第7話 クズ


「では、凛君。遥君に中を案内してくれ。忙しいならでい君に頼め」


 ボスはそれだけ言うと、凛の返事も待たずにさっさと建物の内に入っていってしまった。


「了解致しました」


 凛の声が虚しく響く。

 遥は、凛の病弱なまでに白い肌が、この時ばかりは白を通り越して青く見えたような気がした。


「......行くよ。ボスは忙しい人だから、あんたに何か構ってられないのよ。ちなみにウチも忙しいから、面倒はクズに見てもらって」

「は、はい」


 凛のピアスが、入り口の電気に反射してキラリと光った。

 遥は凛に睨まれて身体が強張るも、凛が中に入っていったのですぐに後を追う。

 凛は美人だが、視線でー人を殺せるくらい鋭い目付きをしているのだ。

 そんな目で睨まれて、怖くない人がいるわけがなかった。


 建物に入ると、いきなり地下への階段が続いていて、遥は小説で読んだ秘密基地の存在を思い出した。

 階段を降りると、細い通路に出る。

 通路の両サイドにはドアがいつくかあり、遥が降りてきた時、凛はその中の一つを乱暴に開けているところだった。


「入るよ」


 と、凛はドアを開けてから言い、遥を手招きする。

 遥も凛が入っていった部屋に入った。

 中に入った瞬間、遥は初めに甘い匂いを感じた。


 そこは普通の広い部屋だった。

 五人くらいが座って駄弁ることは余裕で出来そうである。

 大きい家具はソファーや机くらいしかないが、小物が落ち着いており、アンティークな雰囲気を感じさせる。


「せめて返事を聞いてから入ってくれよ......」


 ソファーで寝ていた男性が、ぶつぶつと文句を言いながらのそりと起き上がった。

 前でボタンを留めるタイプのシャツを着ていた男性だったが、寝起きのせいかかなりはだけている。


 男性は、少しウェーブのかかった黒色の短髪に、二対八に分けた前髪をしている。

 かなり中性的な顔立ちをしていたので、遥は彼の性別を声と胸から判断した。


「ちっ、タバコ臭い。あんた、ボスがタバコ嫌いなのわかってやってるの?」

「は? 流石にココでは吸ってないよ。それに、臭いはちゃんと誤魔化してるし」


 男性はソファーに腰を掛け、欠伸をしながら服装を整える。

 寝起きだからか髪の毛が若干ボサボサだった。

 遥は、そんな寝ぼけ眼の男性とバッチリ目が合った。右目の下の泣き黒子が男性を色っぽく見せている。


「ん? 誰、彼女。新しい風俗嬢?」

「新メンバーだボケェ」


 スパーン、というこ気味良い音を立てて、凛が男性の頭を叩(はた)いた。

 男性は凛の訂正を聞いた後、悪気無さそうに両手を合わせ、それはそれは見事な“テヘペロ”を遥に披露した。


「え、それはマジでごめん。申し訳ないわ。ちょ、凛、拳は駄目って! 言い訳くらいさせて! ちょ、ちょっと待って。あああん! 痛ぁああい!」


 凛のドロップキックが男性に炸裂。

 男性は腰を押さえてソファーに蹲る。


「いや、だってさ。普通の人は巫女服なんて着ないでしょ。そんなん本職かコスプレイヤーかオフパ......ごめんごめんごめん! そんなつもりで言ったんじゃないって! 違うのぉ!」


 何処からか鎖を取り出した凛に、男性は情けない声を上げてソファーから転げ落ちた。

 無様な男性を見た凛は、深い溜め息を吐いた。


「......まぁ、あんたの緩い貞操の話なんて聞きたくないし」


 現れた鎖は、役目を終える前に消えていった。

 凛は右手で髪を弄りながら、男性が転げ落ちたソファーに脚を組んで座る。


「この前解決した事件の資料ちょうだい。あと未提出のレポートも。用が済んだら出てくから早くしてよ」

「は、はいただ今」


 男性は俊敏な動きで立ち上がり、部屋の奥へと消えていった。

 男性の身長は意外と高く、ボスと同じくらいあるように遥は感じた。

 また、遥は二人の繰り広げる会話に始終置いてけぼりだったが、二人の主従関係は自然と理解した。


「あっれー? おかしいな。ここら辺にあったんだけど。......うげぇ。これはマズい」


 男性が何処かの棚をガサゴソと漁る音が部屋の中に響く。

 遥は少し気まずく感じたので、凛の向かいのソファーにそっと座った。


「凛ー?」


 しばらくして、男性がUSBを手に持って戻ってきた。


「これ資料のデータ。レポートはちょっと待ってくれない? 八割は出来てるからさぁ」

「はぁ。期限とっくに過ぎてるんだけど。そこまで重大な事件じゃないからボスは怒ってないけど、ウチは絶対に許さないよ。ウチの面子に関わるし。もっとちゃんとしてよ」


 USBを受け取った凛は、思い切り男性を睨んだ後、ソファーから立ち上がった。


「後、この甘ったるい匂い好きじゃないわ」

「えぇ......。リラックス効果があるように調整したんだけど。使えない?」

「あぁ、だから身体に力が入り難かったのね。効果は良いんじゃない。タバコの臭い消しとしては最悪だけど」

「あ、あはは」


 凛はそれだけを言うと、部屋から出ていった。

 男性の乾いた笑い声が部屋に虚しく響く。


 部屋には、頼りなさげな男性と、遥の二人だけが残された。

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