第7話 会敵①

 月光浴とは、その言葉が示すとおり、全身で月の光を浴びることである。


 昔から月の光には神秘的な効果があると信じられ、あの美人の代名詞であるクレオパトラも、美容の為に月光浴をたしなんでいたらしい。入浴後に薬草と香油を全身に塗り、月の光を浴びるのだ。



 ファミレスで食事をした翌日、私は美守理と共に夜の公園で月光浴をしていた。クレオパトラのように薬草や香油を塗ったりはしないけれど、こうして月の光を浴びているだけで細胞が活性化していくような気がする。


「そう、できるだけリラックスして、深呼吸。月の光を全身で吸収するように意識するの」


 美守理がチーズハットグをかじりながらアドバイスしてくる。


「隣でそんなカロリーの高いもの食べられたら、集中できないんですけど」

「あなたの言うとおりね。公園の目と鼻の先に、あんなホットスナックの充実したお店があるなんて……まったく罪深いコンビニだわ」

「私はコンビニじゃなくて美守理に抗議してるんだけど」


 美守理は私の言葉など意に介さず、チーズハットグを堪能たんのうしつくした。こってりとした味がくせになるらしく、食べ終わった後の串を名残惜しそうに見つめている。 


 美守理の体は細くしなやかで、肌は色白できめ細かい。カロリーを気にせず好きなものを食べるくせに、同性も見とれるようなプロポーションをよく維持できるものだ。ダイエットに失敗続きの自分と比べると、何だか腹が立ってくる。

 美容と月の光の因果関係は不明だけど、ぜひ私もその恩恵にあずかりたいものだ。


「焦る必要はないわ。こうして月の光を浴び続けていれば、あなたの中にあるが、少しずつ目覚めていくはず」


 美守理が髪をかき上げながらそう言った。神だけに、ってか。



 その後も月光浴を続けていると、酒に酔った集団が公園に入ってきて、急に園内が騒がしくなった。


からまれるのも面倒だわ。少し休憩しましょう」


 美守理がそう言い、チーズハットグの串を自分の後方へと投げる。串は放物線を描き、見事にゴミ箱へと放りこまれた。



 ───さっきまでいた場所を離れ、私達は遊具の設置してあるエリアまで移動してきた。どうやらコンビニに買い出しに行っていた連中が合流したらしく、酔っ払い達のどんちゃん騒ぎはさらに賑やかさを増している。公園の入口付近で酒盛りでもしているらしい。


「ああもう!警察にでも通報して追い払ってもらおうかな」

「やめておいたほうがいいわね」

「何でよ」

「そんなことをすれば、夜中に出歩いている私達も補導ほどうされるかもしれないわ」


 たしかに。私はどう見ても未成年だし、美守理にいたっては学校の制服である。


 ふと、疑問に思った。


「そういえば、どうして今日は怪異がおきないんだろう」


 私の脳裏に、あの禍々まがまがしい体験がよみがえる。


 美守理は品定めするように私を見つめ、ゆっくりと息を吐きだした。


を起こしたのは、私よ」

「え、美守理が?それって……」

「正確には、巫女である私の体をしろに、神の力が顕現けんげんされたと言えるわね」

「よくわからないんだけど……それって、何の必要があってそんなことしたの?」


 美守理が欧米人のように肩をすくめる。


「まあはっきり言って、あなたを信じこませる為のパフォーマンスよね。私は巫女として、あなたに調整者コーディネーターとしての役割と自覚を植え付ける必要があるのだけれど、記憶が不完全なあなたにそんなこと伝えてもほら、頭のおかしいやつとしか思われないじゃない」


 私は唖然あぜんとした。ようするに、通過儀礼セレモニーみたいなものだとでもいいたいのだろうか。

 

「そんなことのために、わざわざあんな大掛かりなことを……?」

「結果的には大成功だったんだからいいじゃない。瑠那だって、神月……美守理……!とか言ってノリノリだったし」


 ム、ムカつくこいつ……今すぐこいつを黙らせたい。こぶしで。


「ちょっとあんたねえ……」


 殴る真似をしようとした私に対して、美守理が静かにするようジェスチャーした。


 何事かと思って耳をすませると、酔っ払い達が酒盛りしている辺りから怒号のようなものが聞こえてきた。あきらかに様子がおかしい。まるで、多くの人間がいり乱れて喧嘩けんかしているかのようだ。


「美守理……」


 喧騒けんそうとは対照的に、美守理はいだかのように静かに成り行きを見守っていた。


 

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