第8話 Nという組織


「え、えっと、初めまして。俺はNの雑用係みたいな仕事をやってる有栖川......あー、みんなからは“クズ”とか“泥(でい)”とか呼ばれるから、君も好きなように呼んでいいよ」


 長身の男性、有栖川......泥は、困ったように笑いながらそう言った。

 言動から気弱そうな印象を抱く遥だったが、泥は、意外にもそれなりに筋肉のついたしっかりとした身体をしていた。

 泥の肌の白さから思うに、泥は太陽の下での活動は控えているようだが、筋トレなどの運動はマメにしているだろう、というのが遥の推測だった。


「では、泥さんと呼びます」


 遥は、ボスが彼のことを泥と呼んでいたことを思い出した。

 凛はクズ呼びだったが、流石に初対面の人に暴言を吐くのは遥にはハードルが高かったのだ。


「私は遥です。仕事を探しに下山した村で鬼に遭遇し、ボスと凛さんに助けられました。そこでボスに勧誘を受けた感じです」

「へぇ、ボスがねぇ。エリートじゃん」


 泥は、シャツのポケットからタバコを取り出し、火を点ける直前でその手を止めた。

 そして、溜め息を吐きながらタバコをシャツに戻す。

 おそらく、この部屋での喫煙は禁止されているのだろう。


「遥ちゃんさ、寮の部屋とかまだ割り振られてないの? 空いてる部屋がいくつかあるから、案内するけど」

「まだです」

「じゃあついて来て」


 部屋を出る泥の後ろを遥は歩く。


「あの、泥さん」

「ん?」


 その途中で遥が泥に声をかければ、泥は振り向かずに遥に言葉の先を促した。


「私、この前初めて鬼を見たんですけど、鬼って、みんなあんな感じ何でしょうか......?」

「あんなって? 俺は見てないからわからないけど、会話が出来ない鬼だったら鬼の中でも弱い方だよ」

「そ、そうじゃなくて」


 遥は、正しい言葉を選びながら声を泥に届ける。


「私が会った鬼は、獣から人間の畑を守る対価に、人間を生け贄に貰うという行為をしていました。その、行為には知性を感じますが、言葉を話さなかったり、人間を食べたりという行為はとても野蛮で異常だと思って.....」

「ああ......」


 人間を食べたければ襲ってしまえば良いだけの話であるし、生け贄を貰ったとしても、畑を守らなくても鬼に損はないだろう。

 遥はそう考える。

 微妙に理性的なのが遥には気持ち悪く思えたのだ。


「俺は鬼じゃないからわかんないけど。たまにいるんだよなぁ、理解不能な行動をする鬼。遊びたかったのか、上位の鬼の命令なのか。......まぁ、遥ちゃんが会った鬼は田舎の方でしょ? 大方喰った人間の意志を引き継いだって説が一番臭いよな」


 着いたぞ、と案内されたのは、初めに泥に会った部屋から大分離れた場所の部屋だった。


「食べた人間の意志を引き継ぐ?」


 遥は、部屋の中に入りながらそう疑問に思ったことを口にした。

 部屋の造りは、泥のいた部屋と似ていたが、それよりはかなり狭い。


「ん? あぁ、そう言えば初めてだっけ。鬼に会ったの。鬼は人間の血肉はもちろんだけど、人間の欲も食べるんだ。だから、強い意志を持った人間を食べると引きずられることも珍しくないらしいね。まぁ、そういう鬼は大抵弱いから当たればラッキーなんだけど」


 部屋は、ベッドとタンスでギチギチになるくらい狭かった。

 山の方が開放的だったな、と遥は思う。


「あ、お風呂とトイレとキッチンは共同だよ。そもそもみんな仕事で外泊や外食することが多いから、ここは寝る以外は使わないかな。その分訓練施設やワークスペースが充実してるからね」

「泥さんがいたあの部屋はワークスペースじゃないんですか?」

「え、あ。あはは、あそこは談話室。みんな使わないから僕専用みたいになってるけど!」


 泥は部屋に押し込むかのように遥を部屋の中に追い立て、焦ったように声を上げた。


「さあ、今日は寝た方がいいよ。多分だけど明日、遥ちゃんの能力を確かめる試験みたいなのやると思うから。身体休めないと」

「試験......?」

「うんそう。遥ちゃんの能力で何が出来るかとか、どんな戦い方をするかとか。相手は凛か羅有だろうね。まぁ、ボスに勧誘されたなら基準以上の能力なんだろうし心配はいらないでしょ」


 遥は鬼との戦いの時、短刀で斬りかかっただけだ。

 特別な能力など持っていないし、そもそも鬼はボスと凛がやっつけたので、遥自身は戦闘らしい戦闘もしていない。


 遥に出来ることといえば神楽くらいだが、それが鬼退治に役立つとも思えなかった。


「頑張ります......」


 ただ、遥がそのことを泥に告げることはなかった。

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明日のことを言えば遥が笑う 天道くう @tendokuu

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