戦場跡地で愛犬と遊ぶ父ちゃん
僕の家の近くには、ちょっとした丘がある。丘といえば、なんとなく開けていて、芝生があって、徒歩で頂上まで行けて町全体が見渡せる。みたいなさわやかなイメージを持つ人もいるのではないだろうか。
僕達が遊びに行った家の近くの丘は、木々が結ぎっしり生えていて、最近になって人が入って道を作って家を建てた場所。道路こそきれいに補正されているけど、いつでもじっとりとした雰囲気で、普通の人でも何か見たり、丘の敷地内にある公園のブランコが、風もないのに思いっきり揺れているような存在そのものが危なそうな場所である。
僕が進んでそんなおっかない場所に行くはずはないのだけれど、この日は父ちゃんが家にいた。
父ちゃんは単身赴任してたので、たまに家に帰ってきてえばったりするタイプ。なぜか家族のトップに君臨していると思っているし、家族ならみんなで動いて当たり前、家族なら俺の言うこと聞くのも当たり前みたいなところがある。
悪い人じゃないけれど、善良とも言い難いような気もせんでもないといった感じ。
その父ちゃんが、例の丘にワンコさんを連れて遊びに行こうと言い出したのが事の発端である。
母ちゃんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしてたし、今まで霊が見えてなかったときでも僕は行きたくないと思えるような場所だ。僕のきょうだいは知らん顔で興味なしをアピール。こんな空気になれば、普通は断念すると思う。
残念だけど、普通じゃないので、全員道連れで車に乗って丘に行くことになった。
丘が戦場跡地なのは、地元では有名な話。地元民ならどことなく聞いたことがあるし、丘にできた家を買うのは移住してきた人しかいない。
下見に来るだろうに、よくこの丘の家を買う気になるなと思えるくらいに気持ちの悪い場所である。
移住してきた人の中からも、「家の中に何かいる」「夜のうちにものが移動してる」といった声がちらほら。
ちなみに「トイレが勝手に流れた」「笑い声がする」「廊下を走っていく音がする」なんていうのは、丘住まいじゃない実家でも毎日あるから珍しくない(もう慣れてる)。
―丘に行くとか、(お化けを)連れて帰んなって方が無理かも
父ちゃんのわがままに付き合って車に乗り、車が丘に入ってすぐの時点で、なんかいろいろ諦めがついた。
この日は晴天一発。だったのに、丘に入ってすぐに思い切り曇った。
いや、偶然かもわからん。天候なんて変わるもんだ。僕が住んでいた場所は山なので、天気がころころ変わるのなんてザラである。
助手席に母ちゃん、運転席に父ちゃん、僕の隣にはきょうだい、後ろの荷物を置く場所に愛犬のシェパードちゃん(おばあちゃん)。
車は軽。エンジンがめちゃくちゃうなりながら、丘の細い道を上っていく。
頂上まで当時は道が通っていなかったのか、途中で車が止まった。
「この辺でいいやろ」
狭いながらも道があり、父ちゃんが駐車したのは道のど真ん中に近い場所。車はたぶん通らないけれど、普通に迷惑な場所だった。
うちの近くには、ドッグランがない。だからワンコさんを思いっきり走らせたいという父ちゃんなりの思いもあったんだろう。何の草かよくわからないが、結構背の高い枯れ草がぎっしり生えているよくわからない広い場所に足を運んだ。
「うわー……」
「すげー……」
草むらのところどころに立っている、明らかな落ち武者。武士じゃなく落ち武者。母ちゃんもきっと同じものを見ていたんだろう。見たことないくらい顔が引きつっていた。
「塩とかで払えるんかな」
塩なんか多分意味がないと思いつつ、母ちゃんに聞いてみる。
「さぁ……」
母ちゃんはクマににらまれてるかのように、その場から一歩も動かずにいた。霊感ゼロのきょうだいは、めんどくさいことには関わりたくないから母ちゃんのそばでぼーっとつっ立っていることにしたようだ。
この日の父ちゃんは、妙に生き生きしていた。
ボール投げをめちゃくちゃして、普段絶対ない水分補給をさせてあげて、おまけにおやつまであげて。ワンコとしては嬉しいようだったけど、犬も多分見えてるから、たまに変なタイミングで吠えていた。
