第3話 莫逆

 良子が私の家を訪れるのは、何年ぶりのことだろう。


 昔はお互いの家を毎日のように行き来したけれど、とある事件があって以降その回数はめっきりと減ってしまった。


 今思えば良子がオカルトに傾倒けいとうするようになったのは、その事件が影響しているのかもしれない……


 普段オカ研の部長として曲者ぞろいの部員を取りまとめながら、成績は常に学年上位をキープする努力家。そんな良子の一番の親友を名乗れるのは、私にとってとても誇らしいことだ。


 正直、今夜自分の身に起きるかもしれない怪奇現象のことを考えるとすでにげんなりしているけれど、もし親友として良子にオカ研の広報に使えるようなネタを提供してあげられたら───



 そんなことを考えられる余裕が、まだこのときの私には残っていた。



 私の予想通り、母は良子を一目見るなり喜んで家に招き入れた。


 ちょうど夕飯時ということもあるので、積もる話もそこそこに、私と良子は母の夕飯作りを手伝う事にした。


 料理が完成し、帰宅した父とゲームに飽きた弟を交えて5人でテーブルを囲む。


 父と母はいつもより口数が多く、逆に弟は少なかった。生意気にも11歳のくせに良子を異性として意識しているらしい。良子が調理を担当したポテトサラダは、ほとんど弟が食べてしまった。


 少しリビングでテレビを見ながら食休みした後、良子と二人でお風呂に入ることにした。


「あんたも一緒に入る?」と弟をからかうと「っざぁけんなしっっっ!」と荒々しく階段を駆け上っていってしまった。



「───すっかりご馳走になってしまった。やっぱり、家族団らんはいいものだね」



 交代で髪を洗っているときに、良子が何気なくつぶやいた。良子はショートヘアなので、自分の髪とくらべるとすこぶる洗いやすい。


 私は気の利いた言葉をすぐには思いつけず、黙ってシャンプーの泡を洗い流した。何も身にまとっていない良子の華奢きゃしゃな背中は、いつもよりはかなく消えてしまいそうに見える。


 良子の父親は、まだ良子が幼い頃に行方不明になった。


 当初、警察の見解は何らかの事故か事件に巻き込まれた可能性があるとのものだったけれど、三日ほど経つと捜査方針を一転させた。事件性は薄いとの見解を示して捜索を縮小、一週間後には捜索は打ち切られたらしい。


 噂では、警察上層部で何か動きがあったらしいけれど、関係者でもない一般人が真相を知るのは難しいだろう。


 警察による捜索打ち切り後も、あきらめきれない良子の親族一同と地元の消防団が懸命に捜索したにもかかわらず、無念なことに手掛かり一つ見つけることができなかったという。


 残された良子と母親は、駆け落ちだの痴情のもつれだのと、世間からの心無いバッシングに耐えながら、父親が帰ってくるのを待っていた。けれど、行方不明から約8年後、良子の母はついに失踪届を提出した……



 そのことが良子と母親の仲をギクシャクさせていることを、私は知っている。


 良子はまだ父親が生きていると信じているから。



 ───お風呂上りに夜風にあたろうと窓を開けると、煌々こうこうと輝く月が目に飛び込んできた。どうやら今日は満月らしい。


 いつもよりも大きく見えるその姿は、やや威圧的ではあるけれど、昨夜のような体調の変化は感じない。


 良子は布団に寝転がって、スマホをいじっている。隣に移動して覗いてみると、YouTubeでナショナルジオグラフィックを視聴していた。


「今日泊まるってこと、お母さんは何か言ってた?」

「特に何も。どうせこれ幸いと男のところにでも行くんだろうよ」


 良子の目は、スマホにくぎ付けのままだ。


「今日は良子が来てくれて、私の家族みんな喜んでたよ。一番喜んでたのは弟かもね。あいつ最近反抗期なのか、素直じゃないからわかりにくいけど」


 良子がスマホを置き、私を見る。


「私、良子が親友で本当に良かったと思う。良子……いつでも泊まりに来ていいんだからね」


 私も良子を見つめ返す。良子の目の奥の方で本音が見え隠れしている。


「……母さんの気持ちだって、理解しているつもりなんだ。思い出だけでは腹は膨れないしね」


良子が吐き出すように言った。


「ただ、やっぱりそう簡単に割り切れるものじゃないよ。全て忘れて、前だけを見て生きようと思った時期もあった。だけど、家の電話が鳴るたびに期待している自分がいるんだ。懐かしいあの声が、また聞けるんじゃないかって……」


 私は良子を抱きしめ、その後はひたすら聞き役に徹した。良子が思わずもらした本音は、私の胸の奥に染み込んでいき、マグマのように煮えたぎらせる。


 私はどこにもいかない……ずっと良子のそばにいるよ……


 何度も心の中でそう繰り返した。まるで、強く願えばそれが現実になるとでもいうかのように、無垢むくに信じながら……


 それからしばらく私達は語り合い、疲れて目を閉じると、次第に意識が遠くなっていった。



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