武士の助言と僕の友達
父ちゃんが戦場後でワンコと遊んだ、翌日の夜。僕はまた武士の霊を見た。
落ち武者なのか、何なのか。正直よくわからない。戦った後を感じるけど、切られまくって怨念に満ち満ちているわけでもない、大柄な武士。髪の毛はちょっとチリチリぎみで、若い青年のような雰囲気だった。
「あなたはどうしてここにおるんですか?」
玄関を入ってすぐの場所にいた彼に話しかけると、彼は何も言わない。いつも通り放置していると、僕の後を、どこに行くのもついてきているのに気が付いた。
「ついてきても、なんもできんですよ」
口では何もできない旨を伝えていたが、彼は立ち去る気配がない。どんな顔してついてきてんやろと思い、顔を見上げると、何とも寂しげでありながら優しい顔をして僕を見つめていた。
―そんな目で見られてもなぁ……
困ってしまったが、塩をまくくらいしかできない。その塩さえ、まいたところで効果があるのかわからないからまかないまま数日が経過。
全く立ち去る気配はなく、部活にもついてくるし、お風呂場もついてくるようになった。トイレは狭いせいかドアの向こうで待っててくれる。超律儀。好き。
一体彼は何者なのか。あの丘で拾って帰ったにしては顔つきが穏やかだし、何か危害を加えてくるわけでもなく、話しかけても来ない。このままほっといてもいいのかと、ちょっと悩み始めていた。
3週間ほどしても、彼は何も言わないままずっと僕の後をついてくる。これは母ちゃんに相談した方がいいのか……、と本格的に悩み始めつつ新学期を前日に控えた夜。
学校に行く前日に教科書類はそろえるタイプなので、カバンにノートだのなんだのを詰め込む。これで良しと、いろいろ詰めてカバンを閉じたときだった。
『ノートは新しいのじゃなくていいのか』
ふとそう聞こえて、考える。
「そうや。ノート、使い切ってたんや」
国語のノート、すぐなくなっちゃうんよね~。と、機嫌よく新しいノートをカバンの詰めて。
ちょっと間が空いた。
―誰がノートのこと教えてくれた……?
バッと後ろを振り向くと、いつも後ろをついてきていた武士が、困ったようなどこか寂しそうな笑顔で僕のことを見ていた。
「……教えてくれましたか?」
今まで霊とまともなやり取りをしたことがなかったので、僕はびっくりして彼に問いかける。すると、彼はちょっと恥ずかしそうに頷いた。
自分から声をかけるのはいいけど、声をかけられるのはちょっと恥ずかしいようだ。
とりあえず彼のおかげで忘れ物が減ったことは、素直に嬉しかった。
それからというもの、彼は徐々にいろいろな場面で手助けをしてくれる存在になるのに、時間はかからなかった。いつも助けてくれるわけではないけれど、給食のお箸や必ず持っていかなければならないものを忘れそうになると、かなり高い確率で忘れ物を教えてくれる。
今までの霊は、言葉のキャッチボールが基本的にできていなかったし、あまり交流そのものを濃厚に継続して行うこともなかった。だから、僕は彼とのやり取りに違和感を感じつつも、感謝が絶えない毎日を送った。
彼と一緒にいることに違和感を感じなくなってきて、部活が終わって家に帰りつき、晩ごはんのから揚げを頬張る。僕は唐揚げが好きだ。モリモリ食べていると、ちょうど二人きりだったので霊のことを母ちゃんに聞いてみることにした。
ストレートに今までのことを話して「そんなわけないやろ」と切り捨てられるのは、僕の思春期の繊細なハートがもたない。何とか遠回しに質問したい。
「母ちゃんってさ、お化けと話したことある?」
遠まわしすぎた気がせんでもない質問をしてしまった。
「あんなりないかな。こそこそ話してたりするのはよく聞くけど、会話らしいのは今まではなかった気がする。そもそも、いつも鮮明に見えているわけじゃないから」
母ちゃんはそう言って、口にホイっと唐揚げを放り込む。
僕はてっきり母ちゃんは常にお化け丸見えで、自分の身を守るくらいの何らかの術なんかが使える隠れたすごい一般人のかと思っていた。若干中二病のような感性で母ちゃんを見ていたことを、とりあえず現段階で許してほしい。
あの頃僕は、思春期だったのだ。
