第6話 ドラゴン殺しのユーリ⑥

 一通りの準備を済ませてヴァシリがひと眠りした後、外は既に夜だった。ワイバーンの襲撃からまる一日が経った。

 ヴァシリはレオニードが用意した簡単な夕食を済ませると、ちょうど家に居合わせたユーリと共に村の外を一回りすることにした。寝ている間に降り続いた雨は、少し前から勢いが落ち、小粒の水滴がしとしと降るばかりになっていた。濡れた空気は鉛のように重く感じられ、月は雲に隠れて見えない。松明をかざしながら、ヴァシリとユーリは馬をゆっくりと歩かせた。ワイバーン気配は無かった。

「奴はまた村に戻るだろうか?」

 ワイバーンが本当に村へ戻ってくるのか、ヴァシリは不安になって言った。

「必ず来る。ワイバーンは執着心が強い。獲物を漁った場所へ何度も戻ってくる。ここは楽に獲物が食える場所だと思ってるんだ」

 ユーリの言葉は自信に満ちていたが、ヴァシリの懸念を払しょくするには至らなかった。

「戻ってこなかったら?」

「それはそのとき考えよう。丸太の準備は?」

「よし、様子を見に行こう」

 二人は村の中へ戻ると、雨粒を服から払いながらワイバーンによって半壊させられた民家の一つへ入った。壁は壊れていたが、屋根は無事だったので作業場として使うことにしたのだ。中では男たちが大きな丸太の先端を鋭く削り、車輪を取り付けていた。手製の破城鎚である。

「作業はどれくらい進んでる?」

 ヴァシリが作業員の一人に訊ねる。

「完成品は六台ってところです。朝までにこいつを含めてあと二つ」

「ありがとう。その調子で頑張ってくれ」

 二人は次の家、ドモチェフスキー兄妹の家へ入った。中では人々が休憩を取っていた。レオニードとアーニャもいる。

「ヤン、レーフ、見回りの交代だ。残りは今から作戦を説明するから残ってくれ。ん? レオニード、オリガ少佐はどこへ行った?」

「調理場にこもって何か作ってる」

「何かって何だ?」

「分からん」

「まぁ、いいや。先に始めてしまおう」

「あんたのボスだろ?」

 ユーリが呆れた声で言った。

「問題は無いだろう。それとも何か少佐に頼みたいことがあったか?」

「いや………」

 ユーリは口ごもりながら、

「ここで待機して怪我人の収容を指揮してもらおうと思ってる」

「では後で伝えよう。時間が惜しい、頼む」

「ふわっ、はっはっはっ」

 突如、調理場から笑い声が聞こえた。ドアを勢いよく開いてオリガが調理場から現れる。焼けたリンゴの香ばしい香りが部屋に充満した。

「皆の者! アップルパイが焼けたぞ!」

「あの、少佐」

 ヴァシリが何かを言おうとするが言葉が思いつかない。そんな彼を尻目にオリガは「総大将の私が何もしないわけにはいかんでな。とりあえずこの家に材料があったからアップルパイをこさえてみた。アップルパイというのはイギリスのお菓子でな、私が子供の頃の家庭教師がイギリス人でその人から教わったんだ」

 誰も聞いていないことを答えながらズカズカとオリガは集団の中へ切り込んでいく。皿に乗ったアップルパイを机の上に置いて切り分け始めた。

「遠慮せずに食え」

 オリガから直々にアップルパイが振舞われる。中々どうして悪くない味だった。

「さて、作戦の説明をするぞ」と、ユーリが村の地図をテーブルに広げた。



 夜が明けると同時に雨が上がった。ユーリの言った通り、雨の中をドラゴンがやってくることはとうとう無かった。

 ヴァシリが広場、先端が中央を向くように環状で設置した破城鎚の点検をさせる。その間に別な村人が製鉄所から集めた精錬前の鉄を焚き木で燃やし、ユーリから借りた竜笛を鳴らしていた。

「ドラゴンが来るまで五分ごとに鳴らし続けるんだ」

 ヴァシリは村人にそう言って馬に乗り、オリガ、ユーリと共に村を一周することにした。他にも同じように、村人が三人一組が村の周りを巡回し、ドラゴンの襲撃に備えている。ドラゴンを発見したら、鐘を鳴らしてヴァシリたちを呼ぶことになっていた。

