第二十話 なんでこうなった

「めっっっちゃっっっ! 面白かったっっ!!」


「お、おう………」

 

 

 俺に顔をぐわっと近づけ、そう告げる玉ちゃんに呆気に取られてしまう。キラキラと輝いているように見える彼女の瞳がとても眩しい。

 

 先生に玉ちゃんの放課後補習の担当にて(押しつけ)られてから数日後。俺と玉ちゃんは放課後一緒に例の恋愛小説を読み、玉ちゃんが分からないと言ったところは俺が解説を少しいれて補助をしていた。もちろん、詩も一緒にいたが、彼女はジト目でこちらを見つめてくるだけで何も言わなかった。怖い。

 

 

「ほらほら、特にこの場面っ! ヒロインが結構分かりやすくグイグイ主人公にアタックしているところ! めちゃくちゃ可愛いじゃん! でも主人公なんか全然それに動じなくて……なんていうか……鈍感っていうか……自己評価が低い? っていうか……!」

 

 

 嬉々として物語の評価を口にする玉ちゃん。向かい合わせにくっつけた机に身を乗り出して俺に本の文章を指し示す彼女は、よほどこの物語が気に入ったようだ。

 俺としてもそれは嬉しい、嬉しいのだが……もう少し自分の身体の状態を理解してほしいものである。ほら、男を誘惑する二つのキケンな果実が机の形に沿って変形しているじゃないですか。とても良くないです(色々と)。

 あと、シャツの第一ボタンを留めていただきたい。ジメジメしてて暑いのはわかりますが、見えてはいけない谷がこの角度からだとばっちりフレームにおさまっちゃうんですよ。実に良くないです(色々と)――。


 ――ブンブンブンブンッッ!!

 

 

「えぇっ!? どうしたの十坂くん!?」

 

 

 ものすごい速さで首を横にふるという奇行に走った俺に驚きの声を上げる玉ちゃん。いかんいかん、煩悩に飲まれるとこだった……最近の俺はちょっとおかしいな……以前の俺はこんなにも女性の身体に見惚れてしまうような人間だっただろうか……? いや、自分で言うのもなんだが、もっと紳士的だったはずだ。取り戻せ、あのときの俺を……! とりあえず、ここはスマートに、何事も無かったかのように……!

 

 

「あ、あはははは……! ごめんごめん、なんでもないよっ!」

 

「………そっか、こっちこそゴメンね? 身体戻すね?」

 

「………………」

 

 

 よいしょ、と言って身体を引っ込めていく玉ちゃん。椅子に座り直して、コチラにニコッと笑顔を向けてくる。

 

 ……えっ、もしかして俺の視線バレてた……? だとしたらめっちゃはずいたたたたたたた

 

 

 

「ちょっ、まっへ!? いはいっ!? うは、いはいいはいっ!? (ちょっ、まって!? いたいっ!? うた、いたいいたいっ!?)」

 

 

 ぎゅう……と隣に座る詩に頬をつねられ悲鳴を上げる俺。いやまって、チカラッ、チカラ加減がおかしいっ!? いたいっ!?

 

 細く小さい手の一体どこからくるのか。ものすごいチカラでつねってくる詩。頬を膨らませ、ジト目でコチラを睨んでくる。

 

 

「………………」

 

 

 それでいて何も言わないのだから怖い。

 

 詩は俺の頬から手をどけると、ぷっくりと柔らかそうな曲線を描いているふうせんを乗せた顔を、ぷいっ、と背け、胸の前で腕を組んだ。

 

 えぇ……なんで詩は怒ってるの……?

 

 痛みから開放された自らの頬を擦りながら、つねられた原因が分からないでいる俺。詩はというと、腕を組んだまま視線を落とし「………まだ、大きくなるもん」と何やらブツブツと呟いている。

 

 ……え、なに? 身長の話……? 俺はそのままでいいと思うけど……

 

 詩の行動に困惑していると、その様子を面白そうに窺っていた玉ちゃんが「……あっ」と声を上げ、俺の方を向いてイタズラっぽく笑ってきた。

 


「十坂くんのえっちっ」

 

 

 ……うん、俺の視線バレバレでした。あっはっは、なんだろう、今すぐこの場から消えてなくなりたい……

 