―これは霊と話ができてるとか何とか言ったら、おかしい人扱いされてしまうぞ…
本能的に僕はそう思い、この話にそっと蓋をして唐揚げを食べることに専念することにした。
武士が部屋にいても、黒い人影は特に人数が減るわけではない。昨日もおとといも今日も、相も変わらずわんさといる。僕も武士がずっと見えているわけではない。何らかの条件がそろった時に見えてるので、その条件がいつどのタイミングで整うかは不明。目の前に見ているというよりも、頭の中に彼の姿がそのまま出てくる感じ。
僕はいつも通り夕食と入浴を済ませて、部屋に入ってゴロンとベッドに寝転ぶ。真っ黒な人たちが群がってくる前に、僕はさっさと目を閉じた。
「どうして僕を助けてくれる?」
僕は、武士に声をかけた。彼は少し困ったように微笑んで、口を開いた。
『助けたいと思うから』
僕はたぶん、彼と血縁関係ではないと思っている。母ちゃんの実家はそれなりに有名な武家だが、血縁者という感じが僕には伝わってこない。
「他人なのに?」
『他人でも。助けたい』
「なんで?」
『……なぜだろうか』
何かある。けど、彼は大人で、今の僕は彼の本心を引きずり出す技を持っていない。多分僕を助ける理由を、これ以上話してはくれないだろう。
彼の素性はもちろん、名前も僕はわかっていない。それでも彼が近くにいることは、不快ではなかった。なんなら居心地が良かった。
「おやすみ」
どこかに行ってほしいとは、なぜか思えず、僕は唐突に寝の体勢に入る。
『おやすみ。ゆうせい』
ちゃっかり彼が僕の名前を知っている事実が分かったとしても、僕は彼を嫌いになれなかった。
翌朝。
『ゆうせい!朝だぞ!遅れる!!』
武士の声。僕はしぶしぶ目を開ける。
「まだ4時やん…」
時計は4時を回ったところだった。
『よく見ろ!止まってるだろ!』
「えー?」
まだ開ききらない目をこすって目覚まし時計をよく見ると、秒針が動かない。もちろん、カチカチとも言わない。
「電池切れてんやん!」
僕は布団から飛び起きて、実家の急な階段を降りる。
『走ると落ちる』
という彼の言葉を遮って、僕は階段の中腹から足を踏みさずして、滑り台形式で階段を降りた。お尻が痛すぎて、ちょっと息ができない。息ができないけれど、とにかくトイレに立ち寄って、居間に急いで入る。
「遅かったやん」
母ちゃんはギリギリまで起こしてくれないし、なんなら遅刻の一回や二回は経験してもいいんじゃないかってタイプだと思う。今日もあせってなかった。
「時計止まってた」
僕は光の速さで着替えを済ませて、出してもらったパンをさっさと口に入れる。
「よう起きたな」
「起こしてもらった!ごちそうさま、行ってきます」
僕は素直なので、事実だけを母ちゃんに言い残して素早く家を出た。
幼馴染と学校に行って、クラスの前で別れた。僕は5組、幼馴染は4組。僕はクラスに入って、席に着いた。ちょっといつもよりも到着は遅れたけれど、幸い遅刻はしていない。人見知りなので、友達はすごく少ないけれど、小学校の頃からの友達でちゃんと本音を言える人が1人だけいた。
「おはよう、遅かったな」
友達は僕と同じくぽっちゃりしている。とはいっても、彼は体術をやっていたので筋肉ががっしりしているタイプ。僕とはぽっちゃりの意味が違う。
「時計が止まってた」
「そら大変やったな」
「急いだわ」
他愛のない会話をしながら、僕は教科書を机の中に詰める。
「で?よかったやん、起こしてもらえて」
友達は僕にそういってきた。僕は起こしてもらったことには触れていない。なんでわかったのかと目を丸くする。
「そこの人に起こしてもらったんやろ?武士の。ねぇ?」
僕の斜め上方向を見て、彼はニコニコしながら声をかける。
―え、怖!!なに見えてんの?怖!!!
「怖くないわ。お前も見えてるんやろ?同じや」
そういわれて、僕はちょろいのですぐに納得した。
「ほんとやな!」
そんなちょろい僕を見て、友達も笑った。
このときの僕は、友達が僕の心の中まである程度読んでしまっていた事実を見落としていたのだった。
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