第10話 幕間

 風かおる並木道を、自転車で颯爽さっそうと走り抜ける。

 

 ヒグラシのカナカナカナ、という甲高い鳴き声が周囲に響き渡り、カエデの枝の先には赤とんぼが止まっている。世界が秋色に染まり始め、季節が夏から移り変わろうとしている。


 並木道を抜けると、目的の建物が見えてきた。グレーの立方体を多数組み合わせたような外観のそれは、県立の自然博物館である。



 ここに来るのはいつぶりだろう……



 立ち漕ぎで駐輪所まで向かい、自転車をとめる。


 まだまだ残暑は厳しく、自転車を漕いだ体はすっかり汗ばんでいた。ハンディファンで服の中に風を送りこんでみる。うん、少しはましになった。


 デオドラントシートで念入りに汗を拭きとった後、博物館の中へと向かう。今日はここで良子と待ち合わせをしているのだ。



 いつもなら家族連れやイン○タ映えを狙う女子で賑わっているはずの博物館だけれど、珍しく今日は閑散としていた。この博物館は週末や連休ともなると、県内外から大勢の人が押し寄せ、入場制限がかかる程の人気スポットらしいのだが。


 ここ最近はしばらく訪れていなかったけれど、私は学校の課外授業で何度もこの場所を訪れていた。SNSを通じて今でも情報だけは仕入れている。


 受付で入館料を支払い、中に入る。エントランスを抜けると、巨大なマンモスのレプリカが出迎えてくれた。


 ここでも人影はまばらで、ひげをたくわえたロマンスグレーの紳士と、小学生ぐらいの男の子しかいなかった。男の子は熱心にマンモスを観察していて、ときおりメモのようなものをとっていたけれど、やがて現れた母親に引きずられるようにして連行されていった。

 

 さらに奥に進むと、宇宙の歴史を展示した部屋がある。部屋の中には太陽系を模した装置があって、スイッチを押すと太陽系の特徴などを説明してくれる。私は「月」と書かれたボタンを押してみた。


「月は、太陽系で5番目に大きい衛星で、地球唯一の衛星でもあります。地球から見える天体の中では太陽の次に明るく───」


 ナレーションを聞きながら、ひとり月に思いをせてみる。幼い頃から身近な存在だったけれど、驚く程私は月について何も知らない。


 太陰暦や、月をモチーフにした創作物などが多数存在することを考えても、月は昔の人達にとって重要な存在だったはず。それが今では、現代人は月のことを夜に浮かぶ間接照明ぐらいにしか思っていない。



 全ては、代表者会議コンベンションで明らかになるんだろうか……


 

 気が付くと、ナレーションは終わっていた。私は次の展示室へと向かう。



 その後次々に展示室を覗いてみても、良子は見つからない。


 何だかワクワクしてきた、私はかくれんぼが得意なのだ。



 童心に帰り、しばらくかくれんぼの鬼を演じていると、ようやく良子を見つけた。良子も私を見つけ、軽く手を振る。良子の隣には恰幅かっぷくの良い女性がいて、私を見ると懐かしそうに目を細めた。


「瑠那ちゃん、なつかしいわね。何年振りかしら」


「おひさしぶりです麻奈美さん。良子はいつぶりなの?」


「私はしょっちゅうに来てるから」


 そう言って良子が財布から取り出したのは、博物館の年間パスポートだった。ディズ○ーランドではなく博物館の年パスを所持しているのはうちの学校でも良子ぐらいではないだろうか。


「良子ちゃんは私が博物館の管理をするようになってから、毎週のように来てくれるのよ、ウフフフ。今では自分の娘みたいに思っているわ」


 この人の良さそうな中年女性は、町の職員であり、良子の父親の元同僚でもある。どうやら話を聞いてみると、現在は生涯学習課に配属され、学芸員の資格を生かして博物館の管理をしているらしい。

 


 ───何だろう……この感じ……



 三人で話しをしているうちに、強烈な違和感が脳をかすめた。


 気のせいだろうか、麻奈美さんから受ける印象が、以前とは少し違うような気がする。この感じ……つい最近どこかで……


 私はトイレに行くと言って、良子達から離れた。歩きながらも私の思考は先程の違和感に支配されている。



 私の勘違いじゃなければ、麻奈美さんは……



「すみません」


 急に後ろから声を掛けられ、ドキリとする。

 

 振り返ると、マンモスのレプリカを見ていた紳士がそこに立っていた。


「あの……何か?」


「失礼ですが、本上瑠那さんではないでしょうか」


 私がおそるおそるうなずくと、紳士は白い歯を見せて笑った。


「初めまして、私は騎士ナイトの草薙と申します。以後お見知り置きを」


 草薙と名乗る紳士はうやうやしくお辞儀をして見せた。

 

「あなたが代表者会議コンベンションでどんな発言をするのか、私も楽しみにしています」

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