月と老人

KeI

月と老人

 急に怒鳴り声と金切り声が入り混じった声がドアの向こうから聞こえてきた。

 少年は本を読む手を止め、少しため息をついた。〝またか〟と少年は思った。しばらく続くことを予期して少年の感情は徐々に憂鬱になっていった。最近は以前のようにこみあげてくるものはなくなったが、そのかわり空っぽの感情が憂鬱と交互に現れるようになっている。こうなってしまっては何も手につかなくなるので少年はイヤホンを耳につけ、攻撃の盾として使われている自分の名前がボロボロになっているのに気づかないドアの向こう側を意識しつつ、しばらく空想に耽っていった・・・。


 どのくらいたっただろうか、ドアの下のほうの隙間から漏れていた光が消えたのに気が付き少年はイヤホンを外した。〝やっと終わったのか〟とほっとした少年が時計を見ると夜も深い時間になっている。少年は部屋から出ると、裏口から静かに外へ出た。


 外は風が吹いていて、昼間に降っていた雨でぬれている地面の冷たい空気と海のほうから吹いてくる生暖かい空気を運んでくる。少年が近くにある海の海岸沿いを歩いていると、缶ビールとコンビニのビニールが置いてあった、ビニールの中にはよく知っているつまみという食べ物が入っていた。すると少し離れたところから若い人たちの笑い声が聞こえてきた。見渡すと、三、四人が車のほうで騒いでいた。少年が缶ビールを持ち上げるとほとんど飲まれていなかった。少年はその缶ビールを思いっきり蹴り飛ばすことを想像して少し高揚した。だけど、そのあとに当然来るであろう若い人たちからの仕打ちを思い蹴ることをやめ岩場のほうに少しだけ缶ビールの中身をこぼして元の場所に置き再び歩き出した。


 海のほうを見ながら歩いていると波に反射した月の光が少年自身を追いかけてくることに気が付いた。少年はしばらく考えてその現象を感覚的に理解した。少しうれしくなった少年が月を見ながら足取りも軽く歩いていると、少しだけ離れた場所にある砂浜に何やら動いている人影が見えた。近くのほうまで行くとそれが年老いた人だということに気が付いた。


 少年は理解したことについて誰かに話したくなっていたので、不安交じりに老人のほうへ近づいて行った。老人はじっと月を眺めていた。

 「月、きれいだね。」

と少年が言うと、老人は少し驚いた様子でしばらく少年を観察した後

 「ああ」と言った。

 「波に映っている月の光がなんで追いかけてくるか知ってる。」

 「いや」

 「えっとね・・・」

少年が感覚的な理解を言葉にしようと詰まっていると、老人が急に話し出した。

 「あまり浴びるな」

 「えっ」

 「若いころから月の光を浴びすぎるな。体に悪いぞ。」

少年は老人の言うことがよくわからなかった。

ただ、ふと家のことが不安になってきた。

 「帰らないと。」

 「ん、そうしな」

少年は駆け出して行った・・・



 海は真っ暗だった。とぎれとぎれに聞こえてくる波の音に、遠くに聞こえる県道のざわめきが混じる。波に映る月光は老人の目を奥のほうから腐らせていく。空には満月がただただ浮いていた。

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月と老人 KeI @KeI1537

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