 ユーリとしてはオリガには残りの村人を指揮して発生するだろう不負傷者の救助と搬送を頼みたかったが「隊長の私が前線に出んでどうする!」と一蹴した。

 これを聞いてヴァシリは「俺たちのいないところで何をするか分からない。それならむしろ目の届くところへ置いておこう」と言って、代わりにアーニャとレオニードに負傷者の救助を任せることにした。

「何だかあの人の周りでは世の中の道理が片っ端からねじ曲がっていく気がする」

 馬の手綱を引きながらユーリがヴァシリに耳打ちする。

「ああ、この世界はあの女を中心に回っているんだ」

 ピチャピチャと馬の足音が水と共に跳ねた。村の周りは丁寧に草がむしられていたが、石で舗装されているわけでもないので雨が降ると泥でぬかるんだ。走りにくいし、馬は泥が跳ねるのを嫌がる。村で仕留め損なったら追跡は難しくなるかもしれない。

「一人でドラゴンを退治するときは、いつもどうするんだ?」

 村を回り始めてしばらくしてから、何となしにヴァシリがユーリに訊ねた。今回の作戦は、大がかりだから一人ではやれるものじゃない。実際、昨夜から彼がどうやってドラゴンを倒すつもりだったか気になっていた。

「まずは毒入りの肉を鉄粉と一緒にばらまいて、食べさせて弱らす」と、ユーリは答える。「あれに正面から挑んでも勝ち目がないのは分かるだろう。ドラゴンとの戦いはまず遠くから時間をかけてジワジワと弱らせるのが基本だ。弓矢が通るなら、毒矢を使ってもいい」

「一頭狩るのにどれくらい時間がかかるんだ」

「種類にもよるが、あのワイバーンだったら一ヶ月とちょっとだな」

「ドラゴ殺しは我慢強いのう」

 オリガが言った。

「俺たちはか弱い」

 ユーリが言う。

「臆病で強欲ですぐに死ぬ。ドラゴンがその気になれば人間などあっという間に駆逐されるだろう。そういう認識で掛からなければ食われて死ぬぞ」

「ふむん、なるほど」

 オリガは顎に手を当てて感心すると、思い出したように「あっ」と声を上げて「そうだ、食われるで思い出したが昨日の夜、ドラゴン退治のための秘密兵器を」

 そのとき、村の中央で鐘が鳴った。

「来たぞ」

 ユーリが手綱を振って、馬を走らせる。



 近づくにつれて腹の底に響くワイバーンの大きく重い足音が聞こえた。地面と家々が揺れるのが分かる。ヴァシリたち三人は遠くで馬に乗った村人が、ワイバーンに追いかけられているのを見た。

「まずいぞ!」

 ヴァシリが言って、馬を加速させようとすると「大丈夫だ」と、ユーリが制した。

「ワイバーンの持久力は馬と比べて低い。追いつかれることは無いだろう」

 ユーリは爆竹のついた矢を背中の矢筒から器用に取り出した。それからマッチで爆竹の導火線に火を点ける。馬の背に乗って揺れる中、その流れるような動作にヴァシリは感心した。

 ユーリが弓を射る。矢は綺麗な放物線を描いて空中でさく裂し、ラッパ音を発生させた。ワイバーンが怯んで歩みを止め、それからヴァシリたちの方へ向かって来た。

「来たぞ!」と、ヴァシリが叫んだ。

 ヴァシリたちは方向転換し、広場へ誘導するために村の中央へと走る。

「俺は先に行って破城鎚の準備をしておく!」

 ヴァシリが言った。

「わかった」というユーリの返事と共にヴァシリが先行し、家の角を曲がって離脱した。



 ワイバーンが離脱したヴァシリではなく、自分とオリガを追いかけてくるのを確認したユーリは「オリガ、大丈夫か?」と後ろを振り返った。するとオリガは馬を走らせながら背後のワイバーンへ手を振っていた。ユーリの視線に気が付いて「ん? どうした?」という顔をする。

「ごめん………なんでもない」

 ユーリは再び前を向く。普通、ドラゴンに追いかけられている状況で呑気に手を振る人間はいない。

 いったい、この人はどういう精神をしているのか。ドラゴン殺しがドラゴンと向き合うに当たって最初に学ぶことはドラゴンに退治してもパニックにならないことだ。ユーリでさえ最初にドラゴンに追いかけられたときは父親のフォローがあったとはいえ、失禁した程だ。

