学校って場所
一昔前のテレビ番組とかでは、学校は心霊スポットみたいに取り上げられていた時期がある。古より全国の学校に住まい続ける花子さんなんてのは、とても有名な霊だ。いったい全国には、何人の花子さんがいるのだろう。
学校に霊がいることに関して、見えていなかった昨日までの僕は、だから学校のトイレって怖いのかと思っていた。でも見えるようになった僕は、学校に行ってみてトイレなんかそう怖くないなと思えるようになった。
学校は、トイレだけに霊が住み着いているわけじゃない。
結構そこらへんに、霊がいる。
僕の通っていた学校は、小中高すべて山の中の学校だった。
考えてみてほしい。山の中に学校がある。ということは、山を切り開いて学校を建てているということになる。山を切り開く。山という場所は、後々わかってきたけれど、いろんなものが住む場所。目に見えるもの、そうでないもの、動物だったり人ならざるものだったりが、木々に囲まれた空間で、場合によってはちょっと普通ではない空間を展開しながら時間を積んでいる場所なのだ。
そこを、人の手で。切り開いく。自然を切り崩して、資材を持ち込み、重機なんかを使って、ごりごりに建設して人を集めて学びの場としている。それが、学校。
こうして学校ができているってことを、忘れちゃいけない。
学校は物理的な広い面積が必要で、その面積は絶対人なり動物なりが息絶えてないとは言えないくらい広さがある。そして学校は、通わされているだけの場所じゃない。通いたかったと思っていた人もいる場所なのだ。
霊が見えるようになった翌朝、僕はいつも通り幼馴染と一緒に登校した。人見知り+思春期+発達障がいなので、今思えば存在自体がかなりこじれていた頃だった。幼馴染は心広くて、優しさと母性溢れる菩薩みたいな人だったから僕を見捨てずに面倒見てくれたが、普通に考えてめんどくさかっただろうと思う。
それはさておき、霊感のことは幼馴染には言わずに登校した。下手に「霊が見えるようになったんや」なんて言っちゃうと、見放されてしまうリスクがあったからだ。見えることには触れず、いつもと同じような会話をして学校にたどり着いた。
中学校は制服で登校するところが全国的にも多いと思っている。僕の中学校は学ランとセーラー服が制服だった。学ランと、セーラー服。念押しした理由は、校舎に入ってすぐタンクトップに短パン姿の少年が廊下を突っ走っていったのが見えたから。誰にも見えていないのだろう、ほかの人たちはいつもと変わらない様子だった。
こんな露骨にいろいろ見えだすのかと驚きながら教室に向かえば、廊下には先輩が突っ立っている。自分たちに挨拶するかを確かめているのだそうだ。
(え?超めんどくさい先輩と思いました?奇遇ですね、僕もずっと思ってました。)
そのめんどくさい先輩に挨拶をして教室にたどり着くと、私服の女の人が居たり、廊下を子どもが楽しそうに走っているのが見える。正直、こんなにいたのかと驚いてしまうほどだ。
学校の幽霊=トイレの花子さん=怖い
これは大方間違いだ。学校にいる霊の大半は、目が合えば知らん顔されるか会釈して終わる。話しかけてくることは少ないし、あまりうるさくもない。
もちろんいきなり首を絞められることもなければ、いきなり天井から釣り下がって出てくることもない。トイレの3番目にずっといることも少なく、便座から手首が生えてきた経験もゼロだ。
霊よりも、人間の方が数倍怖い。中学生時代は、それをこれでもかと思い知った。
霊が見え始めて約半日。
日々移動教室に間に合わずにおいて行かれがちの僕は、方向音痴過ぎてどこに行けばいいかわからなくなってしまって校舎内で迷子になっていると。
「もういっこ上の階」
「もうすぐ着くよ、間に合いそう」
この頃から、僕は見ず知らずの霊から助けてもらえ始めた。心の中で「ありがとう」と心を込めてお礼を言えば、気にしないでと言わんばかりに手を振ってくれる霊もいた。
ただ、霊が学業に加担することは一切ない。数学も理科も社会も、霊が見えるようになったからと言って誰かが親切に教えてくれたことは一度もなかった。一度も!なかった!!
そこは手助けしちゃダメだろという部分は、全く手助けしてくれない。ありがたすぎて、涙が滝のようにとめどなく流れ出る思いだった。
ただ、本当に忘れないでほしい。僕の学校は、山の中を切り開いてできているということを。
午後の授業まで終わって、やれやれと部活に行く。中体連も終わって、ようやく先輩が引退した。とはいっても、僕の立場はそう変わらない。バレー部に所属していたが、同級生は半分以上地元の小学校(強豪)出身なので、何かの間違いでレギュラーになってしまった僕は足を引っ張ってはコテンパンに文句を言われていた。
後輩とはつかず離れず、特別仲がいいわけではない。幼馴染はバレー部をやめてしまったので、部活はいつもやられたい放題だった。
体育館の隅。僕たちが使っているステージ側に、見たことない女の人が立っていた。多分あちらの人だろう、誰も彼女について何も触れていない。女性の霊とは目も合わず、しごかれまくって部活の時間が終わった。終始彼女は体育館のステージ横の隅に立っていた。ちなみに隣は、九州ブロック常連の卓球部が汗を流していた。
部活が終わって、胸が撫で下ろしながら帰る。楽しくはないが、辞めるわけにもいかない。やめることを許さない家庭だったので、辞めたいとは言えなかった。どんよりした気持ちになりながら帰っていると、背後に何かの気配を感じる。
―ん?
