参 法廷
「――それでは、これより
さて、そんな閻魔王庁に押し寄せるデジタル化の波は置いとくとして、この法廷でのわたしの仕事である。
わたしが最初に当たったのは、運よくなのかどうなのか、閻魔大王による明らかな悪人の裁判だった。
ここへ来るまでの道すがらもう見慣れたが、やはり生で見るとハンパなく恐ろしい容姿の獄卒(鬼)に引ったてられ、恰幅のよい
そうか、死んだら有名人もみんなここに来るんだぁ……なんというか、予想外にばったり街中で芸能人のロケに出くわしたような、ちょっと得した気分……。
「阿久台寛! そなたには贈収賄、違法当選、秘書にすべてを擦り付けた罪、セクハラ、パワハラ等々……大きなものだけでも合わせて五百以上の罪が
テレビで見たことある亡者の顔にわたしが関心を寄せている内にも、閻魔大王は大きな口を開き、あの腹に響く恐ろしげな声でその亡者を問い質している。
〝倶生神〟などと聞きなれない言葉が出てきて、世間一般の現代人ならば面食らうところだろうが、閻魔王庁へ出向するに当たり、わたしも一応はそこら辺のことを勉強してきている。
倶生神というのは男女二対の神で、それぞれの名を同生天・同名天という。生まれつきすべての人間につき添っており、その者の善行・悪行を漏らすことなく記録している、まあ、簡単にいうと守護霊みたいなものだ。
わたし達が作成する〝鬼録〟もこの二神からの報告をもとにしており、だから、その倶生神の報告にあったということは、今風にいえばレコーダーで証拠音声を録音されて某週刊誌に告発されたようなものであり、最早、言い逃れることはできないだろう。
「いいえ、記憶にございません」
ところが、阿久台寛の亡者はいけしゃあしゃあと、国会中継で何度となく耳にしたあの台詞をこの場でも口にしたのである。
「なんだと!?」
「閻魔王! 被告はこのように申しております。倶生神の報告に誤りがあることも考えられ、よって弁護側は無罪を主張します」
巨大なギョロ眼で阿久台を睨みつけ、その厚顔無恥な態度に怒りを表す閻魔大王であるが、すると弁護側の席に座る灰色の袈裟を着た僧形の人物が、すかさず彼の発言を擁護した。
閻魔王庁の法廷で亡者の弁護をしてくれる仏さま――地蔵菩薩である。
無論、石でできているお地蔵さまはよく見かけるが、こうして
「記憶にないとな? よかろう。ならば、
そんなお地蔵さまが味方なのをいいことに、あくまで白を切るつもりの阿久台であるが、ここは国会ではなく閻魔王庁だ。野党の追及は逃れられても、そんな言葉で煙に巻ける閻魔大王ではない。
大王は鬼に命じると、一枚の巨大な姿見を法廷に持ってこさせた。
それは浄玻璃鏡といって、そこには生前の亡者の一挙手一投足がすべて包み隠さず映し出される。特に犯した罪ははっきりと映し出されるため、どんなに隠しおうそうとしても、その嘘はすぐにバレてしまうのだ。
そして、もし嘘を吐いていたとしたら、その亡者は偽証罪で舌を抜かれてしまう……よく聞く〝閻魔さまに舌を抜かれる〟のアレだ。
「もう一度訊く。ほんとに犯した罪に覚えはないのだな? 嘘を吐けば舌抜きの刑が追加されるぞ?」
「はい。何度聞かれても、記憶にないものは記憶にございません」
最後の慈悲に改めて確認をとる閻魔大王だが、それまで生きてきた環境とは恐ろしいもの。愚かにも阿久台は自信満々な様子で、その常套手段が効くものと信じてまたしてもふざけた台詞を繰り返す。
「よし。その者を浄玻璃卿に映せ!」
「うわっ! な、何をする!」
その態度に自白は無理と諦めた閻魔大王は、再び鬼に命じて阿久台を鏡の前に立たせた。
「――ワハハハ、エチゴ建設さん、あんたも悪よのう――ウェヘヘヘ、よいではないかよいではないか――これは全部おまえらのやったことだからな! 上級国民のわしのために、下等民のおまえらが犠牲になるのは当たり前だろう! ――」