 やがて目的地の広場が見えてくる。たき火の中で焼かれる鉄くずが見えた。そこでは先に離脱して近道したヴァシリが村人と共に破城槌を準備してくれているはずだった。

「オリガ、目を閉じろ!」

 ユーリはそう叫んで閃光弾に火を点けてワイバーンに投げつけた。ドラゴンが代謝する燃える金属で作られたそれは激しい光を放つ。ドラゴンがこれをまともに食らえば一瞬の失明をもたらすはずだ。ユーリとオリガはそのわずかな時間を突いてワイバーンの視界から逃れ、獲物を見失ったワイバーンは鉄の臭いに惹かれて広場へ足を踏み入れるはずだった。

 閃光弾が光る。

「目が! 目が!」

 オリガが目を抑える。

「オリガ! 目を閉じてって言っただろ!」

 ユーリがオリガの馬の手綱を引いてワイバーンから離れる。しかしワイバーンは広場の中央に向かわない。閃光弾を食らっても尚、こちらへと向かってきていた。

「ユーリ! どうした!」

 ヴァシリの声だ。

「問題ない! もう一周、村を回ってなんとか誘導する!」

 ユーリが答える。想定内の事態ではあった。このワイバーンには既に一回、閃光弾を使っている。ワイバーンは比較的、学習能力が高い。目晦ましにはなっても、混乱を誘うまでには至らないのだろう。

 大丈夫だ、問題ない。

 ユーリは自分に言い聞かせて冷静さを保つように努めた。

「喰らえ! ドラゴン!」

 オリガの声がした。

「え?」

 ユーリは嫌な予感を感じて振り返ると、オリガは黄色い何かをワイバーンに投げつけていた。それはまっすぐワイバーンの顔に命中し、中から焼けたリンゴがはみ出た。それは昨日、オリガが作ったアップルパイだった。

「フシャッ、フシャアアア!」

 ワイバーンが驚いて地面に顔を擦りつけながら、奇跡的に広場の中央へと向かい始めた。

「ヴァシリ! 破城鎚だ!」

 ユーリも馬を方向転換させ、今度は逆にワイバーンを追った。



「総員、破城鎚を持て! この機を逃すな!」

 ヴァシリの合図で村人が破城鎚の取っ手を持つ。ヴァシリもその内の一つを後ろから押し、広場に迷い込んだワイバーンへ突撃する。急造品だけあって、途中で車輪が脱落して丸太を引きずっている状態の物もあったが泥が滑るおかげで動かすのに支障は無かった。

「ウウウウウウウラァァァァァァァー!」

 六つの破城鎚がワイバーンに叩きつけられた。硬い体表から丸太越しに骨か何かが折れる感触が伝わる。ワイバーンは痛がるというよりも驚いたようだった。運悪く目の窪みに引っかかって取れないアップルパイの欠片を顔に張り付かせたまま、天を仰いで短い叫びを上げた。

 そこに馬で突っ込んでくるユーリの姿があった。ユーリは両手にグロムを下げて馬の背に立ち、破城鎚の手前で馬からワイバーンの背に跳んだ。ワイバーンの硬いうろこへ、グロムの鋭い切っ先を交互に突き立て、あっという間に首の方へよじ登っていく。だがワイバーンも首を激しく振り回してそれに抵抗した。

「逃げろ!」

 ヴァシリが目の前の様子に固まる村人に怒号を飛ばすと、金縛りが解けたように村人が慌ててワイバーンから離れる。

 一方ユーリはまるで荒馬を乗りこなすかのようにワイバーンの首をさらによじ登っていく。暴れ馬を乗りこなすような巧みさでワイバーンの登頂へと到達すると、その頭頂部に二つのグロムを叩きつけた。それからグロムを手放し、手首に巻きつけた紐を引っ張って地面へ飛び降りる。ワイバーンがやっと邪魔者を振り払ったと鼻を鳴らし、今日の獲物はどいつだと遠巻きに見守る村人をざっと眺めまわした。その約三秒後、ワイバーンの頭に突き刺さったグロムが爆発した。

 光、そしてグロム破片とワイバーンの鱗が周囲に飛び散り、直後、ワイバーンの首、そして体が力を失って地面へ崩れ落ちた。巨体が最後にヴィーチェ・ドラスクの村と大地を揺るがした。

