女神降臨

宇佐美真里

女神降臨

一席お付き合いのホド、願い申し上げます。


えぇ~。「また、夢になるとイケねぇ」と云うのは、古典落語『芝浜』の有名なサゲのひと言でございます。酒呑みダメ亭主が、女房の愛と機転によって身を持ち直す『人情噺』。まぁ、詳しくは動画を探すなり、実際に寄席に足を運んでみると宜しいでしょう。


酒の上での"しくじり"と云うのは人によって色々でございますが、私もネ…散々ヤラかしてきましたヨ…嫌ってホドね…。反省するが、それでもまた繰り返しちまう…。




或るトコロに伸太(シンタ)という堅物のオトコがおりました。堅過ぎる真面目オトコ。クソ真面目なオトコなンで、勤め先が銀行っていうのも、一円でも合わないと気が済まない彼にとっては,これまたピッタリ。天職か?ってな具合です。仕事終わりに同僚が「ちょっと一杯行かねぇか?」なンて誘っても堅物な伸太…首を横に振り、呑みに行くコトはほとんどない。


それでも同僚の脛次(スネジ)と剛夫(タケオ)が懲りずに伸太を誘うワケですが…。


脛次「伸太よぉ…。たまにはオレらに付き合えヨ…」

伸太「いや、行かねぇ…。明日はまた朝が早いンだ…」

剛夫「明日の会議の資料なンてモンは早々に出来上がってるンだろう?一軒だけでも付き合えヨ…。毎回毎回断るって話しもないだろう…」

伸太「いや、行かねぇ…。明日の資料は出来ちゃあいるが、明後日の資料がまだだ…」


そんな具合にいつも断るばかり。

帰って何をしてるかっつうと…、まぁ、大したコトをしているワケでもございません。部屋に籠ってパソコンの前でずっと動画なんぞを見ていたり。女嫌いっつうワケでもないンです…。"そっち系"の動画なンてのも見ていたりするワケで。興味がないってワケではない。まぁ、ムッツリしているワケですな…。


脛次「今日という今日は、伸太の野郎も連れて行くぞ!」

剛夫「っつうとナニか良い作戦があるのかい?ヤツは相当しぶといぞ?」


もはや、ただただムキになっている感も否めませんが、とにかく二人は伸太を誘おうと…。


脛次「いやね…。アイツの弱点を見つけたンだヨ…偶然に」

剛夫「弱点?一体それはナンなンだい?」

脛次「ヤツのスマホの背景画像がナンだか知ってるかい?」

剛夫「知らないネ…。悪いが興味もない…」

脛次「まぁ、そう言うなって…。オレだって然程興味があるワケでもない」

剛夫「で、ソイツがどうした?」

脛次「伸太のスマホ画面は、あのスーパーアイドル『星野純玲(スミレ)』様さ!」

剛夫「それがどうした?そんなヤツは沢山居るだろう?」

脛次「そうだろう?だが、純玲そっくりさんとお酒が呑めるって話ならどうだ?」

剛夫「そりゃあ行かない手はないが………」

脛次「だろう?そんな店を知ってるとしたら???」

剛夫「それならオレが行きたいわ!」

脛次「もちろん、オレも行きたいわ。で、そんな店ならヤツも?」

剛夫「来るだろうな…。好きなら行かないワケがない」

脛次「で、オレは知っている…そんな店を」

剛夫「マジか?!」


っつうワケで、贔屓のアイドルそっくりさんを"餌"に伸太に声を掛ける二人。

伸太にとって"星野純玲"様は"神"のような存在。"神"を間近に拝めるとしたならば?そりゃあ手を合わせないワケがない…。最初は固辞しておりましたが、やはり誘惑には負け…、"渋々"を装って二人について行くコトに。