すると、まあ出てくるは出てくるは……ゼネコンから二重底に札束の入った菓子折りをもらったり、選挙カー内でウグイス嬢にセクハラを働いたり、挙句は秘書を恫喝して自分のやった違法行為を擦りつけようとしたり……次から次へと彼が生前に犯したゲスな罪の動画が鮮明に映し出されるのだ。
本人主演による実際の映像なので、その生々しさは再現映像の比ではない。これ以上の確たる証拠はないであろう……時空を飛び越えて証拠映像を入手できるこのシステム、わたし達人間界の裁判をはるかに凌駕している。
にしても、見ていて気分が悪くなってくるほどの見事なゲスっぷりだ……こりゃ、もう有罪確定だな……。
そんな、証拠映像を見たわたしの率直な感想通り、閻魔大王もすぐさま採決を下す。
「浄玻璃鏡に映し出された真実により、有罪であること及び偽証は明らか。よって、阿久台寛は舌を抜いた後に、妄語(※嘘)の罪を犯した者の行く大叫喚地獄に収監することとする。早々に引ったてい!」
阿久台のすっとぼけ戦術も虚しく、審議があっさり決すると大王は彼を地獄送りに処する。
罪を犯した者でも軽いものならば六道の内の修羅・畜生・餓鬼のどれかに行くこととなるが、明らかな悪人クラスになるともう地獄行きはマストのようだ。
「な、なぜだ!? わしは記憶にないと言っておるだろう!? おい、弁護士! なにか反対弁論しろ!」
しかし、それでも獄卒に押さえつけられた阿久台は声を荒げると、往生際悪くも閻魔大王に文句を言って、弁護人の地蔵菩薩にも助けるよう命じる。
「記憶にあろうがなかろうがどうでもよい。この法廷で重要なのは罪を犯してるかどうかだ。まったく、日本の政治家や官僚の亡者は、高度成長期ぐらいからそう言えば罪を免れられると勘違いしている輩が多くて困る。そういう風に学校で教えてでもいるのか?」
しかし、やはりそうのような永田町の論理、ここ閻魔王庁で通じるわけもなく一蹴されてしまう。
「浄玻璃鏡に罪が映し出された以上、最早、弁護の余地はありません。また、偽証をしてしまったために、弁護側も無罪の主張を取り下げるとともに情状酌量も訴えないこととします」
また、地蔵菩薩もこうなると亡者を庇ってはくれない。真実を捻じ曲げてでも被告の権利を主張する人間界の弁護士とは違うのだ。
「な、なんだと! わ、わしを誰だと思うとる! 皆が大先生と崇め奉る、いくつもの大臣を務めた大物議員だぞ! うわっ! は、放せ! 何をする!」
獄卒に着物の襟を掴まれ、引きずられていく阿久台はなおも己の立場を理解せず、いまだに不遜な態度で不平を唱えている。
「うるせえ野郎だな。よし、先に舌抜いておこう……」
「……え? ば、バカよせ! な、なひほ……は、はへほ……ひ。ひはああああっ…!」
だが、それがさらにマズかった……彼を引っ張っていた鬼は迷惑そうに顔をしかめると、さらっとそう言って虎柄のパンツから
「うっ……!」
「おっと。ご婦人には少々刺激が強過ぎましたかねえ。すみません。地獄にいると日常茶飯事なので感覚が鈍ってしまい…ハハハハハ…」
そのR15でもお見せできないような光景に思わずわたしが顔を背けていると、となりで鬼録をとる司禄さんが爽やかに笑いながらそう謝罪をした。
いや、謝ってくれてはいるが、その爽やかな笑顔が逆に底知れぬサイコ感を抱かせてやまない。
わたし、出向期間が満了するまで、ここで無事にやっていけるだろうか……いや、やっていけたらやっていけたで、一般人を逸脱したヤバイ精神状態の人間になってしまいそうな気もするが……。
この閻魔王庁への出向、全国各地の死民課からも代わる代わる来てるはずなんだけど、みんな大丈夫なんだろうか? ……ま、スプラッターなのは死民課で見慣れているといえば見慣れているんだけど……。
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