「ユーリ! すごいぞ、ユーリ!」

 ヴァシリが地面に落ちて泥まみれになっているユーリの下へ走る。ユーリはドラゴンの頭頂から真っ直ぐ地面に落下した。どこかを骨折したかもしれないし、下手をすれば死んでいるかもしれない。

「無事か! ユーリ!」

「ああ」

 ぬかるんだ泥の中からユーリが立ち上がった。分厚いトナカイの上着が、ユーリを着地の衝撃から守ってくれたようだった。

「良かった! ああ、良かった!」

 ヴァシリが泥まみれのユーリを抱きしめて背中を優しく叩いた。

 広場に漂う緊張感はまだ解けていなかった。

「斧を」

 ユーリが言うと、ヴァシリが適当な村人に手斧を取ってこさせた。ユーリは手斧を受け取ると、ワイバーンの顎の下へ打ち込んだ。ユーリが言うには、そこにはワイバーンの動脈が通っているのだという。心臓が動いているなら勢いよく吹き出る血は、しかしボタボタと垂れるだけだった。

「死んだよ。このワイバーンは死んだ」

 村人がいつの間にかユーリのそばに集まっていた村人たちは、それでようやく緊張を解いた。歓声は上がらなかった。皆、悪い夢から覚めたような気分だった。



 ワイバーンを倒してヴァシリが最初にしたことは、まず適当な人間に金を払い、トゥルハンスクとトボリスクまでドラゴンを倒したことを伝令に向かわせることだった。残った村人と共にユーリがドラゴンを処理するのを手伝った。早めに処理しなければ死体が腐って悪臭や病気を媒介しかねない。欲を言えば剥製にしたいところではあったが、作り方が分かるものがいなかったし、剥製にしたとしてこれだけ大きなものを保存しておく建物も無かった。

 ユーリの指導の下にドラゴンは首と尻尾を切り落とし、背中の鱗を剥がした。ヴァシリは骨格標本だけでも帝国科学アカデミーに送りたいと思ったので、その旨をユーリに伝えると、肉をこそぎ取り、内臓を取った上で土に埋めた。半年待って掘り出し、川で洗うのだそうだ。

「助かったよ、ユーリ」

 全ての作業を終えた二日後の昼、ヴァシリとオリガ少佐は村を去るユーリに敬礼した。

「村が無くなると私も困るからな。それに、あのワイバーンはみんなで倒したんだ。あの丸太や、オリガの、あの………アップルパイで」

 アップルパイの話題を出すとユーリとヴァシリは俯いて笑った。

「何でだ? 上手く行ったろう?」

 オリガ少佐が憮然とした表情で言った。

「そうですね、うまくいきましたね」

 と、ヴァシリが言う。

「ユーリ、山の生活は大変じゃないのか。お前さえよければここに住んで欲しい。皆もその方が安心する」

「気持ちはありがたいが、山での生活に不自由は無い」

「そうか………少佐の方は何かありますか?」

「うむ、ユーリ。子供ながらお前の働きは立派だったぞ。またこのオリガ・アントヴァナ・ペレスベータの助けが欲しいときは遠慮なく来い!」

 オリガが胸を張って言った。

「それは頼もしいな」

 と、ユーリは馬に乗った。

「あんたも、あまりヴァシリを困らせるんじゃないぞ」

「ん? 困ってるのか?」

 オリガ少佐の視線をヴァシリはさり気なく避けると

「じゃあ、ユーリ、元気でな!」

 ユーリは手を振って、彼方の山へ馬を走らせた。



 数日後。

 山の空気が変わった。

 ゴツゴツとした岩がむき出しとなった、山の稜線に立って、ユーリは山脈の向こう側を見る。八千メートル峰の山脈が、ドラゴンの世界を柵のように囲むドラゴ・ドゥーマ山脈ではあったが、山脈を安全に越えるルートはいくつも存在した。ドラゴンが山脈の傍に近寄るのは北風が吹きつける冬が終わり、南からの暖気が吹いてくるこの時期が多かった。風下から漂う獲物の臭いを追うため、どうしてもドラゴンが南下しがちだった。

 今ではドラゴン殺しを名乗るユーリの一族は、元々ストロガノフ家の分家に当たり、毛皮を求めてシベリアへ分け入った探検隊だった。ヴィーチェ・ドラスクでドラゴンに遭遇した探検隊は、ドラゴンの調査に残る人間たちとロシアへ逃げ帰る人間たちとに分かれた。