父ちゃんは、めちゃくちゃ楽しそう。普段こんな姿見たことがないと思えるくらい。何かにとりつかれているかのようにさえ見えた。
結局夕食前のあたりがうっすら暗くなる前まで、丘にいた。
最後の方は、愛犬さえも帰りたがるようになり、父ちゃんはしぶしぶ戻ってきた。
「いやー、お父さんはもっとあそこに居たかったな!」
何言ってんだこの人。前見て運転しろ。蛇行運転をする父ちゃんの目は、僕にはちょっと危ないように見えていた。
これは絶対なにか連れて帰ってるぞ!夜寝らんないぞ!と、気持ちよく覚悟が決まった瞬間だった。
その日の夜、父ちゃんだけさっさと就寝。食ったら寝るのだ。(健康第一)
「さっきの丘、楽しかった?」
とっとと寝室に向かう父ちゃんに声をかけると、いつもの父ちゃんに戻っていた。
「行ったっけ?」
なんだこいつといわんばかりに怪訝そうな顔で僕を見て、ポイっと言葉を投げてさっさと寝室に行ってしまった。
これはヤバいぞと思い、居間にいる母ちゃんと僕は、こたつ机をはさんで向かい合って座った。
「どっちの部屋に何が出るやろ」
「わからん」
絶望にも似た感情が立ち込め、寝られない悲しさに打ちひしがれながら、僕はお風呂の前のトイレに出向く。
うちのトイレもまぁまぁ変な空気なんよな。なんて思いながらトイレのドアを開ける。
パッと顔を上げると、おそらく落ち武者だろう首から上の部分が浮いていた。何なら目も合った。数秒間、不覚にもその人と見つめあって沈黙が流れる。
「体は?」
僕は生首の彼に第一声そう声をかけた。だって体がないんだもん。首があるってことは、からだもどこかにあるってことです、きっと。
「えぇっ?」
生首の彼は、驚いて声を漏らした。見えてることに対してか、体の所在を聞いてきたからなのか、理由はよくわからない。声を上げるんじゃなく、のどから声がこぼれたような感じだった。
「からだ!」
「か、から、だ、え、っと」
「どこやったんや!」
大人一人しか入れない狭いトイレに、見ず知らずに人(生首)と一緒に入るのなんて、僕はごめんなのだ。狭い。しかも相手はおじさん。絶対に一緒に入りたくない。僕は恐らく落ち武者であろう生首の彼に、半ばキレ気味に体について問いただす。
ファーストコンタクトの一瞬だけ優位な顔をしていたが、生首の彼は恐らくこの展開を想像していなかっただろう。焦ったような顔になった後、ちょっと泣きそうになってスーッと消えていった。
なんかかわいそうなことしたな、と用を足しながら思い、パンツを持ってお風呂場に行く。我が家のふろ場はなぜか庭に独立しているので、サンダルを履いてお風呂に向かった。
コンクリートでできた風呂場は、申し分なく広い。でも脱衣所が狭い。その狭い脱衣所に入ってとっとと服を脱いで、いざお風呂へ!お風呂大好きなので、この日一番のテンションで、いざ入浴!!
いる。また生首の人。
チクショウ!!!
さっきとは違う人のようで、ゆっくりこっちを向いた。けっこう怖い顔をしていたが、あいにくさっきの人で生首には目が慣れていたので、そこまで驚かず。無視して浴槽へ。
ノータッチになってしまった生首の彼(2人目)。ちょっとわなわなしていたが無視を決め込み、お風呂を満喫していると、よくわからないうちに消えていた。
「おった?」
「おった」
お風呂上りに居間にいた母ちゃんと情報交換をして、母ちゃんは入れ替わりでお風呂へ。僕は眠くなったので、一足先に寝室に向かった。
寝室は相変わらず真っ黒の人だらけだが、毎日となると慣れてしまう。というより、慣れなきゃ寝られない。寝たい!眠るのが大好きなので、さっさと慣れた。進級したときはクラスに慣れるのに1年くらいかかるくせに、是が非でも寝たいと思っていたのでほんの数カ月でガン見されながら就寝に違和感を感じなくなるくらい急速に慣れた。
寝る前、布団に入って、いつも通り目覚まし時計をセットする。
この日初めて、今日は午前2時に起きると体が本能でキャッチした。
めちゃくちゃ視線を浴びながらも、たぶん5分とかからず就寝。
そして、午前2時に目が覚めた。
誰かいる。絶対外部からいらっしゃいした霊だ。雰囲気が黒い影とは違う。枕元からこっちに来ようとしてジリジリとにじり寄ってくるのが肌に伝わってくる。
―くそぅ!絶対寝たい!絶対目覚めたくない!!