 煩悩丸出しの視線が玉ちゃんにバレてたことに、恥ずかしさと申し訳なさが入り混じった微妙な気持ちになる。いや、恥ずかしさが圧倒的に勝ってるか。今まさに顔が赤くなっているのがわかるし。

 

 

「……すみませんでした」

 

 

 素直に謝ると「あはははは!」と可笑しそうに玉ちゃんが笑う。

 

 

「冗談だよ〜! 十坂くんかわいっ! 今度、私と一緒にデート行こうぜっ!」

 

 

 怒るどころか、寧ろからかわれている様な気がするが……まぁ、怒ってないならいいか。

 デートの件も冗談だと分かっているため、「まぁ、お互いに時間が合うときに……」と適当にぼかしておく。俺の失態を笑って許してくれる玉ちゃんの心の広さに比べれば、これくらいのからかいは甘んじて受けよう……そう思っていたのだが――。

 

 

「おっ、じゃあ、今度の日曜日空いてる?」

 

「……? 空いてますけど……?」

 

「じゃあ、その日デート行こう!」

 

「「……………え」」

 

 

 まさかの冗談ではなくガチだったことに固まる俺と詩。俺はそのままたっぷり三十秒、玉ちゃんを見つめてしまう。変に手汗まで出てきてしまっている。

 

 ……でーと? え、なにそれ? 玉ちゃんと……えっ、俺が!? なんで!? ちょっ! どゆこと!?

 

 勿論、デートなんて架空のものでしか知らない俺にとって、それは無縁なものでしかないため、軽く誘われただけでも心臓がバクバクと高鳴る。もはや痛いくらい。


 

「………? どうしたの? あっ、もしかしてそんなに私とのデートが嬉しかった?」

 

「えっ!? あっ、いやそーじゃなくて……! いや、嬉しくない訳ではないんだけど……!」

 

 

 あわあわと自分でも何を言っているのか分からないくらいテンパっている俺。

 

 

「ふふっ……、あははははっ! テンパってる十坂くんもかわいい〜! じゃあその日、私とデートってことで! 他に予定いれないでよ?」

 

 

 玉ちゃんはチラッと俺の隣に座っている詩に視線を向けてそう言う。なぜだろう、彼女の目がニヤついてるように見える。つられて俺もお隣さんを窺う。

 

 めちゃくちゃ不機嫌そうな顔してた。風船膨らませてる。

 

 

「まっ……まって下さい。その日は私と十坂くんの予定が先でしたっ!」

 

「え?」

 

 

 え、そんな予定ありましたっけ? 全然覚えてな――。

 

 

「あれ? でも十坂くんは身に覚えなさそうだよ?」

 

 

 玉ちゃんが目の前の俺の様子を窺ってから再び詩の方を向いてそう言う。確かに身に覚えはない。

 

 

「…………………」

 

 

 ………ちょっとまって下さい詩さん。なんで僕の方を向いて不機嫌そうな顔して風船を膨らませてくるのでしょうか? だって本当に身に覚えがないんだもん………

 

 

「じゃっ、じゃあ、その日のデートに私もついていきますっ……!」

 

「でも、それじゃあデートにならないよね?」

 

「………うううぅっ!!」

 

 

 もはや俺を置いていってバチバチと視線で戦っている二人。ねぇ、なんで本人の俺に自由がないの? 二人は俺が休日は常に予定のない暇人だと思っているのか……? ………いや、実際そうだけどさ。そう思われるのは流石に釈然としないというか、こう、複雑な気持ちになるよね。

 

 二人の様子を見ながらそんな事を考えていると、勝ち誇ったような顔をしている玉ちゃんが、ふふんっ、と得意げに鼻を鳴らして胸を張る。

 

 

「じゃあ決定! 日曜日、私と十坂くんでデートってことで!」

 

「ふぐぐぐぐぐっ〜〜〜………!!」

 

「あの〜……俺に拒否権は〜………?」

 

「ありませんっ!!」

 

「なんでっ!?」

 

「いや、だって十坂くんが、私のことをエッチな目でみてく――」

 

「喜んで行かせていただきます」

 

「十坂くんっ!?」

 

 

 いや、だって玉ちゃん怖いんだもん。下手なことしたら何かされそうなんだもん。


 かくして俺は、優雅に過ごす予定だった一日を玉ちゃんに奪われるのであった。さよなら、俺の休日。

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陰キャの俺が気づいたら学校の『高嶺の花』を落としてしまったようです。 観鯨タル @taru1512

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