第5話 大学生 勇平の場合
俺は、麻美が言っていたことを一つ一つ確認していた。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、もしかしたら、ということがあるかもしれない。
お金は適当に飲み物を買って崩して、666円用意したし、マッチをつける練習もした。蝋燭の溶ける速さもなんとなく計ってみた。
×××駅まで来て、4番線、そして13両目。
準備は万端だ。
――んだよ、麻美のやつ……俺と結婚するかどうかなんて……実は俺に気があるのかな……
そう考えると鼻の下が伸びる。
――まぁ、噂だし、そう構えることもないか……そんな非現実的なことあるわけないって
そして、終電が予定通り4番線に到着する。
そこにはあまり人は乗っていなかった。いつもそこは飲み会の帰りの人だかりがあるはずだ。しかし、他の車両と違って座れるほど空いていた。
不審に思いながらも、俺は13両目に乗って、適当な席に座って目を閉じた。
すると、ヒソヒソと小声で何か話す女性の声が聞こえてきた。
「あの人……『あの世駅』に行くのかな……」
「×××駅から乗って目を閉じてるから、そうかも……ここあの13両目だし……」
――俺のことを話しているのか……?
そう思うと急に恥ずかしくなる。
噂を真に受けてそれを実行している自分は、なんとも滑稽だった。
しかし、女性たちは馬鹿にしている様子ではなく、恐怖を帯びた声で話を続ける。
「結構前に女子高生が失踪したって……本当?」
「女子高生もそうだし、なんか10万円渡して乗ってきた変なおっさんも……あれって有名ブランドの社長だったんでしょ?」
「マジ……? 超怖い……あたしたち大丈夫かな……」
「大丈夫だよ……ほら、×××駅から乗ってないし……それに目も開けてるし……」
「ちょっと寒くない? 隣の車両移ろうよ」
「気にしすぎだって……」
その女性たちは足早に、次の駅で降りていった。
――何……噂じゃないの……なんか怖くなってきた……手順を確認しよう……
俺は頭の中で何度も何度もルールを確認していた。
しかし、ふと不安は急増する。
――もし……麻美が言っていたルールが違っていたら……?
そう考えだすと冷や汗が止まらない。
しかし、ネットでも調べたけれど麻美の言っていたことと大きく変わる点はなかった。乗車駅についてはいくつか書いてあったが、どれもこの路線の×××行きに間違いはない。
×××駅から4番線13両目に乗って目を閉じ続ける。
終点を過ぎて『あの世駅』に向かっているときに目を開けてはいけない。
必ず切符を買って乗車する。
運賃は必ず666円。
それを払って電話ボックスへ行く。
電話ボックスの中でマッチを1本使って、蝋燭に火をつける。
火が消える前に手帳を最初から最後まで読む。
読んだら最後のページの切符をとって『この世駅』行きの電車に乗る。
それだけだ。
後は電話ボックスの中以外は行かない。
――大丈夫……大丈夫……
自分に沿う言い聞かせるが、俺は怖くて既に震えていた。
――やめるか……今ならまだ……
そう考えている内に、自分が今どこにいるのか解らなくなっていた。目を閉じたままパニックになっていると、車内アナウンスが流れる。
「本日はご利用ありがとうございました。次は終点、○○○駅、○○○駅です。左側の扉が開きます」
「!!」
ルールの確認をしている内に、もう終点へとつくようだった。
俺がどうしよう、どうしようと考えている内に電車は減速し、電車は止まった。プシュー……と扉が開く音がする。
誰も俺のいる車両から降りていく気配がない。
――あれ……? 誰もいないの……?
自分も目を開いて降りるかどうか考えている内に、中々扉がしまらないことに気づく。
きっと「お客さん、終点ですよ」ってお決まりのセリフを言われるに決まっている。そう思うと俺はなんだか気持ちに余裕ができた。
――このまま少し寝たふりをしていよう……
そう考えて俺が目を閉じ続けていると、再びプシュー……という音がした。
――え……?
