“男主人公ラブコメ”が溢れたこの世界で、私も主人公になりたい!!

緒方 桃

短編

第1話 誰が何と言おうが、私がラブコメラノベ主人公になってやる!

 ──高校二年の私、姫咲ひめさきまつりは激怒した。


 あれは、とあるweb小説投稿サイトの一文を見たときのことだ。


『ラブコメ……主として“男性”が主人公の恋愛を中心テーマとして描かれた作品が対象のジャンルです。』


 ……は? なにこれ?

 この世のラブコメライトノベルをこよなく愛し、「いつかはラブコメライトノベルのような青春を送りたい」と切に願った私は、この説明文に夢を打ち砕かれた気がした。


 言われてみれば私が読んできたラブコメラノベの主人公は皆、男だった。

 ひねくれたことばかり並べるヒキガエルくんも、夏コミ冬コミにギャルゲーを出展した行動力の化身オタクくんも──みんな男。

 そんな彼らに好意を抱く女の子たちは──ヒロインと呼ばれた。主人公じゃない。


 でもさ。でもさぁ? 我々女子もラブコメラノベ主人公になる権利はあるのでは!?


 確かにあの一文には『主として』と書いてるだけで、別にサイト運営側も『女の子が主人公のラブコメ投稿したら垢BANね?』とは言ってない。たぶん。


 だが当時の私はその一文をすんなり受け入れてしまい、「私の書いたラブコメ、主人公が女の子なんだけど……。どうしよう、姫咲さん」って、クラスメイトの女の子に聞かれたときは「じゃあ仕方ないね。ジャンルを『ラブコメ』から『恋愛』にしよ?」って答えてしまった。無念……。


 つまり『主として』って書かれてたら、ついそのに従っちゃうの。なんかそのに逆らっちゃいけないって気持ちになるの。わかる?


 ……けれどあの一文無くしても、女主人公ラブコメは簡単に産まれずで。

 女の子の恋愛模様を描いた小説のジャンルは『純愛モノ』に分類され、漫画では『少女漫画』に分類されて『〇ゃお』とか『花と〇めコミックス』行きは避けられないだろう。


 女の子が主人公のラブコメラノベは成立しない──そんなことは分かっていた。


 だってラブコメは『ラブ』と『コメディ』で構成されていて、ライトノベルにおいてはどちらかと言うと『コメディ』の方が必要だったり、そうでなかったりで……。

 けれど女の子が主人公になって誰かと『ラブ』に発展しても、その誰かを好きな女の子が出てくるのがお約束なので、ヒロインレースを女の子視点で描けば、間違いなく(ドロドロとした)修羅場を見せることになり──


『一気につまらなくなった』

『あれ? コメディは? ラブコメだよね、これ?』

『ハーレム展開はよ』『百合展開待ってる』

『こういうドロッとした展開、好物です!』


 ……なんて感想が投げ込まれるのがオチだろう。よく分からないやつ混じってたけど、最後の人ありがとう!


 いや、待てよ? そこで私は思いついた。


 ──だったら私が、平和でコミカルな恋愛模様を描けばいいじゃないか!!


 最近読んだラブコメラノベの主人公は、何もない現実世界でラブコメをあらゆる手段で創り出そうとした。

 だから私も、『ラブコメラノベ主人公になる』くらいは出来るのではないか!? と強く思わされたのだ。


 私的には、ラブコメ主人公みたくメインの異性に迫りor迫られ、様々なイベントで絆を深めて最終的に我々二人が結ばれるハッピーエンドを迎えれたら、それでいい!

 あとはラノベの鉄板とも言えるであろうちょっと恥ずかしい水着を着せられる場面があっても、ラッキースケベで死にたくなるほどの羞恥に染められても耐える所存だ。

 だから見る側もちょっとくらいはヒロインレースがドロッとしてても許して欲しい、というのが本音。


 もう『ガールズサイド』なんて狭い世界に閉じ込められるのは終わり!!

 私みたいな女の子が主人公のラブコメラノベが成立することを証明して、終いには『メインヒロイン』に代わる『メインなんちゃら』を産み出して『ボーイズサイド』に閉じ込めてやるんだから!!