 ヴィーチェ・ドラスクに残った人間たちは、命をかけてドラゴンを調査し、倒す方法を編み出した。そしていつの日か、ドラゴ・ドゥーマ山脈の向こう側を征服することを夢見て調査を続けてきたのだ。

 しかし夢は儚いものだ、とユーリは思う。今やドラゴン殺しは自分だけ。結局、人間はこの大きな大地の前には蟻も変わらない。ドラゴンを前にして踏みとどまった先祖は勇敢だったかもしれないが、ただそれだけだ。大自然を前に消えゆく、無意味な反抗に過ぎなかったのではないか。

 はぁ、とため息を吐いた。少し前まで白かった息はもう見えない。季節が春へ、夏へと過ぎ去っていく。冬が過酷なのはドラゴンの世界も変わらない。春から夏へかけてがドラゴン世界の調査における勝負所だった。

「じゃあ、俺は何をしている?」

 ユーリは向かい風に問いかけた。先祖の所業を無意味と思いながら、同じことをやる自分は何なのだろうか。結局、ユーリにはこのような生き方しか教わらなかった。

 あるいは先祖はドラゴンへ立ち向かったのではなく、逃げることが出来なかったのかもしれない、とユーリは感じた。命ある限り戦い続ける。そう、父親のように最後まで、死ぬまで。

 ユーリは稜線を降りて、足元の岩から山の亀裂へ滑り込んだ。この亀裂はドラゴ・ドゥーマ山脈を貫く抜け道の一つで、ユーリの住む洞窟へと繋がっていた。いや、洞窟と言うよりは人間界とドラゴンの世界を繋ぐ大きなトンネルと言っても良かった。天井は十メートル近くあり、広さは家が三軒ほど入る大きさだ。トンネルの長さは数十メートル程度で東西に繋がり、西シベリアとドラゴンの世界を見ることが出来た。

 標高は二百メートル程度だが、大きなドラゴンには狭すぎて、小さなドラゴンには少し高すぎる絶妙な位置にあった。ドラゴン殺したちが見出した、まさに天然の要塞である。

 今日は一日、今年の調査計画を立てるつもりでユーリが家に入ろうとすると、ふと気配がして西の、人間世界の方を見た。すると麓に馬が二頭、繋がれているのが見えた。単眼鏡で確認すると鞍が付いてある。どうやら客が来ているらしい。

 ユーリが顔を上げるのと、彼が下から姿を現すのはほぼ同時だった。人影が一人、ヴァシリだった。

「ヴァシリじゃないか、どうした? またドラゴンでも現れたか」

「いや、実はペテルブルグに事件の報告と、ドラゴンの鱗の一部を送ったら、トボリスクから正式に俺たちをシベリアにおけるドラゴン対策部隊に任命することになって。皇帝陛下からも、君からドラゴン殺しの技を学ぶように命令が下されてな。つまりだな、俺たちを君の弟子にしてほしいってことなんだが」

「なるほどな」

 ユーリは腕組みして納得した。本当のところ、ヴィーチェ・ドラスクではああは言ったがドラゴンに関する知識と技術の伝承に関して少なからず不安があった。

 これもいい機会かもしれないな。

「いいだろう」

「本当か?」

「ああ、よろしく頼むよヴァシリ。ところで、麓に馬二匹いたがもう一人は―――」

「ヴァシリ! 向こうすっごい大きいドラゴンの骨が飾ってあったぞ!」

 ドタドタと、大声と足音がこっちへ向かってくる。

「………もう一人ってのはあれか」

「ああ、あれだ」

「前言撤回だ、帰ってくれ」

「そんな」

「お前は弟子にしてもいいけど、とにかく、あいつだけは帰ってもらってくれ!」

「気持ちは分かるがあれでも大貴族の娘なんだ。あいつの家族が政治的影響力を保つためにもここで英雄として―――」

「どうした二人共! こそこそしおって!」

 オリガが建物の陰から姿を現した。

「しかしなんだ、この辺が荒れ放題だな。この際、きれいさっぱり掃除をしようじゃないか! 二人共、来い!」

 そう言ってオリガは建物の一つに向かっていく。

「やめろ馬鹿! そこには火薬の材料がしまってあるんだ! 手を触れないでくれ!」 シベリアに、ドラゴンよりも恐ろしい奴が来た。

 と、ユーリは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る