今のは扉が閉まる音と同じ音。つまり、扉が閉まったという事。
――いや、車内の確認に来るはずだ……大丈夫……大丈夫……
自分にそう言い聞かせていると、なんだか急に冷房が強くなった気がした。
「オマタセ……イタシマシタ……」
その声を聞いたとき、俺は身体が硬直して動けなくなった。目も普通に閉じていたものが、よりギューッと強く閉じる。
――嘘だろ……なんだよこの声……
「ツギハ……×△※〇エキ……×△※〇エキ……」
心臓を掴まれたような感覚になった。
寒いのに毛穴が開いて全身で空気を欲しているような感覚に陥る。
ゴクリと唾液を飲み込むが、次から次へと唾液が出てくる。
俺がパニックになっている中、電車はガタンガタン……と動き出した。
もう目を開けようにも開けられない。瞼の裏にある眼球は左右に震えていた。そしてチカチカと点滅する蛍光灯の明暗を目を閉じていても捕えていた。
手汗もべったりと噴き出してくる。
――どうしよう……もう後戻りできない……終点で降りておけばよかった……そもそも、麻美に言われたからってこんなことしなければよかった……
後悔は先に立たない。
俺はいくら後悔しても、電車は進行方向へ進んでいった。
そして、あの不気味な声のアナウンスが再び聞こえてくる。
「オマタセイタシマシタ…………シュウテン……アノヨエキ……アノヨエキデス…………」
ついてほしくない反面、早く済ませて帰りたかった。
――もう……やるしかない……
散々頭の中で反復したルールがまばらに散って行く。
――落ち着け……落ち着け……
深呼吸しようとするが、その冷たい空気に喉が絞まる。
まるで誰かに首を掴まれているかのようだ。
唾液が唾液腺からあふれ出てきて止まらない。
何度も何度も俺は唾液を飲み込んだ。
俺が必死に落ち着こうとしている中、電車はゆっくりと減速し、止まった。
「オデグチハ……ヒダリガワデス……メヲアケテ……オオリクダサイ………」
なかなか、目を開けられなかった。
恐怖に潰されそうになりながらうっすらと目を開けると、そこは街灯も立っていないような田舎の駅だった。
目を開いたら開いたで、今度は瞬きができない。
「はぁ……はぁ……」
俺は心臓の辺りを押さえながら、恐る恐る駅のホームに降りた。
電車の中の明かりがなければ、何も見えないようなさびれた駅だ。駄菓子屋のポスターが貼ってあるが、何やら泥のようなものがはねていて汚い。
俺はまず切符を持っているかどうか、ポケットを確認する。手の感触で、長方形の硬いものとあらかじめ分けていた666円の小銭があることが解った。
無人の改札の受け皿に、切符とその運賃を置く。
俺は何度も何度も666円があるかどうか確認した。
足りなかったらどうなるんだろうという恐怖でいっぱいだった。
5度数えて、きちんと切符と666円があることを確認し、俺は漸くその場を離れることができた。
――あれが……電話ボックス……
心許ない街灯の下、暗い電話ボックスが置いてあるのが目に入る。他には何もない。バスのロータリーもないし、タクシーも止まっていない。ただ、電話ボックスがあるだけだ。
それ以外は暗くて何も見えない。
俺は、恐る恐るその電話ボックスの扉に手をかけて開いた。
中には確かに、マッチの箱と、蝋燭、そして自分の全てが記されているらしい手帳が置いてあった。
入りたくなかったが、俺は息を恐怖で荒げながら中に入って扉を閉めた。
――まずは……マッチだ……
マッチの箱を手に取る。
何度も何度もつける練習をしたが、手が震えて上手く箱を開けることすらできなかった。
ゴクリ……
下唇を軽く噛む。
歯がガチガチと鳴らないためだ。
マッチは1本しかない。失敗できない。
俺はやっとのことでマッチを取り出して、マッチ箱の側面で何度かマッチを擦る。
真っ赤なマッチだ。
何度目かにマッチは燃え上がるように火をつけ、辺りを明るく照らした。
「っ……!!」
暗くて解らなかったが、電話ボックスには手形が沢山ついている。それを見た俺は固まった。
ゴクリ……ゴクリ……
唾液があふれ出てくる。
何度のみ込んでも唾液が出てくる。
それと反比例するように息はうまくできない。
そうこうしているうちにマッチの炎は俺の持っている指先の方へと移ってきた。
何も考えられない程の恐怖の中、無意識のように蝋燭にその火を持って行った。
「熱っ……!」
遂に俺の指のところまで火がきて、俺は反射的にマッチを落とした。蝋燭には火がともってゆらゆらと俺の影を後ろに照らしている。
