第2話
教員の机は案外整頓されていないものである。
担当科目の参考書で溢れているのなら良い方だ。生徒には「置き勉するな」「ロッカーを片付けろ」と口酸っぱく注意する割に、家族の写真、受け持ちの部活動の技術本、倒壊しそうな積み上がるプリント、埃のかぶったお土産のマスコットキーホルダーなどに囲まれながら背中を丸めて業務する教員もいる。モチベが高まるのか否かよくわからない。
しかし、園田の机は常にキチンと整頓されている。彼が離席している時は、ノートPCと数冊の参考書や教科書程度しか机上には置かれていない。だからこそ、赤いシールが異彩を放つ。
綾乃が教科書を読むふりをして時間をやり過ごしていると、職員会議の時間となった。この会議では、まず、学年ごとの困りごとの報告や欠席の生徒について学年主任より共有される。その次に学校全体に関わる連絡や各委員会や部活動の担当教員からの連絡が共有される。
20分程度の会議の時間では膨大な連絡が共有されるのだが、大半は毎朝机の上に配布されるプリントに書かれているので、適当に目を通して内職をする教員もいる。
今日の目新しい連絡は、「7月末に合唱コンクールがあるので、各クラス来週の月曜日から練習を始めるように」とのことであった。今日は水曜日だが、必ず次の月曜日から始めることも共有された。どのクラスもヨーイドンで同じ日から始めないと、不平不満のもとになるのだ。
あとは、女子トイレから飴の小袋が1つ見つかったことが2年生の学年主任より話された。このことは、全クラスに朝のホームルームで共有されるらしい。飴の袋1つでも風紀を乱す脅威として大問題となる。
会議が終わり、事務員の中年女性がいれてくれた湯飲みのほうじ茶を飲み干す。何故か朝の7時半には茶が机に置かれているので、ぬるくてたいしてうまくもないのだが、日課である。
というのも、勤務したての時期に職員室でペットボトルの紅茶を飲んでくどくどと注意されたことがあるので、大人しくこれを飲まないといけない。
生徒は水と牛乳しか飲まないのだから、教員がペットボトルを持ち込むなという理屈であった。学校を利用する生徒とは違って、自分は労働のために学校に来ているのだが、「生徒の見本」という言葉を出されると何も言えなかった。
故に、この日課には嗜好性などなく、水分補給のみが目的とされる。熱くも冷たくもないほうじ茶は、若干の正体不明なぬめりを伴い、喉を通過する。
茶を飲み干して廊下を散歩していると、8時50分のチャイムが鳴る。授業開始5分前の予鈴である。1時間目の授業は1年2組で、今日は漢字の部首を学ぶ単元だ。
教室の戸を引いて、「おはようございまーす!」とワントーンあげた大声で教室後方の壁に向かって呼びかける。
「綾乃ちゃんおはよー」「今日はメイク濃い?デート?」「小テストあるの?」秩序のない声の矢が、綾乃ただ1人を狙って多方面から続々と放たれる。各々が一斉に自分に話しかけると、頭の中をヘラでかき回される気分になり、これまで考えていたことがわからなくなる。聖徳太子は癇癪を起こさなかったのだろうか。
特に声変わり前のキンキン声は耳に刺さる。不快。全てを投げ出したくなる。
「はいはい、静かにー!日直さん挨拶お願いします」喉から絞り出した魔法の言葉で平静を取り戻す。窓際の一番前方に座る男子生徒の武田と目が合う。
職員室カースト 鳩野廻 @hatonomeguru
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