体育館にいた女性だ。よくホラー番組で見るような、真っ白なワンピースを着ている。でも、特別な外傷があるわけではない。髪は長くないけれど、うつむいていて顔がよくわからないままだった。
歩けば歩いただけ、ついてくる。
ただ、距離を縮めてくるわけではない。まして襲ってくることもなく、2~3mの距離を保った状態が続いた。
襲ってこないならいいやと思って、僕は気にせず歩いて人気の少ない田んぼ道を選んで歩き、自宅近くの街灯の下にいる親子の霊を無視して家に到着。公民館は、相変わらず真っ黒な人で大盛況だった。
家に入る前に振り返ってみると、女性の霊はもういなかった。
どこかであきらめたのかなと家に入ると、庭にいる超絶美人のシェパード(女性)が、めちゃくちゃ吠えてくる。
「うーん、僕も大好き~」
思春期なので何かしら威嚇されていたにもかかわらず、好きだと言われていると錯覚していた。今思うと、本当に気持ち悪い。
さっさと部活着を脱いで、制服をハンガーにかけて、腹ペコなので居間のいつも座る場所に座った。
母ちゃんが、とっても嫌そうな顔で僕を見てくる。テストで50点以下(いつもの点数)を取ってきたときみたいな、ちょっと渋くてめちゃくちゃ嫌そうな顔である。
夕食の準備をしてくれながらも、ほんとめちゃくちゃ嫌そうなので、まったく理由はわかっていないけどとりあえずこちらも嫌そうな顔で応戦。
「なに連れてきたん?」
「なんも?虫でも家に入った?」
「違うやろ」
冷え切った会話をしながら、熱々のご飯を食べる。
何のことか訳が分からないまま、重い空気の中でも食ばかりもりもり進む。
「女の人が入ってきてるんやけど」
母ちゃんがしぶしぶそういって、僕はポカンとした。
「ついてきたけど、家の中に入る前に振り返ったらおらんかったよ?」
「玄関開けたときに入ったんやろ」
「なんで?」
「そんなん、入ってこないでくださいって言わんかったからやない?」
霊って壁抜けとかで入室してくるものだと思っていたから、僕はポカンとした。
「え、入ってこんでくださいって言えば入ってこんの?」
壁抜けしない上に、入室拒否したら「そうなのね」と引き下がってくれるものなのか、霊って。
「一緒に来たって、うちは仏壇しかないやろ。見えるだけ以外のスキルゼロやから、ついてきてもお茶も出んくらいの勢いと、心底嫌そうな顔して、来ないでくださいって言わんと」
母ちゃん、正気か。そんなんでお化けさんは退散してくれるんか。強気にもほどがないか……?
「霊媒師も母ちゃんと同じこと言って悪霊退散してるんかな」
当時はやっていたオカルト番組なんかで出てくる霊媒師の人は、戦闘服を着て装備万端で呪文を唱えながら幽霊とと対峙して、彼らをあの世におさらばさせていた。きっとああでもしなければ霊は立ち去らないと、僕は信じていたのだ。
だから、母ちゃんの言っていたことは何となく信用できなくて、テレビの霊媒師のことを言ってみた。
「しらんわ。霊媒師は霊媒師。うちはうち。住む世界が違う」
よそはよそ、うちはうち。きれいにまとめられてしまって、返す言葉もない。
部屋にこれ以上よくわからない霊が増えてしまうのは正直ごめんなので、さっき母ちゃんが言っていたようにとりあえず声に出して出て行ってほしい旨を女性の霊に伝えた。
彼女は何も言わず(ほんとは小声で何か言っていたけど)、うつむいたまましばらく廊下に立っていて、気が付いたら姿を消していた。
―ほんとにおらんなった。母ちゃんすげえな……
思春期なので声に出しては言わないけれど、僕は母ちゃんのことを内心リスペクトした。
この原理が通用するなら寝室の霊もいなくなるぜ!と、僕は意気揚々寝室に向かう。ドアを開けると、真っ黒な人影……。ではなく、年代バラバラ年齢バラバラの霊たちが、部屋の真ん中の机を囲んで座っていた。
今日は黒い影じゃないのかと、彼らを無視してベッドに入って明かりを消す。
さあ安らかに眠るぞ!
と、言いたかったのに昨日と変わらずベッドを取り囲まれて霊たちからずっと見られ続けて棺桶の中の人状態のまままた寝ることになった。
―さっきまで座ってたんに、なんで立ち上がってそんな凝視すんのよ
文句が言えるほど肝が据わっているわけではないので、心の中で泣きながら昨日よりも10倍速く眠りについた。
翌朝。
「なんで学校から連れて帰ってしまった女の人は、出てってくださいって言ったらすんなり消えたのに、2階の人達は消えてくれんの?」
僕は朝一発目から、母ちゃんに怒りながら聞いた。パジャマのまま、もちろん寝ぐせもばっちりついている。
「消えたくないからやろ」
母ちゃんは台所に立ったまま、背中を向けて答える。声から、めんどくさいんですけどという感情が駄々洩れだった。
「どうやったら消えるんや」
「知らんよ」
そりゃそうだ。母ちゃんが知るわけがない。
「人数も多いし、目がイッてる人もおるから、たぶんあんたの声なんか聞いてないんやない?イッてらっしゃる人は、人の話なんか聞かんやろ?」
たしかに。イッてる人は他人の話なんか聞かないかもしれない。そうなのか、と妙に納得したところで、朝食を食べて、僕はまた新しい朝を迎えたのだった。
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