第2話 神託

「何か悩みでもあるの?」


オカルト研究部部長であり、親友でもある沢田良子は私を一目見るなりそう言った。


「私、そんなにひどい顔してる?」

「そりゃあもう…ねえ」


 そう言うと、良子は再び中断していた作業へと戻った。パソコンでオカ研のブログ記事でも編集しているようだ。


 そのまま良子は作業に没頭しはじめた。どうやら私から話しだすのを待っているらしい。彼女なりの気遣いというやつなのだろう。


 昨夜の出来事を話すことを、私は僅かにためらった。


 あまりにも荒唐無稽こうとうむけいというか、馬鹿げているというか、正気を疑われかねないと思ったからだ。


 だけど、結局は話すことにした。超常現象に関することで良子以上の知識を持つ人物を、私は知らなかったのだ。



 「───興味深いね」


 良子があごに手を添えながらそう言った。思いがけず飛び込んできたご馳走(あるいは珍味?)を、じっくり味わっているかのようだ。


「昨夜のことは、どこまで覚えているの?」

「かなり曖昧かな……私にとって、すごい重要なことのはずなのに、なぜか断片的だんぺんてきにしか覚えていないの」

「神月美守理という名前に心あたりは?」

「ないかな。けど、まったくの他人という気はしないの。思い出せないだけで、どこかで接点があったのかも」

「ふむ」


 良子がパソコンに神月美守理と打ち込む。100万件を超える検索結果が表示されたが、該当がいとうしそうな人物は見つからなかった。


「はっきり言って、情報不足だね。今できることは、わかっている情報をまとめることぐらいかな」

「それで、私の親友はどんな助言をしてくれるの?」

「そうだね……」


 良子がパソコンから離れてこちらを向く。


「まず、昨日のことは全て夢だったと仮定しよう」

「ちょっと」

「まあ、聞いてよ」


 そう言って良子が語ったのは、心理学的なアプローチによる解釈だった。


 フロイトの夢判断とやらを例に、いろいろと分析してくれたけれど、いまいちしっくりこない。


 昨日私が体験したことは、あまりにも現実離れしすぎている気がする……


「さて、ここからはオカ研部長としての見解だ」


 良子はそう前置きすると、本棚からいくつかの資料を取り出した。


 表紙は幾何学模様きかがくもようと共に、予言や呪いといった言葉が不気味なフォントで装飾されていて、いかにもオカ研にふさわしい感じの書物だ。



「───というわけで、あえて事例をあげるなら、神がかりやお告げ、神託と言われるものが近いかもね」



 良子が専門的な用語などをわかりやすく、丁寧に説明してくれたおかげで、予備知識のない私でもすんなりと理解することができた。


 正直、今までオカルトなんてものはただうさんくさいものというイメージしかなかったけれど、漠然ばくぜんとしていた不安が形をともなっただけで、だいぶ心理的に楽になった気がする。


 昔から、人類が理解の範疇はんちゅうを超えた事象に対して、神や悪魔のわざによるものと恐れて信仰していたというのは、確かに理にかなったものだったのかもしれない。


「ありがとう良子。ところで、神託というからには神様が関係しているってことだよね?」

「昔から日本には八百万やおよろずの神がいるっていうし、世界中で様々な神話が語り継がれているからね。太陽や月を神格化したものだったり───」


 月……


「あっ、そういえば私が気を失ったのは月を見たのが原因だった気がする」

「月を……?ますます興味深いね。今度ぜひ密着取材させてよ」

「いいよ。何なら今日泊まりにきなよ。私もそのほうが心強いしさ、お母さんも喜ぶから」



 今のところ月と私の身に起きたことの関係は不明だけれど、自分なりに考えをまとめることができた気がする。



「ありがとう良子。ところで、他の部員が見当たらないんだけど」

「定期報告会以外はこんなものだよ。うちはフィールドワーク重視なもんで」


 再び作業に集中し始めた良子に軽く頭を下げ、私はオカ研の部室を後にした。




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