるようアピールする。
そしてそれは当然、イエローブック森泉店でも変わらない。
高価買取表を店内に掲示するのは勿論、時には期間限定で買取金額10%アップなどのキャンペーンを打つこともある。
それでも平日の平均的な買取金額はせいぜい3~5万円ほどだ。
混み合う週末でも10万円、さらに大掃除の年末や引っ越しシーズンの3~4月でも一日20万行けば忙しかったなぁと感じる金額だった。
「それなのに一回の買取で50万円なんて……」
「安すぎましたかね?」
「だから高すぎだって言ってるでしょー!」
3日前と違い分かってて言ってる速野に、瑞穂は思わず吠えた。
その価値に合った金額で買取をしなければいけない――そう教えてくれた速野の仕事ぶりから学びたくて、瑞穂は出張買取に無理を言って付き合わせてもらった。
イエローブック森泉店では、買取金額は全て本部からのデータに準じている。
登録がある商品はその金額で買い取り、テータの無い商品はやはりこれも本部の作ったマニュアルに基づいて決める。
例えば発売されたのが何年で、定価が幾らなら買取はこの金額、といった具合にだ。
3年間バイトをしてきた瑞穂は、そこに問題を感じたことはこれまでない。
先日、速野に教わるまでは盲目的に従っていた。
勿論、それが間違っているわけではない。素人のアルバイトでも問題なく買取が出来るよう、よく考えられたシステムだとは思う。
しかし、売り上げは年々落ちている。
そしてリサイクルショップで売り上げを上げるには、まず買取から。だから買取の質を上げるのは理にかなっていると瑞穂は考え、速野に付いて勉強しようと考えたのだが……。
「ていうか、『全て合わせて50万円でどうですか?』なんてどんぶり勘定もいいとこじゃないですか!」
そう、先日のご婦人の依頼を受け、数年前に家を出た息子さんの部屋に案内された速野は中を一通り見回し、いくつか質問するといきなりそんな提案をしたのだ。
「んー、でもひとつひとつ査定していたら2,3時間は取られる量でしたよね。そういう時はどんぶり勘定の方が我々にも、そしてお客様にも都合がいいと思いますよ?」
「それにしても50万円なんて高すぎますよ!」
「ですが、それだけの価値は十分にありますからね」
そう言って速野はあのDVD-BOXはいまだBlu-ray盤が出ておらず貴重だとか、あの設定資料集はマニア垂涎の一品だとか、嬉しそうに語りだした。
「でも状態確認しないのはいくらなんでも。たとえお宝でも状態が悪ければ高く売れませんよね?」
「確認ならしましたよ?」
「ウソ!?」
「そもそも先日持ち込まれたゲーム機から分かるじゃないですか」
分かるじゃないですか、と言われても……。
瑞穂は要領を得ない返答に眉を思い切り顰めてみせた。
「あれ、20年ぐらい前のゲーム機なんです。なのに使用感はあっても、状態はとても良かったですよね。大切に保管されていた証拠です。実際、お客様に案内された部屋も完璧でした」
聞けば息子さんが就職して家を出たのが五年前だそうで、それからほとんど手を付けてないということだが、とても整理整頓が行き届いた綺麗な部屋だった。
本やゲーム、DVDなどを収めた収納棚は、日光を上手く避けている。またご婦人の話では心地よい陽気の日には時折換気をしているとのことだった。
「ああいう部屋に住んでおられる方はまず信用できます。逆にどれだけ貴重なものが揃っていても、部屋が汚いお家に出張買取した場合は、しっかり査定をした方がいいですね。商品が傷んでいたり、表紙と中身が違っていたりすることがよくありますから」
「はぁ、なるほど……」
確かにあれだけの商品をひとつひとつ査定し、値段を付けていくのは時間がかかる。ましてや瑞穂はしっかり買取作業をしなければいけないという思いが強くて、ついつい本の中に書き込みはないか、ディスクに傷はついていないかと時間をかけすぎてしまうきらいがあり、瑞穂自身も多少は仕方がないにしても、やりすぎるのはお客様を疑っていると言っているようなもので気にはなっていた。
お客様を見る目を養い、信頼できると思った人には査定を簡略化するとは、目から鱗とはまさにこのことだ。
とはいえ、それでもやっぱり50万円という値段は高すぎるという気持ちはいまだ払拭できない。
確かにこの金額にはご婦人も驚きつつも、大喜びだった。これを機会に近所の方々へイエローブック森泉店を宣伝してもらえるかもしれない。そう考えたら決して高くはないのかもしれないけれど……。
「速野さんってもしかして今は何でも高く買い取ろうとしているんですか?」
「え? それはどういう意味です?」
「売り上げを上げるにはまず買取からじゃないですか。だからその買取を上げるために、今は宣伝としてどんなものでも高く買い取ったりしてるのかなぁ、って」