伸太「そっくりさんって云ったってそんなに似ているワケがない…」

剛夫「いや、百聞は一見に如かず…って言うくらいだからな…」

脛次「似ていなきゃ、スグに帰ってくればいい」


さぁ、店先に到着した三人。入口の扉を開く脛次。覚悟の決まらぬ伸太の背を押す剛夫。


「「「いらっしゃ~いませ~っ♪」」


黄色い声のお出迎え。

それほど大きくもない店内。薄暗い照明ながら、笑顔のオンナのコたちが目に入る。


剛夫「おっ?!あのコ、"伊東翼"に似てるぞ?!可愛いっ!」

伸太「"伊東翼"を知ってるなンて、かなりマニアックな…」


そう言う伸太自身も、それを指摘する辺り…充分マニアックだ。


脛次「アッチには"丸井マリ"そっくりさんが?!」



「いらっしゃい♪三名様ですネ♪コチラにどうぞ♪」


お迎えの一人が脛次の腕に絡みつく。


脛次「あれ?君、同僚の"静香"ってコに似てるヨ…」

静香「よく言われますぅ~♪」

剛夫「ンなワケないだろ…有名人でもあるまいし…ただの同僚だって!」

静香「テヘ♪」


肩を竦め小さく舌を出す仕草に、剛夫もメロメロ。

伸太と云えば…指定されたテーブルへと引きずられるようにしながらも、視線だけは"純玲様"を探しキョロキョロと。

そして…。席に腰を下ろすとスグに、女神降臨!!"純玲様"似のオンナのコがテーブルにやって来た。


伸太「うわぁ~♪」


目は見開かれ、口はあんぐり…膝はガクガク…する始末。


純玲「いらっしゃるの初めてですよネ♪私、"純玲"って云います。宜しくお願いしますネ♪」


脛次「ほら、伸太!しっかりしろヨ!ヨロシクってさ♪」

伸太「アゥアゥアゥ…」


どうしたら良いのか分からぬ伸太。遊び慣れていないのが明らか…。

しかし、そもそも興味がないワケじゃない…。呑み慣れぬ酒も、薦められるままにグイグイとお代わりを重ね…、最初に渋っていた様子もどこへやら。脛次、剛夫も呆れるホドのはしゃぎよう…。


寄り添う"純玲様"の優しい声に、しぐさにメロメロ状態。夢心地。

若い頃からある程度、遊び慣れていれば"加減"ってモンも身についておりますが、遊びを知るのが遅かったりするってぇと、なかなかその"加減"が分からない…。知るのが遅いとのめり込む…。正に夢心地。


純玲「あら…。ダメですよぉ~伸太さん」


軽くあしらわれる伸太。そんな"女神"のひと言ひと言が嬉しかったりする…。ニヒヒと笑みが止まらない。普段、こんなに長い時間…オンナのコと肩も触れ合う距離で過ごすコトもなかった伸太。酒の力も手伝って大胆に。


純玲「ダメですったら~伸太さん…」


シラフの伸太が、この様子を目にしたならば、どう思ったコトやら…。トホホホホ…。




純玲「伸太さん…。伸太さん…、ねぇ、起きて…。ねぇったらぁ~」

伸太「うん?」

純玲「イヤですわ…。はしゃいでたかと思ったら、急に伸太さんったら眠っちゃうンだもの…。良い夢でも見ていたのかしら?如何にも楽しそうでしたわ?その夢に私は登場させて貰えて?夢の中の私とホントの私…どちらがお好き?ウフフフフ♪」

伸太「そうだよなぁ~。こんな幸せな思いが出来るだなンて夢かもしれん。いや、夢に違いない…。



   夢が覚めるとイケねぇ…。このまま寝かしておいてくれ」



純玲「あらあら…。困りますわ…。そんなに甘えられても私………」


はにかむ純玲。そんな姿も伸太には輝いて見えるってなモンだ…。






脛次・剛夫「起きろ…。起きろヨ…伸太!」

伸太「う……ん。あれ?あれっ?あれあれ???」


肩を揺らされ、目を覚ます伸太。目の前には脛次と剛夫の顔が間近にある。


脛次「そろそろ帰るぞ?いつまで寝てるンだ?早く支度しろ」

伸太「いつまで寝てるって、ついさっき純玲ちゃんに起こされたばかり…」

剛夫「ナニ言ってンだい…。席についてビールの一杯も呑まねぇウチに、酔い潰れて寝ちまってたくせに…。来て20分も経ってなかったぞ?」

伸太「え?ずっと寝てた?」

脛次「そうだヨ…。まぁ、オレらはたんまり楽しませて貰ったケドな♪」

伸太「それじゃあ、あの純玲ちゃんとのステキな時間は一体…」

剛夫「全て夢だったってコトだな…。楽しい夢見られてヨカッタな?」

脛次「目の前に実物が居るのに、夢見てただなンて残念過ぎる…」

伸太「そんなぁ~~~っ!




   だからそのまま寝かしておいてくれって言ったのにっ!!」




覚めるのが『夢』…。覚めるから『夢』っつうコトで…。



-了-

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