目だけ閉じて中身は起きていようが、目さえ開けてなければ寝ているの法則を発動。なんとかしてこっちに来ている何かを、この場から退散させたい…!
このとき僕は、母ちゃんから教えてもらったことを思い出して、心の中で念じた。
『こっちにきてもなんもないです!除霊できません、とりついてもメリットないです。あっち行ってください!』
たしか母ちゃんはこうやってれば、霊はあっちに行ってくれると言っていた気がする。強くこう念じていると、こちらに来ていた何かの気配が、遠ざかっていくのを感じた。
―よし!寝れるぞ!おやすみ!!!
気配が遠のいてすぐ、目を閉じたままだったので、一瞬で眠った。
しかし、数分してまた同じ霊が来たのをキャッチ。
先ほどと同じように念じて遠のいて…。結構長い時間これを繰り返したので、翌朝ちょっと寝不足の状態で目が覚めた。
眠気がぬぐえないまま居間に行くと、母ちゃんがいた。父ちゃんはワンコさんの散歩に行っている。居間は畳が敷いてあり、大きな窓があって、窓を隔ててワンコがいる。窓際は僕の指定席なので、どっかりそこに座る。
「昨日、なんなんかわからんけど(霊が)部屋に来たから、あっち行ってくださいって言ったんよ。んたらほんとにどっか行ったわ」
僕は焼いた食パンを持ってきてくれた母ちゃんに言うと、母ちゃんも寝不足みたいでちょっとぼーっとしているように見えた。
「お母さんとこにも来たわ。こっち来ないでくださいって言った。んたらどっか行った。けどまた戻ってきた」
「そうそう。いったと思えば戻ってきてな」
「寝られんやった」
「そうやな」
「……」
「……」
―もしかして、おんなじ人(霊)が行ったり来たりしてたんじゃ……?
セミの鳴く声とパンをかじる音、小さめのテレビの音に、古い扇風機が回る音。部屋にいる人間は沈黙を保ちつつ、昨晩のことにそれぞれ想いを馳せる。
父ちゃんが散歩から帰ってきて、シャワーを浴びて居間に入ってきた。
そのタイミングできょうだいも起きてきて、二人でごはんを食べ始め、僕はぼんやりテレビを見ていた。
「そういえば!お父さんな!昨日、金縛りにあったんで!」
霊感ゼロの父ちゃんが、はしゃいぎながら言う。なにもリアクションしなかったら一日機嫌が悪いので、母ちゃんと僕はうっすら笑って答えた。
「へぇ、そうなんや」
「どうなったん?」
それって多分……。と思いながらも、昨日の霊の足取りがなんとなく見えてきた。父ちゃんは鼻息を荒くして、自慢げに話を続ける。
「金縛りにあって、おなかのとこにドン!となんかが乗ってきたんや!助けてほしかったけど、お母さんはいびきかいて寝てたからな!」
これはきっと年単位の武勇伝になるぞと感じると同時に、僕と母ちゃんの視線がじわっとかみ合う。
『起きてたやろ』
『寝てたわ(起きてたけど、目は閉じてたから寝てるカウント)』
僕の視線の問いかけに対して、母ちゃんも同じ方法で応戦してきた。いびきなんてかいてるわけがない。寝てないんだから。父ちゃんは、話を盛るのが好きなのだ。
「重いのを我慢して、そのまま寝た!」
父ちゃんは目を爛々とさせていたので、すごーい、さすがー、と褒めたたえる。そうすると、満足げな顔をしてにやにやしていた。
おそらく昨晩の霊は、丘に行った際についてきた霊だろう。そのまま車で一緒に家まで来て、夜中に僕や母ちゃんのところに出て、こっちに来るなと双方から言われてうろうろして行き場がなくなって父ちゃんのところに出たのではないだろうか。
僕や母ちゃんにとっても迷惑だったが、たらいまわしにされた霊もたまったもんじゃなかっただろう。
その後、同じ霊が枕元周辺に現れることはなかった。
ただ、あの日を境に、霊感ゼロの父ちゃんでさえ「あの丘は行きたくない」と言い出したのだから。よほど強い何かがあるのは間違いない。
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