痛みと同じ熱さを感じた俺は、恐怖の中でも身体は最低限の動きをした。
なにかの皮でできている手帳を手に取った。
『
――噂は本当だった……早く……読まないと……
ペリペリと表紙をめくると音がした。
黒い紙に赤い文字で何か記載してある。しかし、恐怖のあまりその文字が頭に入ってこない。
――大丈夫……大丈夫……頭に入ってこなくても……目で追って……一枚一枚めくって行けば大丈夫…………
『2002ネン トウサン ト カアサン ノ アイダ ニ ウマレル (01)』
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
手が震える。
息が乱れる。
ぺらり……
『2004ネン ヒラガナ ヨメル ヨウニ ナル (02)』
隣のページ。
『2008ネン ショウガッコウ ニュウガク トモダチ デキル (03)』
何度も息を深く吸いながら、俺は震えていた。
早く終わってほしい。
ぺらり……
『2009ネン マユチャン ニ バイキン ト イワレル (04)』
『2010ネン トウサン ト カアサン リコン スル (05)』
ぺらり……ぺらり……
少しずつ落ち着きを取り戻して冷静になってきた俺は、内容を理解するようになってきた。
確かに事実が記されているようだ。
指の火傷がヒリヒリしてくる。
『2014ネン チュウガッコウ ニュウガク (10)』
『2014ネン ロボット ノ コンテスト ミニイク (11)』
ぺらり……ぺらり……ぺらり……
『2018ネン ゴウウ サイガイ (16)』
『2018ネン カアサン タオレル (17)』
「…………」
ぺらり……
『2018ネン カアサン オミマイ ニ イク (18)』
『2018ネン バイト ハジメル (19)』
ぺらり……
『2018ネン カアサン タイイン (20)』
『2018ネン カアサン ナイショク ハジメル (21)』
恐怖とは別に、俺は心を描き毟られる気持ちになった。
母さんは離婚してからずっと働き詰めだった。俺が高校生の時に倒れて、それから学費を稼ぐために俺はバイトを始めた。
母さんも少し良くなって退院したが、前の職場はクビ。
具合の悪い母さんは、内職をするしかなかった。大した収入にもならない内職を、俺が家に帰るといつもしていた。
ぺらり……
『2018ネン カアサン ニ タンジョウビ イワッテモラウ (22)』
『2018ネン カアサン ニ くりすます ぷれぜんと カッテアゲル (23)』
……ぺらり…………
『2019ネン カアサン シヌ (24)』
俺は、得体のしれない手帳をギュッと強く掴んだ。
そうだ。
母さんは死んだ。
去年のことだ。
『2019ネン サケ ニ オボレル (25)』
ぺらり……ぺらり……
『2019ネン タチナオッテ ベンキョウ ガンバル (28)』
『2019ネン シボウ ノ コクリツ ダイガク ニュウシ (29)』
ぺらり……
『2020ネン コクリツ ダイガク ゴウカク (30)』
『2020ネン アサミチャン スキニナル (31)』
これが最近の話だ。
ここが現在の自分の記されている丁度手帳の真ん中の辺りのページ。
母さんが死んでから荒れていた時期もあったが、俺は立ち直った。勉強に励んで、母さんと約束した国立大学に入った。
ここからが俺の人生だ。
俺には夢がある。機械工学の分野で母さんのような難病の人間が助かる未来を築くこと。
それが俺の夢だ。
これからの未来のページにそれは書いてあるのだろうか。
ゴクリ……
また唾液が出てくる。
「はぁ……」
息をなんとか整えて、俺はその続きをめくった。心臓が口から飛び出そうなほど激しく脈打っている。
『2020ネン アサミチャン ニ エキ ノ ハナシ ヲ サレル (32)』
『2020ネン デンシャ ホントウ ニ アッタ ト キョウフスル (33)』
つい先ほどの出来事が克明に記されている。
やはりめくるのが怖い。
しかし、蝋燭も半分ほどまで来ている様だった。これが燃え尽きるまでに読み切らないといけない。
ぺらり……
『2020ネン ヒドク コウカイ スル (34)』
――え……?
そのページの言葉に俺は困惑する。
――なんだ? 酷く後悔する?
その後で俺はここに来たことを後悔したことが書いてあるのだと気づく。
――そうだよ……後悔してる……こんな怖いところ……
隣のページを見る。
『2020ネン ケイジバン ヲ 1092 カイ イチニチ ニ カクニン スル (35)』
――掲示板……? 確認する……?
何のことか解らずに、俺は次のページをめくる手を早めるが、焦っているとくっついているページは上手くひらけない。
……ぺらっ……ぺらっ……
焦り始める。
横目で何度も蝋燭の長さを確認してしまう。
――早く、やはく……!
やっとの思いで次のページを開く。
ぺらり……
『2020ネン ゲンチョウ ガ キコエ ハジメル (36)』
『2020ネン ゲンカク ガ ミエ ハジメル (37)』
――幻聴と幻覚……?
更にページをめくる手が早くなる。また文字の意味が頭に入ってこなくなり始める。
『2020ネン シッソウシャ キュウゾウ (38)』
『2020ネン トリシマリ ハジマル (39)』
ぺらり……
『2021ネン シッソウシャ サラニ フエル (40)』
『2022ネン ゼンセン キンキュウ フウサ (41)』
ぺらり……
『2022ネン デンワ ガ カカッテ クル (42)』
『2022ネン トリカエシ ツカナイ (43)』
これ以上激しく動いたら、心臓が破裂してしまうのではないかと言う程心臓が激しく脈打っていた。
アバラの隙間から破裂して飛び出てしまいそうだ。
それでも手を止めることは出来ない。
ぺらり……
『2023ネン テツドウガイシャ トウサン (44)』
『2023ネン アパート カラ キョウセイ タイキョ サセラレル (45)』
ぺらり……ぺらり……ぺらり……
『2026ネン ジンコウ カナリ ヘル (50)』
『2027ネン タベモノ ミツケル ノ タイヘン ダト オモウ (51)』
ぺらり……ぺらり……ぺらり……ぺらり……
『2027ネン ハジメテ ネコ タベル (58)』
『2027ネン キセイチュウ デ ゲキツウ (59)』
――なんだこれ……なんだこれ……なんだこれ……
嘘だ。
こんなの未来じゃない。
でたらめだ。
ありえない。
なんだこれ。
なんだこれ。
なんだこれ。
ぺらり……ぺらり……ぺらり……
『2027ネン モウ ニンゲン ジャ ナイ (64)』
『2027ネン ニンゲンガ ニンゲン ヲ タベル (65)』
最後のページをめくる手が止まる。
もう、ここまで来てしてしまったら最後は決まっている。
どうなるか、そんなこと、めくらなくても解る。
『2028ネン タベラレテ シヌ (66)』
俺は手帳を落とした。
克明に、鮮明に、はっきりと、淀みなく、直実に、『死ぬ』と書かれていた。
それも、全然俺の夢と関係ない方向に話が進んでいっている。
最早、何が起きたらそうなるのか解らないような世界になってしまっている。
途中、頭に入ってこないページも、ろくなことが書いてなかったように思う。
俺は落ち着くために蝋燭を見た。
人は火を見ると落ち着くこともあるそうだ。だが俺は全然冷静に慣れなかった。
しかし、蝋燭は燃え続けている。
まだ……まだ、あと数分は大丈夫だ。
――電話……電話しよう……
俺は、震える手で手帳をもう一度拾い上げ、どこのページにかけるかパニックになりながら考えた。
――そうだ、何かがおかしくなったこれだ……34番……何に酷く後悔したのか解れば、この未来も変えられるかもしれない……そうだ……未来を変える為にこの手帳があるんだ……
そう考えたが、俺は手が震えて上手くボタンを押せない。
――落ち着いて……落ち着いて落ち着いて落ち着いて……
受話器をとって、少し時間がかかった。
意を決して、ゆっくりと34番をダイヤルしようとしたとき、蝋燭が突然強く揺らめいた。
蝋燭を見る為に目を離したとき、手が震えていた勢いでどれかボタンを押してしまった。
――あっ……
更に焦って2番を続けて押してしまう。
プルルルルル……プルルルルル……
なんてことをしてしまったんだと蝋燭の炎を見ながら冷や汗が更にドット出てくる。
夏なのに寒いのに変な汗でべったりと服が肌に張り付いてくるのを感じる。まるで、外側から誰かが俺の身体を押しているかのようだった。
蝋燭をチラチラ見てるが、そう長くも持ちそうにない。
心許なく炎は揺れている。
プルルルルル……ブッ……
「もっ……もしもし!?」
俺が声を上ずらせて言うと、電話ボックス内に声が響いて尚更大きく聞こえた。
心臓発作で死んでしまいそうだ。
「もしもし? もしもし!?」
俺が半狂乱になりながら受話器に向かって相手の応答を呼びかける。すると、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「……――――し……いだ」
「え……? もしもし!? もっと大きな声で言って!!!」
気が動転してわけもわからず大きな声で俺は話す。
「俺は、お前だよ! どうなってんだよ!? 俺が未来を変えるからすぐに言え!!」
何番にかかっているのか解らないが、俺は必死に訴えた。
手帳も定まらない手元で必死にめくってヒントを得ようとする。
と……42ページが目に留まる。
――電話が……かかってくる……
これだ。
絶対にこれだ。
「おい、聞いてんのか!? 早く言え――――」
「……『おしまいだ』って言ってんだよ……」
「は…………?」
「手帳見てんだろ『取返しつかない』んだよ」
ブツッ…………ツー……ツー……
電話が切れた。
俺は、わけが解らなかったが、もう蝋燭が持たないことだけは解った。
ページの最後のボロボロの切符を剥がし、ポケットに乱暴にねじ込む。
手帳を放り投げるように置いて、急いで電話ボックスから出た。
一瞬だ。
蝋燭は消えていた。
一瞬遅かったら俺が出るよりも早く蝋燭は消えただろう。
「!!!」
俺は闇に急き立てられるように改札へ走った。
数メートルも離れてないのに、後ろに得体のしれないナニカの気配を感じて全身鳥肌が立った。生まれたての小鹿のように足元がおぼつかない。
力が入らない。
それでも懸命に俺は改札の中へと逃げ込んだ。
俺は電気がチカチカしてる電車の中に懸命に走り、たどり着き、椅子にもたれるように崩れ落ちた。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっ……!!」
プシュー……と扉が閉まる。
「…………オマタセイタシマシタ…………コノレッシャハ……アノヨエキハツ……コノヨエキイキデス……メヲトジテ……シバラクオマチクダサイ……」
不気味なアナウンスの通りに、俺は椅子に座ることもせず、膝を抱えてギューッと目を閉じた。
頭の中を色々なことが駆け巡ったが、俺は急激に眠くなってきた。
倒れるように俺は眠りに落ちた。
◆◆◆
大学のキャンパスの中の人のガヤガヤした声がやけに嬉しく感じる。
明るく日差しが差し込んでいることに、俺は心底安心した。
「へぇー、人口激減するんだー」
「…………あんなの、夢だよ」
まるで夢を見ていたようだ。
気が付いた俺は、車掌にゆすられて起きた。
「お客さん、終点ですよ」と。
それはいつもの知っている路線の終点の駅だった。
「夢じゃないよ」
「なんでそう言い切れるんだよ……」
麻美はまたタピオカミルクティーを飲んでいた。
実に楽しそうだ。
実に嬉しそうだった。
――そんなに俺がビビり散らした話が楽しいのかよ……
麻美はにっこりと笑って、俺の方を見た。
眩しいくらいの笑顔だった。
「私も、自分の手帳見たから」
「え……」
麻美もあの手帳を見たという、ただそれだけのことが俺の頭には入ってこなかった。
――じゃあ……なんで俺に行くように言った……? 人それぞれ感心が違うから……書いてあることが違うのか……? なら、どうして俺が話した人口が激減するという未来に同調できるんだ……?
「あの噂ね、続きがあるの」
「続きって……?」
まただ。
また嫌な汗がドッとふきだしてくる。
「自分が手帳を見た後、1日10人以上に広めないと、あの世駅から使者がきて、連れて行かれちゃうんだよ。でも、誰かが自分と同じように駅に行って、成功したらその人は解放されるの。話を聞いた人も、13日以内に実行しないとあの世駅に連れて行かれちゃうの」
「は……?」
「だーかーらー、私は勇平に教えて成功させたから、もう私はこの作業はおしまいってこと」
ガタン。
麻美は俺の前から立ち上がった。
「嘘……だろ……麻美――――」
「ていうかさ、気安く呼ばないでくれる? 私、あんたと何でもないから。気持ち悪い」
そういって麻美は立ち去った。
俺は唖然と、その残った現実と、あの手帳の未来が寸分狂わず実行されることをまざまざと理解する。
俺は酷く後悔した。
そう思ったときには、もう何もかもが取り返しがつかなかった。
おわり
この世駅 ― あの世駅 毒の徒華 @dokunoadabana
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