肆 一時帰省 

 初日から早々、今後の勤務に一抹の不安を覚えるわたしであったが、やはり多忙な閻魔王庁の職務、そんな不安も忘れるほどに仕事は次々と割り当てられる。


 即極楽浄土行きの明らかな善人というのにはお目にかからなかったが、それでも明らかな悪人よりは善悪つけがたい平凡な人間という方がやはり多く、七日毎七回の審理が行われる十王の裁判にもわたしは書記係として参加した。


「――うーん……不況で派遣切りにあい、生活のためにサラ金に手を出した挙句、借金返済のために騙されてオレオレ詐欺の受け子・・・にされたと。その上、最後は自転車配達業のバイト中に事故死か……罪を犯しているとはいえ、むしろ同情に値する人生だな。さて、どうするか……」


 原則としては最後となる第七審で、裁判長である十王の一人・泰山王たいざんおうが腕を組んで考え込む。


 十王は皆、閻魔大王と似たか寄ったかの中国風衣装を着た大柄なおじさん達だったが、亡者の罪業によっては意見が割れることもある……特にこの若い亡者についてはそうだった。


 当然ではあるのだが、閻魔王庁の裁判にも人間界の社会情勢が如実に反映され、最近ではこんな若年貧困層の亡者も多いようだ……なんともやりきれない話である。


「かの者の罪は置かれた環境によるところのものが大きい。よって、再び人道(人間界)へ戻し、もう一度、人間の生をやり直させることとする!」


 思案の末、泰山王は情状酌量の余地ありとしてそんな採決を下した。極悪人には厳しい閻魔王庁だが、そうでない者には意外に慈悲深かったりもするのだ。


 閻魔王庁の裁判……浄玻璃鏡で人生まるっとすべてお見通しなこともあり、検事や弁護士が主人公の法廷ものドラマ以上にいろいろと考えさせられる……。


 そうこうして、ちょっと哲学的気分になりつつ毎日の仕事をこなしている内にも、あっという間に一月が過ぎ、ゴールデンウィークで一時帰宅することとなった。


「フゥ~……やっと帰れる~」


 地上への道程みちのりは遠く、土日でも気軽には帰れないので久々の現世である。一時的とはいえとてもうれしい。


 ……ところが。


「ええっ! 三途の川がゲリラ豪雨で氾濫して渡れない!?」


 泊まっている宿舎を出て、地上への帰還申請へ行ったわたしは、事務担当の獄卒の話に驚きの声をあげた。


 どうやら地獄の自然環境にも昨今の異常気象が影響しているらしい……て、感心している場合ではない! 唯一地上とを結ぶ道に跨る三途の川を渡れなければ、どうやって帰ればいいというのだ!?


「相手は天気ですからねえ。こればっかりは仕方ないですよ。でも、かの小野篁さんのご子孫でしたら、井戸を使って地上と行き来でいるんで特に問題ないですよね?」


 だが、眼鏡をかけた獄卒の事務員は恐ろしげな鬼の顔ににっこりと笑顔を浮かべ、「いや、さすがですねえ」みたいな眼を向けながら、さらっと無茶な注文を口走ってくれる。


「ええ。わたしもご先祖さまみたいに井戸があればどこからでも……って、んなことできるかあ~っ!」


 宮殿風に設えられた荘厳な閻魔王朝庁の片隅で、わたしは一人呆けツッコミを入れた後に、荒げた声を高い天井に響かせた。


                         (夜摩王のオ役所 了)

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夜摩王のオ役所 平中なごん @HiranakaNagon

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