第4話 邂逅

 ───熱い……



 耐え難い熱さと喉の渇きで目が覚めた。



 何これ……水……そうだ冷蔵庫の中に……



 ドアノブにしがみつくようにして部屋を出る。


 さっきから謎の倦怠感けんたいかんが呪いのように体にまとわりついている。それでもゾンビのようにふらつきながら、何とか冷蔵庫まで辿たどり着くことができた。


 衝動のままに中から1.5ℓ入りのペットボトルを取り出し、一気に飲み干した。


 一本飲んだだけではとても足りなく、二本目へと手を伸ばす。口からこぼれ落ちるのも気にせずに、むさぼるように飲み干していく。



 ───異常な喉の渇きのせいで、それ以外のことはまったく意識の外へと追いやられていたけれど、気管に入って激しくむせたことでようやく我にかえった。



 静かすぎる・・・



 この静寂こそが異変の前兆であることに、今さらながら気づいた。また今夜、訳のわからないことに巻き込まれようとしているんじゃないだろうか……


 急に見慣れたはずの我が家が、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする魔界に見えてくる。


 もし……あくまでももしの話だけれど、魔界の住人にでも見つかったら、私を招かれざる客と見なして排除しようとするのでは……まるで図らずも人間の体に侵入してしまった、無害なウイルスのような気持ちだ。


 自分の想像にギクリとして、身を強張こわばらせた。まさに今の状況からしたら、にとって私は異物そのものじゃないか。


 ふと壁掛け時計を見ると、秒針が忙しく時を刻んでいた。どうやら世界が静止してしまったわけではないらしい。時計の針は12時30分を指している。


 けれど、やはり深夜という時間帯であることを考慮しても、この静けさは異常すぎではないだろうか。神経が全力で警戒をうながしはじめる。



 そうだ…良子!



 慌てて部屋に戻ると、良子は行儀よく布団で静かに寝息を立てていた。


 しかし、いくら揺さぶってみても反応がない。まるで全ての感覚が消失してしまったみたいだ。耳元で大声を出そうが、体中をくすぐり回そうが、泥人形のように沈黙を保っている。



 今こそ良子のオカルトの知識が必要な時なのに……いっそのこと、このまま何も見なかったふりをして二度寝してみようか……いや、さすがにそれはリスクが高すぎる。とにかく、どうにかして異常の原因を探らないと。思い当たることといえば……


 窓を開き、月を見つめる。


 一瞬、突き刺すような痛みが頭の中で弾けたけれど、気を何とか保つ。


 そしてさらなる異変に気付く。外から虫の音一つしない……


 私は危険を承知で、外に出てみることにした。



 耐性ができてきているのか、今は月を見ても体調に変化はない。それどころかむしろ思考が冴えわたっていくのを感じる。


 まるで、体の底に眠る記憶の根源を揺さぶられているみたいだ。


 今にも何かを思い出しそう……というより、本来の自分へと戻っていくような感覚……



 どれだけ息を切らせて走り回ってみても、誰とも遭遇しなかった。


 大声で呼びかければ誰か反応する人がいるかもしれないけれど、どうしても身にしみ込んだ常識が邪魔をする。スマホを確認してみても、圏外と表示されていて通話はできそうにない。



 ───普段の運動不足がたたって、ついに一歩も動けなくなってしまった……座り込みたいのを我慢して、中腰で呼吸を整える。



 そうだ……私は……


 見上げると、頭上で巨大な月が鈍色にびいろに輝いていた。あまりにも大きいので、今にも落ちてきそうに錯覚する。


 私は……月の……


 突然、パズルのピースのように、散らばっていた記憶がスルスルとはまっていくのを感じた。


 記憶のピースはところどころがちくはぐで、整合性に欠くような部分もあったりするけれど、作り手は大雑把な性格らしく、無理やりに押し込まれていく。そのせいで、最終的に完成したのはパッチワークを思わせる、ツギハギだらけの不良品だった。


 けれど、今はこれでいい……まさにこれこそが、私が求めてきた解答そのものだから。


 顔を上げると、五メートル程先に、忽然こつぜんと人影があらわれた。


 いまさら驚くようなことではない。。それが偶然ではなく、必然だということを。


本上瑠那ほんじょうるな


人影が実体をともない、私と同年代ぐらいの少女が現れた。


「自分の役割を演じなさい」


 ───その言葉に対する返答は、すでに用意されている。きっと、私が想像するよりもずっと以前、遥か太古の昔から……


私は震えるくちびるで、その名を呼んだ。


「神月……美守理……!」

 



       ルナ&ムーン  

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