速野が存外に意外そうな顔をしたので、瑞穂は慌てて補足した。
「ああ、そういう意味ですか。いえ違いますよ。先日も話したように、ものにはそれぞれ相応しい価格というものがあります。それを踏まえた値段で買い取っているだけで、特別宣伝のために値段を上げているわけじゃありません」
「ホントですかぁ?」
「本当です。うーん、50万円がよほど衝撃的だったみたいですねぇ。でも、僕はそれがそれだけの価値があるのなら100万でも、1000万でもつけますよ」
「1000万! って、骨董屋じゃあるまいし、私たちの仕事でそんな買取はありえませんよー」
「まぁ、そうですね。ただ、逆に価値のないものには一銭も支払いません」
「え?」
「当たり前でしょ? 価値がないのですから」
それは瑞穂にとって少し意外な返答だった。
リサイクルショップは仕入れをお客さんに委ねている特殊な業種だ。だから時に全くいらない商品ばかり持って来られるお客さんも少なくない。
それでも状態に問題がなければ買い取る。何故ならそこで「いらないので買い取りません」なんて対応をしたら、二度と持って来られなくなるからだ。
だから「価値のないものには一銭も支払わない」と言い切った速野の言葉に瑞穂は戸惑いを覚えつつも、その正体を改めて思い出していた。
(そう言えば速野さんってせどりだったっけ)
せどりは利益が全て。安く買って高く売る生き物。速野が「物には相応しい値段がある」と言って普段なら10円の値を付ける商材を一万円で買い取ったからすっかり忘れていたが、それでもせどりだったのは事実なのだ。
(いらないものは買い取らないって、そりゃあそうしたいけど、それでは私たちの商売は成り立たないよね。そこのところは今のうちにちゃんと言っておいた方がいいのかも)
「あ、あの速野さん」
瑞穂が意を決して口を開いたその時だった。
「あ、すみません、ちょっと待ってもらえますか」
突然速野が左手の手のひらを見せて話を中断させた。
同時に速野は右手をズボンのポケットに突っ込むと、ぶるぶる振動しているスマホを取り出す。
「はい、速野です。あ、店長、どうされました?」
どうやらイエローブック森泉店の店長・上笠からの電話らしい。
瑞穂は何もこんな時にと思ったものの、いやむしろ今から話そうとしていた内容を自分から伝えずに済んで助かったと考え直した。
先ほどの会話で感じた、リサイクルショップ店員としての速野の欠点――それを今のうちに修正すべきだとは思う。
でもよくよく考えたらたかだかバイト3年目、18歳の世間知らずな自分が指摘していいのだろうか、もしかしたら気分を悪くするんじゃないか。
これまでも速野のやり方にはなんだかんだで文句を言ってきた瑞穂だったが、それでも説明を受けて最終的には納得してきた。
だけど今回こそ自分は間違っていない。速野の考えを修正しなければいけない。なんてことを改めて冷静に考えたら、ちょっと腰が引けてしまった。
(やっぱり後で店長に話をして、店長の方から指導してもらった方がいいよね)
うん、その方がいい。これは決してヘタレではなく、気配りだ。
そんなことを瑞穂が自分自身に言い聞かせていると――
「分かりました。10分で戻りますので引き止めておいてください」
そう言って電話を切った速野がライトバンを急発進させたので、瑞穂は驚いてしまった。
「あ、今浜さん、ちょっと僕のスマホで今から言う人に電話してもらえますか?」
「え?」
「安心してください、ハンズフリーにしてくれたら僕が話しますので。運転して手が離せないからお願いしますよ」
返事を聞くまでもなく放り投げられたスマホを瑞穂は慌ててキャッチする。モデルは古いが瑞穂と同じアイフォンだ。指紋認証や顔認証ではなく、パスコードを入力して起動させるタイプだ。
瑞穂は戸惑いながらも速野に言われたパスコードを入れて起動させると、アドレス帳を立ち上げて同じく指示された名前に電話をかけた。
「おう、連絡してきたってことはやっぱり来やがったか?」
数回のコール後、手にしたアイフォンから聞こえてきた声にまたまた瑞穂は驚いてしまった。
えらくドスの効いた低い声……どう考えてもヤクザ以外の何者でもない。
「はい、予想通りでした」
なのに速野は緊張した様子もなく、ごく普通に受け答えする。
「よし。では若い奴を何人か連れてお邪魔するとしよう」
「ええ、お待ちしております」
そう言って速野がイエローブック森泉店の名を告げたので、ますます瑞穂の頭は混乱した。
(いやいやいや、そんなの連れてこないで。というか一体何? 何があったの? 何でヤクザに応援を頼んでいるの? 速野さんってどういう人なの? 一体これからどうなっちゃうの?)
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