第十九話 勉強の成果っ!
結局あのあと勉強なんか出来るはずもなく、しかし、まったくしないと言うのもあれだったため、俺は手元にあった読破済みの恋愛小説を夢見咲さんに押し付けてきた。ちなみに理由は感情表現が分かりやすいと思ったためである。
どうやら夢見咲さんは『読解問題』が苦手なようなので、まずは読解力を身につけるために感情表現の表れが分かりやすい小説を呼んでもらおうと思ったのだ。主人公の心の動きや、ヒロインの行動に注目してもらい、自分がどう感じたのか。文章でもいいし、口頭でもいいから俺に説明してほしい、という課題を出した。簡単に言えば『感想会』である。
「えぇ〜……」と、ちょっと嫌そうな夢見咲さんだったが、『恋愛』と言うところに興味を惹かれたのか、取りあえず頑張ってみるとのこと。前向きな彼女の発言に安堵しつつ、あの作品が彼女にどんな影響を与え、彼女がどう思って、どういう感想を持ってくるのか、今から楽しみだった。
…………なるほど、これが俗に言う『布教』と言うやつか(←過去の友達数0)
なかなか気に入っていた作品だったため、感想を言い合える人が増えると言うことにちょっぴり感動してしまったのはナイショである。
「……てますか、聞いてますか十坂くん?」
「………えっ? ……あ、ごめん、なに?」
「もぅ、聞いてないじゃないですか!」
そして今は詩と下校中。勿論、駅方面へ。試験期間中はいつも学校の図書室で時間ギリギリまで勉強会をやっていて、こうやって送っていたので、いつの間にか二人で下校することが当たり前になっていた。
考え事に
「私は真面目な話をしていたんです! 何かわかりますか?」
聞いていないのだから当然分かるはずもなく……
「えっと………ごめんなさい、分かりません……」
すぐにギブする俺。
「もうっ、もう一度だけ言いますから今度はちゃんと聞いていて下さいね?」
顔を俺に近づけてそう忠告した詩は、すっ、と身体を元に戻すと自分の胸の前で両腕を組んで先程の会話の話題を話し出す。
「私が話していたのは『結局、玉ちゃんさんの名前を十坂くんが呼ぶかどうか』ですっ!」
……………あー、そういやそんな話してたな………って、話を逸らしたのこの子達だったよね? 結局あれなんでそんなに争ってるみたいな感じだったの……? ホント、女の子って元気ね………
なんか近所のおばさんみたいな口調になってしまった。いや、口にはしてないけど。
しかしそうか。どうしよう、名前で呼ぶってやつ。
「………あ~、呼び捨てでいいかな――」
「絶対にダメです」
『ちゃん』付けで呼ぶのが恥ずかしく、普通に呼び捨てに逃げようとした俺だったが、すぐに詩にぴしゃりと退路を断たれる。
「………どうしても?」
「どうしても………ですっ」
まじっすか。
「………善処します」
「よろしい」
まるで上司に怒られた部下の如く頭を項垂らす俺をみて、うんうんと詩は頷く。そして、もう事は終わったとばかりにトコトコっと側へやって来て嬉しそうに微笑む彼女。
「ふふっ……さて、この話はもう終わりにして………十坂くんっ! 私、テスト頑張りましたよ!」
まるでこの時を待っていたかのように言葉を弾ませる彼女。いそいそとリュックの中からファイルを取り出し、俺へと差し出す。
「先生っ! 最後の確認、お願いします!」
「はぁ………はいはい、どれどれ……」
詩に気づかれないように小さくて溜め息をついてから、彼女のファイルを受け取り中身をチェックする。中から取り出した数枚のテストに目を通していき………驚く。
「………なぁ、詩。先生からなんか言われたりした?」
「えっ? はい、言われましたよ、『よく勉強出来ていますね。クラストップおめでとう』って」
……やっぱりか。
詩から渡されたテストはほとんど九十点代だった。いや、ほんとにすげぇ……。ここまで来るとは思ってもみなかったが、自分が教えた事によって、この点数を取ってくれたので、教えた俺自身も鼻が高いし、何より嬉しい。
「……ホントによく頑張ったな、えらいえらい」
俺はそう言って詩の頭へと手を置き、優しく撫でる。ふわふわの髪は指通りが良く、心地よい。詩も嬉しそうに頬を緩めた。
「えへへっ、十坂くんのおかげですっ。ありがとうございます!」
「ううん、詩の努力の成果だよ。俺はホントに少し手伝いをしただけだからな」
俺自身の勉強にもなったので手伝いをしていてなんの不満も無かったし、少し教えただけで自分で考え、答えを導き出すことのできる詩だったので、そんなに頻繁に教えることもなかった。近くで詩の集中して取り組む姿を見ていたので真剣なのも伝わっていた。
だから、俺の手伝いはほんの少し。
「………それでも、十坂くんのおかげです……」
頬を染めながら、そう小さく零す詩。彼女はまるで大切なものを見るような瞳で俺を見つめてくる。
「……そ、そうか………あ、じゃあ次の休みに青時雨に行こうか。詩のクラストップを祝ってケーキでも食べよう」
「! いいですね! そうしましょう!」
け〜ぇき〜♪ と歌うように口ずさみだす詩に頬を緩め、俺は出したテストをファイルに戻す。
「はい、詩。よく頑張りました」
「えへへ」
そして詩に返そうと手渡した時だった。
いきなり、ぶわぁっ、と大きく風が吹き――。
「わっ!?」
ファイルの中の一枚のテストが大きく空へと躍り出た。
「(しまった……! ファイルに入れていたから油断していた……!)」
テストは高く飛び、下手をすれば見失ってしまうかもしれない。
「(くそっ、どうすれば……!)」
俺がどうしようかと思考を巡らせている時、俺の隣を、ばっ! と何かが横切って行った。
「………えっ?」
そして、その横切って行った人物は近くの塀を、タンッ、と蹴ると高く空中に飛び上がった。――それはもう、美しく。
パシッ、とその手がテストを掴み、着地する。
いきなりの出来事に俺と詩は呆然としてしまう。
………あの人、なんつぅ脚力してんだ……?
人はあんなに高くまで飛べるのかと、そう思ってしまうくらいには高かった。
すると、クルッとその人がコチラを向く。金色に染めた髪に、緩くかけたウェリントングラス。スタイリッシュな身体付きにだぼっ、と大きめのカーディガンにシャツ、黒パンツを身に着けた、まるでモデルの様な男性だった。
彼はニコッ、と優しく微笑むと詩の方へと歩いていき、手に取ったテストを差し出す。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがとうございます……」
「いえいえ、どういたしまして」
彼はそれだけ言うと、「それでは失礼します」と言って去っていった。
「………すごい人だったな」
「………そうですね」
俺たちはまるで何事も無かったかのように去っていく男性の背中を、ただ呆然と見つめるのだった。
「……………見つけた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます