第4話 おじいさん 秀則の場合




気が付くと、見ず知らずの駅についていた。


「しまったなぁ……寝過ごしてしまったらしい」


腰が痛いのを気にしながら、わしは電車から外に出た。

外は何も見えない程真っ暗で、街灯も一本すら立っていない。


「おかしいなぁ……×××線に乗っていたはず……終着駅はこんな田舎じゃなかったと思うんだが……」


誰もいない虚空に向かって一人で話し続ける。


「改札で聞いてみるか」


よたよたとさびれた改札へを向かった。

改札はわしにとっては非常に懐かしいものだった。田舎暮らしをしていた若いときは、こんな駅を利用していた時期もあった。

田舎が嫌になって都会に移り住み、もう50年以上たつ。


「懐かしいなぁ……」


淵が錆びた掲示板に貼ってあるポスターは2020年とは思えない昭和、大正の香りがしてわしは思わず足を止める。


「おぉ、駄菓子屋! とんと見ないな……懐かしいなぁ……ネジネジチューブを買って昔食べたなぁ……」


昔を懐かしんでいると、やけにわしは寒く感じた。


「寒い寒い……なんだなんだ、今は夏だっていうのに……昔はこんな異常気象なんてなかったのに……時代の変化にはついていけないわ……」


また、わしはよたよたと歩き出す。

やっとの思いで改札につくと、わしはポケットに入っていた切符を取り出した。


「おぉーい! 誰かいないのか! ここはどこだ! いくら払えばいいんだ!」

「…………666エンニナリマス……」


暗闇に向かってそう言うと、姿は見えなかったが返事があった。

もごもご言っていてよく聞こえない声だったが、666円だということだけは解った。


「1000円札しかない」

「……334エン……オツリニナリマス……」


駅員らしきものが受け皿に334円置いて差し出してきた。

わしは1000円札と交換し、小銭をポケットに入れる。


「ここどこ? 何駅?」

「ココハ……アノヨエキ……」

「アノヨ駅? 聞いたことないな……電車はもうないのか? 帰りたいんだが……そうだ、666円、もう金がない……」

「…………アソコノ……デンワボックスノナカ……テチョウノサイゴ……キップガアリマス……テチョウヲゴカクニンクダサイ……」

「はぁ? 手帳? なんで?」

「テチョウヲ……イチマイ……イチマイ……ゴカクニンクダサイ……」


何を言っているのか解らなかったが、わしは帰るつてがなかった為に言われた通りに電話ボックスへとよたよたと歩いた。


「まいったなぁ……ここか……」


わしは電話ボックスに入った。

今でもわしはときどき電話ボックスを使う。遠くに暮らす孫と話をするときに使うのだ。

『ケータイ』や『スマホ』なるものは好かない。

わしは電話よりも手紙派であった。

それでも可愛い孫の声は手紙では解らない。

月に一度は電話ボックスを使う。しかし、最近街では電話ボックスを使う者は減って、街から姿をけしつつあった。


「悲しいのう……最近の若いもんは使い方すら解らんのではないか……?」


その電話ボックスはいつも使っているものとは違った。

中は暗く、これでは電話帳を開いたとしても読めないではないか。


「なんじゃ、蛍光灯が壊れとるのか……田舎も田舎で困ったもんだ……」


かろうじて見えるところに懐かしいパッケージのマッチと、短い蝋燭が置いてあった。


「マッチの使い方はプロだぞ? ほら」


ジャッ……と一本しか入っていなかったマッチを擦ってつけると、一気に燃え上がり電話ボックス内が明るくなった。

そして妙な手帳が置いてあった。


「これが手帳か……おっと、火をつけないとな……よいしょっと……」


わしは蝋燭に火をつけて明かりを確保した。

そして、少しだけ埃の被っている手帳を手に取ってみる。


「何の皮だ? 肌触りが良い」


表紙には『土井どい 秀則ひでのり』と書かれているようだ。

かろうじて読める。


「わしの名前? こんなもの、持っていたか? ……ちょっと見てみるか……」


表紙をめくる。

そこには黒い紙に赤い小さい文字で何かが書いてあった。

しかし、老眼鏡を持っていなかったわしはその文字がぼやけて見えなかった。


「なんだこれ……何か書いてあるのはわかるが……みえないな……」


その手帳はパラパラとめくることができない。

なにか糊のようなものでページとページがうっすらとくっついている。


「んん……まぁいいわ。切符はどこだどこだ……っと」


一枚一枚めくって行くのが面倒になったわしは、最後のページを剥がして見てみた。

そこには切符はなかった。

しかし、わしの老眼にもはっきりと読めるような文字が書かれていた。


「ルー……ルを……守って……いただ……け……ない……お……客様は…………ん? 途中から読めないな……」


何やらインクが染みてきているような気がした。ぼやけていて見えない。

わしはそれ以上手帳を見ていても仕方がないと判断し、手帳を閉じて電話ボックスから出ることにした。

蝋燭はまだ随分残っているが、わしは燃え移ったら危ないと考えて火を消した。

電話ボックスの扉を引いて、出る。


「今日は冷えるなぁ」


そしてよたよたと改札から駅員室に向かって再び大声を出す。


「おーい! 切符なかったぞぉ!」


暗闇からなにかがゴソゴソと動いた。


「……オキャクサマ……るーるヲ……マモッテイタダカナイト……」

「ルール? そんなことよりもわしは帰りたいんだ。タクシーを呼んでくれないか」

「…………ダイジョウブデス……オキャクサマ……モウ……テハイシテアリマス……」

「おぉ、そうか。ありが――――」


ガンッ!!


足を何かに掴まれ、わしは転倒した衝撃で後頭部を強く打った。


「っつう……」


そのままズルズルと駅のホームの方へ引きずられて行く。


ズルズル……ズルズル……


頭を打って一瞬朦朧としたが、わしはすぐに助けを求めた。


「おい! なんだ!? 助けてくれ!! 誰かに引っ張られている!!!」


駅員は姿を見せない。

わしは更に駅の線路側までズルズルと引きずられて行った。抵抗しようにも腰と、それから打った頭が痛い。もしかしたら骨がどこか折れているのかもしれない。


プァアッ……


駅のホームに電車がやってくる音が聞こえた。

わしがそっちを見ると、ぼんやりと遠くから電車のライトがこちら側を照らしている。ここが終点だというのに、物凄い速さだ。

もうわしはホームの黄色い線のギリギリまで引きずられていた。


「放せ! やめろ!!」


その声も虚しく暗闇へ吸い込まれて行く。

そして足首が線路側へと出た。

電車はもうすぐそこまで来ている。


「はぁっ……はぁっ……!」


足をばたつかせるたびに腰が痛むが、そう言っている場合ではない。


「助けてくれぇええええええええっ!!!」


ドンッ!!!!


ビシャッ……!


……ポタ……ポタ……ポタッ……


わしは電車に轢かれる一瞬だけが解った。

その後は何も解らない。




………………気づいたら駅のホームの古ぼけたベンチにいた。

今にも壊れてしまいそうなベンチだ。


――あれ……今……轢かれたような……


不思議と腰の痛みもない。

打ち付けた後頭部に触れようと腕を動かそうとしたとき、その違和感に気づいた。


腕がない。


――!?


それどころか、脚もない。

頭もない。

身体もない。

当然声も出せない。

しかし、ベンチにいるということだけは解る。


「オキャクサマ……ジャ……ナクナリマシタネ…………るーるヲマモッテイタダケナイカタハ……エイエンニ……『ココ』デ……ハタライテモライマス…………」


わしはそうして『あの世駅』の一員となった。

駄菓子屋のポスターにはわしの血がついてる。


中の兎のキャラクターは笑っていた。



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