お盆
学校が夏休みにはいって、部活が連続して休みになるのがお盆。休むことと家にいることが大好きな僕は、お盆休みを僕は待ちわびていた。
中学生になると、まとまった休みがない。運動部は特にそうだ。普通は遊びに行けないとかデートに行けないと嘆くが、僕はゲームができなくて嘆いていた。休みになる!ゲームができる!とウキウキで帰った、8月に入って日の浅いある日の夜。
誰もいない仏間から、聞いたことがあるいびきがしていた。
まぎれもなく、僕が6歳のときに天に召されたばあちゃんのそれである。
僕とばあちゃんは、それはそれはすこぶる仲が悪かった。僕は声が大きくてすぐ手が出るばあちゃんが嫌いだったし、ばあちゃんはたたけばすぐ泣いて母ちゃんのところから離れない僕が嫌いだった。
嫌いという感情だけは両想いだったわけだが、その両想いに姑からいじめられていた母ちゃんも加わっている。
まるでドラマのどろどろのそれなわけだけど、ばあちゃんが天に召されて以降は心穏やかな生活をしていたわけだ。
ただ、僕は最近意図せず霊感が身についてしまったので、お盆にはばあちゃんが見えるのでは……?なんて心配をうっすらしていた。正直に言ったらうっすらじゃなくて、結構心配していた。叩かれることはないにしても、文句なんて言われたくないからだ。
お盆がちょっとだけ見え隠れし始めた、8月の上旬。夜。
仏間の前を通りかかったときだった。
グ、グオォォォ。グオォォォ……
20時なので、まだ誰も寝てない。でも姿は見えない。誰だ。気分はゾンビゲームに出てくる主人公である。ふすまに背中をぴったり着けて、ゆっくりと仏間を覗く。別に怖くはないけど、こうした方がムードが出る。
ちょっとドキドキしてきたぞと、いびきを聞きながらワクワクしていると。
「なにしよんのアンタ」
たたんだタオルを小脇に抱えた母ちゃんが、どこからともなく登場。一瞬にして、ムード台無し。僕はげんなりしながら立ち上がり、母ちゃんから仏間に視線を移す。
「ばあちゃんのいびきの音がする」
母ちゃんはそれを聞いて、ポカンとした。それを見て、まさか聞こえてないのかと僕もポカンとする。
「……昔からしてたけどな」
「そういったスタイルですか」
母ちゃんは当然のように言ったし、僕はいつも斜め上を行く母ちゃんの返答に対して普段と変わらない返ししかできない。
部活がなかった翌日の昼間、僕と母ちゃんは二人でそうめんをすすった。
父ちゃんときょうだいは、買い物にでも行ってたんだと思う。どこに行ったのかについては、もう忘れてしまった。
僕の実家は、基本的にクーラーを使わない家だった。夏は扇風機と外の風、冬はこたつとヒーターで乗り切る。この日も窓を開けて網戸にして、部屋の中にはそこそこの年代物の扇風機が頑張って首を振りながら風を振りまく。
特別な会話はないけど、別に嫌な雰囲気ではない。思春期ではあったが、僕は過激派ではなかったし、当時から時間があれば割とぼーっとしていたから、人畜無害だと自分では思っている。
「ばあちゃんのいびきは、お盆だけじゃないよ」
そうめんを食べた後、昼下がりにワイドショーを見ながら母ちゃんはボソッと言った。そうなんか、と思ったら母ちゃんの言葉が続く。
「年末年始もいびきはするし、別に何もない日でも、仏壇の電気が勝手に消えたりしてる」
それを聞くまで、そんなことが起こっていたなんて全然気が付かなかった。
「怖くないん?昼間、家にひとりでおるやろ?」
僕の場合、家に帰れば誰かしら存命の家族がいる。何か見えたり聞こえたりしても怖くないのは、きっと家族が誰かいることも大きく関わっているのだろう。
「怖くない。ばあちゃんは知ってる人やから。この家にもともとおった人やし、死んだことが家から出ていく理由にはならんやろ。死んでもここが自分の家。見えてないだけで家におっても不思議じゃないやん」
見えてないだけ。いても不思議じゃない。もともとこの家の人間。そういわれればそうかと、僕は何となく納得した。
「お盆やお彼岸や年末年始じゃなきゃ、死んだ家族が家に帰ってこんってことはないと思う。あんた死んでもここにおりたいやろ?成仏してても、家におりたいと思わん?」
「どうやろ。まだ死んでないから、ようわからん」
素直に「うん」なんて言えるような根性は持ち合わせていないので、母ちゃんのありがたいお話に対する僕の回答は全然キレのない内容だったのを今でも覚えている。
ほんの少し、沈黙が流れる。ジージーミンミンせわしなく鳴く蝉の声は、テレビの音量を超えるくらいの声量で僕の耳に刺さる。
「ま、ばあちゃんがおってもあんまり気にせんようにしてる」
そういって、母ちゃんは台所にお茶を取りに行った。なんとなく他人行儀に見えたのは、きっと生前ばあちゃんからいじめられていたことも少しは関わっているのかなと、子どもながらに感じた。
とはいっても、お盆はいろんな霊が普段よりも多く行きかっているような気がしていた。霊が見えるようになったといっても、まだ時間はそう経っていない。夏は霊が見え始めて、初めて迎える。
僕の住んでいた観光地は、空襲がなかったといわれる場所。それでもモンペ姿の人や、兵隊さんはお盆に向けて増えていたように思う。
寝室も夏にはモンペを履いた人とか兵隊さんとかが多かった。それとは別に毎晩ベッドを囲む人たちがいたから、部屋の中はかなりの量の霊が夏には溜まる。
お盆。
この時期は、ご先祖様が帰ってくる。
ずっとそう思っていたけど、それだけではない。
終戦記念日がくる。
霊たちは、何か言い残していくわけではない。僕の部屋に集まっていた、戦争を背後に感じる彼らは、終戦記念日を境に徐々に数が減っていった。夏休みが終わるころに部屋に残ったのは、毎日顔を合わせるベッドの周囲にはりつく霊だけになった。
どこか遠くに感じていて、なんとなく他人事だった戦争が、霊を見る力がついたことによって嘘のように身近に感じた夏だった。
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