第一幕 

第5話 宣告

 昼下がりのファミレスの店内は、様々な客層でごった返している。


 受付表に名前と人数を記入し、待合スペースに腰掛けた。周りを見渡してみても、待ち人が来ている様子はない。

 

 何でファミレスなのよ……


 某イタリアンレストランチェーン店を待ち合わせ場所に指定したのは、である。その当人が待ち合わせ時刻を過ぎても姿を見せないのはどういうことだろう。こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった……



 自分の役割を演じなさい────



 あの満月の夜、神月美守理は多くを語らなかった。


 答えはすでに私の中にあるとでもいうかのように、その神秘的な眼差しを向けるだけで、待ち合わせの場所と時間だけを告げた後彼女は去ってしまった。


 そしてそれが合図だったかのように、町から怪異は消えさった。


 家に帰ると目を覚ました良子が心配そうに私の帰りを待ちわびていた。良子の顔を見た途端、それまでの緊張の糸が切れて涙があふれて止まらなくなった。そんな私を、良子はただ黙って抱きしめてくれた。


 それから数日が経ったけれど、記憶は、脳内にガラクタのように横たわったままだ。まだ機能する為に必要な要素がそろっていないのかもしれない。


 何か手掛かりがないかと、私なりに今までの情報を整理してみようとしたけれど、努力の甲斐もなく、ピンボケしているかのように全てが不鮮明なまま、今日の日を迎えることになった。



 真実を知るには神月美守理の協力が不可欠ね……



 ようするに、今日は記憶の答え合わせというわけだ。神月美守理が教師のように、私の回答を赤ペンで添削している姿が頭に浮かぶ。



 そうこうしているうちに私の順番がきたようで、名前を呼ばれた。


「2名様ご案内しまーす」という店員の声を不審に思い、振り返るといつの間にか神月美守理が目の前にいて、飛び上がりそうになった。


「ちょっと、あんたいつの間に来たの⁉」

「さっきからいたわ」

「さっきって、いつよ!」


 神月美守理はさっさと席に座り、無表情でメニューを選び始めた。


「あなたが、この店に入っていくときから」

「何で声を掛けなかったのよ」

「私には、あなたを観察する必要があるから」

「えーその……神月さん?」

「美守理でいいわ」

「じゃあ美守理さん。その、観察する理由というのは何なの?」


 私の問いかけを無視して、美守理はドリンクバーを二人分注文した。その後もメニューを物色している。


「私は、ミラノ風ドリアにするわ」

「じゃあ私はペペロンチーノで……じゃなくて、何で私を観察する必要があるのよ」


 そのとき、唐突に美守理が立ち上がって席を離れた。


 何事かと思いきや、彼女の姿はドリンクバーのコーナーへと吸い込まれていった。果たしてまともにコミュニケーションをとる気があるのだろうか。


 美守理が満足そうに、コーラがなみなみと注がれたコップを手にして戻ってくる。私は嘆息し、ドリンクバーへと向かった。



 「───意味のない質問はドリアの熱を奪うだけだわ。あなたが今一番知りたいことだけを聞いて」


 美守理が運ばれてきたドリアを見つめたままそう言った。



 私が一番知りたい事……


 今までの疑問を包括ほうかつしつつ、核心をつくような質問は……



「美守理さん……いや、美守理」


 美守理の視線がドリアから私に移る。


「あなた私に言ったよね、役割を演じろって。あなたの役割は、いったい何?」


 美守理が手つかずのドリアをこちらに寄こし、スプーンですくうようなジェスチャーをした。どうやら私に食べろと言っているらしい。


 私はドリアをスプーンですくい、口に含んだ。果たしてどういう意味が込められているのかはわからないけれど、美守理は納得したようにうなずいた。


「私の役割は、神の言葉を代弁する巫女よ」


予想外の言葉にほうける私に、美守理はさらにとんでもない事を告げた。


「本上瑠那、このままでは戦争が起きるわ」



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