第3話 戦慄の記憶③

何かを察したように目を見開いているものの、表情は変えずに彼は話をつづけた。





「頭蓋骨は分厚いからいいが、脳は違う。まるで豆腐のように柔らかくておまけに腐りやすい。にもかかわらず、人間の知性と理性のすべてを司っている」


を前にして、和也はの話をしている。


医療従事者の間ではをひたすら話し続ける『天才』。



司法解剖には熊井のほかに10人ほどが立ち会った。


いずれも都内の大学病院に勤務するような人々。それと検察のが数人。



「そんなこと首のない死体の前で言ってどうなるんだ。俺たちを馬鹿にしてんのか?それに今もう10時だぞ。早く、あんたの腕を見せてくれよ」


死体を挟んだ正面にいる『菊池将太きくち しょうた』は耐えられず言った。


「ははは。そうでしたね。では始めましょう」


自分の話を遮られても少しも態度を変えずに、和也は答えた。





朝が来た。


昨日の雨が止み、少しばかり虹が架かっていた。


内藤幸也ないとう ゆきや』は玄関の戸を開け、警察がいないことを確認すると、203号室のポストの中身を漁り始めた。


白い封筒が一つ。



中には10万円が入っている。




封筒は宛先しか書いてない。




初めにこの不気味な封筒が来たのはちょうど10年前だった。



名古屋にあるとある大学に入学してまだ一年も経たない頃。



名古屋は200万人の人口を誇る大都市で、地価も伊達じゃない。


当時は安城市あんじょうしから電車で通っていた。


19歳の誕生日の日、初めて例の封筒が届いた。


その一週間後、二週間後、と、ある種のが続いていた。



最初は警察に届けていたものの、なかなか持ち主は現れないどころか、毎週現金は増えていくばかりだった。



10年前からずーと。



今日にいたるまで毎週のように。


そうしてある時、ついに自分からその恩恵を受けるようになった。



当時はブランド物でマウントを取ることばかり考えていた彼にとっては


使う以外なかった。


そのおかげで友達が増えたのも事実。


ただ、自分の力で何か成し遂げたというような達成感を感じることはなかった。


だが、その不安を欲望はことごとく砕いていった。


その後、バイトをやめ、FXや投資にも手を染め始めた。



そして今、【アンカンスィエル名古屋】で一人暮らしをしている。



そんなことを思い出していると、階段を駆け上がる音が響いてくる。


「内藤幸也さん…ですよね、署までご同行お願いします」


え?


ふと我に返った。

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脳再忘 キム猫 @kimuchinekomanma

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