「さぁメインヒロインよ! 今こそ主人公に成り上がるのだぁぁぁぁ!!」

『まつりぃ、早く寝なさーい』

「あっ、はーい♪」


 こうして、私のラブコメライトノベル革命運動が始まるのだった──。



 〇



 改めて自己紹介をば。

 私は姫咲まつり。高校二年。自分で言うのもお恥ずかしいが、今をときめくJKである。


 そんな私、実は──


『あっ、おはよう姫咲さん!』

「おはよう♪」


『……やっべぇ、挨拶返された!』

『今日も可愛いよな、姫咲さん!!』

『だよなぁ! てかさっき、良いニオイした!』


 ──とまぁ、通りすがりのクラスの男子に挨拶すると、こんな感じ。

 正直美貌に自信は無いのだが、どうやら私は『学年トップクラスの美少女』という、もはやラブコメラノベのメインヒロイン的立ち位置にいるらしい。なんか荷が重いな。


「ふふっ、ありがと♪」


『うげっ、今の聞かれてた!?』

『おいおいマジかよ……』


 ごめんね。私、昔から地獄耳って言われてるから。

 だけど、私は彼らの言葉に不快感は抱かない。だって知らない人に褒められたわけじゃないし、ラノベのメインヒロインって感じで心地良い。


 けれど正直──こう言うのは傲慢かもしれないが──このポジションは気に入らないと思っている。


 今やラブコメライトノベルは、リア充や元カノ持ちでさえも主人公になれる時代だ。あれほど重すぎる名誉を抱えた私でも、主人公になれるはずだから問題は無い。たぶん。


 ……だけど──。


「あっ、おはよう姫咲」

「あっ、おおっ、おはよう大津おおつくん!!」


 隣の席の男子──大津直貴おおつなおきくんに挨拶を返すと、彼は大きなおくびをして目線を読んでいた本に戻す。

 対する私は席に着き、手鏡を出して軽く前髪を整えた。よし、今日もバッチリ!!


 ちなみに周りは皆、隣の彼のことを『冴えないやつ』だとか『陰キャ』みたいなことを言っており、彼自身も『目立たないモブ』と自称している。


 ……だが、私はそんな彼に好意を抱いている。


 きっかけは単純。

 去年からクラスが一緒だったラノベ好きな彼と好みが合って、楽しく話して、一方的にラブコメを布教していたら……。次第に心の距離が近くなって彼のことが好きになっていた。

 だから彼を悪く言うつもりは微塵も無いし、むしろ『普段からクールで時に見せる笑顔が可愛い』というのが分からないの? 眼科行く? って言いたくなるくらいだ。


 そんな大津くんに、私は軽快な声調で話しかける。


「きょ、今日もラブコメ読んでるの?」

「いや、今日もラブコメオタクの姫咲に布教されて状況になってる」

「あはは……、ごめんなさい」

「……まぁ、姫咲の貸してくれるラブコメ、面白いからいいんだけどさ」


 そう言って、彼は微笑んでくれた。

 あーもう! そういうところが好き!!


 ──だから私はこの前、募る思いを彼に打ち明けた。


 手紙を彼の下駄箱に入れて、放課後屋上に呼び出す、という告白の定番を用いて。

 そして心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑え、勇気を振り絞った。


『おっ、大津くんのことが好きです! 付き合ってください!!』


 ……そしたら彼、なんて言ったと思う?


『ありがとう。でも、ごめん……』

『……えっ?』

『だって俺みたいな冴えない陰キャとキミが付き合うんだよ? なんか申し訳ないよ……』

『いや、なんで?』

『……だって姫咲、。俺なんかとは釣り合わないし……』


 ──このチキン野郎。


 なにそれ? 『陰キャと美少女が付き合ってはいけません』ってルールがあるの? そういう風潮が渦巻いてるだけでしょ? そんなのに負けないでよバカ!! あと、『可愛い』って言うなぁぁ…………。


 ……閑話休題。


 確かにあのときはショックだったし、『学年トップクラスの美少女』という名誉を屋上から投げ捨てたい気分だったけど、実に大津くんらしい回答だと思えば納得がいく。もちろん褒めてなどいない。

 それに私も時期尚早だったし、こういうのは様々な過程──さっきの忌まわしき風潮をぶち破ったり、ででっ、デートに行ったりとか……──を乗り越えねばクリアできないと、フラれてから改めて気付かされた。


 でも今だから言える──私の人生ラブコメはこうでないと!!


 思い出して、姫咲まつり。

 私は『女主人公ラブコメ』を成立させ、現代のラブコメ社会に反旗を翻す存在になるんでしょ!?


 だから焦っちゃダメ。『メイン……、なんちゃら』の大津くんと結ばれるまでの過程を楽しみながら、いろいろな試練を乗り越えるの!

 もしかしたら大津くんの前に、絶対負けない世話焼き幼馴染みが現れるかもしれない。実は三つ編み眼鏡美少女と密かに図書室で会ってるかもしれない。


 だけど、そういうヒロインたちに勝つサクセスストーリーを描くことで、私が主人公のラブコメが完成し、そこにコミカルな展開が加わればラブコメラノベの完成! ……ラッキースケベとか過激な百合展開は控えめにして欲しいけどね。


 さぁ今日も革命を起こすために頑張るぞ! 私は両手でガッツポーズを作った。


「姫咲?」


 すると早速、彼から話しかけられた。が……


「さっきから何言ってんだ?」

「…………んぇ?」

「んぇ、じゃないよ。私のラブコメとか、メインなんちゃらとか……」

「違う! 単なるラブコメオタクの独り言だから!! 忘れて!!」

「……なんだそれ。まぁどうでもいいけど、独り言大きすぎ」

「………………」


 強い決意を掲げて早々、私は今すぐここから逃げ出したくなるほどの羞恥に染まった赤い頬を両手で押えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

“男主人公ラブコメ”が溢れたこの世界で、私も主人公になりたい!! 緒方 桃 @suou_chemical

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