第十八話 修羅場(hard?)

「川瀬ちゃんって……意外と大胆なんだね」

 

 

 少し落ち着きを取り戻した俺に、驚いた表情でぽつりとそう言う夢見咲さん。まぁ、驚くのも無理はないだろう。俺だって最初は驚いた……いや今もそこは変わらんが……


 俺は隣に顔は動かさず視線だけ向ける。先程とは違って、俺の隣に椅子を並べ、ちょこんと座る詩。そしてやはり俺と腕を組んで軽く威嚇するかのように夢見咲さんを睨んでいる。何故だろう、頭に犬耳が付いているように見えてしまう。もはや俺のペットのようになってしまっ…………いや、なんでもない。

 

 一瞬良からぬ事を考えてしまった頭を振るう、詩と夢見咲さんには不思議そうに見られたけど、気にしないっ。

 

 

「ま、まぁ……それより夢見咲さんの勉強のことを……」

 

 

 少し居た堪れなくなった俺は話題を切り替えようと口を開く、が―― 

 

 

「ねぇ? たまちゃんでいいって言ったよね?」

 

「…………はい?」

 

 

 すぐにまたペースを崩される。

 


「た・ま・ちゃ・ん」

 

「え………えぇ……?」

 

 

 突然の名前呼び強制に本気で困惑してしまう俺。

 

 『ちゃん』付け呼びは苦手なんだよなぁ……

 

 

「いや………普通に夢見咲さんと呼ばせてくれ」

 

「だめ」

 

「なんでっすか………、確か『好きなように呼べ』と言われた気が……」

 

「いや、だからって『夢見咲さん』ってなんか他人みたいじゃん! クラスの皆にはたまちゃんって呼んで貰ってるんだよ? 十坂くんだけ『夢見咲さん』なんて呼んでると仲間外れって感じで嫌でしょ?」

 


 呼んで貰ってるのか、流石にすげぇコミュ力だな………

 

 圧巻である。

 

 

「いや、俺は別に……」

 

「もぅ、私が嫌なのっ!」

 

「えぇ……」

 

 

 いや、いつも一人なんでいきなり仲間に入れられても困るんですけど……いや、『クラスメイト』という点では確かに仲間だけど……

 

 俺が返事に困っていると、はぁ……と溜め息をついた夢見咲さんが「あのね」と切り出す。

 

 

「私は皆と仲良くなりたい、だから皆にたまちゃんって呼んで貰ってる。そしたら皆と距離が縮まった感じがするし、毎日がめちゃくちゃ楽しい。あまり教室で騒がない子とかにも話しかけたりするけど、どの子もそれぞれ個性があって面白い」

 

 

 だから――と夢見咲さんは続けて、にっ、と口角を上げる。

 

 

「私は、十坂くんにたまちゃんって呼んで欲しいな……?」

 

 

 にひひっ、少し不敵な笑みを浮かべ俺にそう言ってくる夢見咲さん。そしてそのイタズラっ子の様な微笑みには何処か惹かれるものがあると、俺は気づく。

 

 なるほど……これが彼女のコミュ力か……

 

 彼女の距離感の掴み方上手いのだ。

 

 

「んっ…………んんんっ……」

 

 

 思わず腕を組んで唸るように悩み始める俺。まぁ、確かに彼女との仲を険悪にしたい訳ではないし、普通に失礼だ。だからここは、相手の言うとおりにすべきだろう。でも『たまちゃん』はなぁ……

 

 

「まぁ、そんなに言いにくいのなら、ゆっくりでも良いから慣れてくれると嬉しいな」

 

 

 流石に俺が言い淀んでいることに理由があると察したのだろう。苦笑しながら夢見咲さんが言ってくる。

 

 …………まぁ、それなら『慣れる』かもな……

 

 詩のことも『慣れた』のだし、少しづつ頑張れば克服出来るかもしれない。今の俺には少しづつで良いのだから『前進』が必要なのだ、詩の友達として彼女を守らなければならない。

 

 ならば、俺の返事は一つ。

 

 

「わかっ――」

 

「だめですっ」

 

 

 た。と言い切る前に、ぴしゃり、と切られたかのように放たれた否定の言葉。

 

 

「えっ………」

 

 

 俺は詩の方に顔を向け、首を傾げる。詩は顔を少し俯向け、俺と目を合わせてくれない。

 

 

「………なんで?」

 

「だって………だってっ……!」

 

 

 すると、きゅぅ……と顔を朱く染め、ぷいっと完全に背けてしまう。

 

 そして……

 

 

「……………なんだもん」

 

「え?」

 

「嫌……なんだもんっ………」

 

 

 ちらっ、と少しだけコチラを見やってそれだけ言うと、またプイッと顔を背ける詩。

 

 

「……………」

 

 

 ………………いや、うん、可愛い。

 

 なんでいちいち可愛くなるんだろうかこの子。

 

 やはり、この学校で『高嶺の花』と呼ばれるだけのことはあるのを俺も少しづつ理解する。これも勉強。

 

 うんうん、俺が頷いてまた一つ賢くなっていると、いつの間にやら立ち直ったらしい詩が、んんっ! と咳払いをし、両手を膝の上に乗せて夢見咲さんと向き合う。そして――

 

 

「十坂くんが名前呼びしていいのは『友達』の私だけですっ! あと、十坂くんは『ちゃん』付けが苦手なので、夢見咲さんの名前は呼べないと思います!」

 

「えっ! ちょっ、詩――」

 

 

 詩がいきなりとんでもない事を曝露しだすので、俺は思わず彼女を名前で呼んでしまう。――しまった、と思った時にはもう遅く。

 

 

「…………………へぇ〜〜」


「っ!?」

 

 

 今度は向かいの方から低い声が放たれ、またも背筋を震わす。恐る恐るそちらに顔を向けると――。

 

 

「川瀬ちゃんは名前で呼んでるのに、私は躊躇うんだぁ……?」

 

 

 うわっ……こっっわっっ!?!?

 

 コチラも目にハイライトが浮かんでおらず、まるで湖に沈んだ濁った宝石のような目で俺を見てくる。

 

 

「ち、違うっ……! 俺はただ、『ちゃん』付けで呼ぶのが苦手なだけでっ……!?」

 

「へぇ……? じゃあ、十坂くんには特別に『たま』って呼ばせてあげてもいいよ……? ホントは私に彼氏が出来たときに取っておくつもりだったけど」

 

「はぁっ!?」

 

 

 なんでそんな大切なもんを俺に呼ばせようとするっ!?

 

 

「そんなに大切なら、未来の彼氏さんに取っておいてあげればいいじゃないですか!」

 

 

 詩が俺の気持ちを代弁してくれる。まったくそのとおりである。

 

 

「う〜ん、でも彼氏は高校卒業したあとでもいいし、女の子たちには『たま』って呼ばれてるから、大丈夫だよ?」

 

「………うぅっ!!」

 

 

 何故か悔しそうに呻く詩と、少し勝ち誇った様な顔をする夢見咲さん。

 

 …………いや、貴方たち何を争ってるの……?

 

 

「………私は負けませんっ! 夢見咲さん……いえ、玉さん!」

 

「私に勝てるとでも……? 詩ちゃん………?」

 

 

 あと、いつの間に仲良くなってない? 俺の話だったよね? 俺を置いてかないで?

 

 ジリジリと熱い視線を交わし合う二人を横目に、少し疎外感を感じてしまう俺であった。

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