寝室のヤバさと新しい朝

 14歳の頃は、きょうだいと同じ部屋だった。とはいっても部屋で過ごすことはほとんどない。勉強机は子ども部屋としている2階にあったものの、なんとなく入るのが嫌で寝るだけの寝室として使っていた。


 そんなに広くない家の中には、なんとなく嫌だと思う場所がいくつかある。中でも2階は全面的になんとなく嫌な雰囲気が漂っていて、ひとりで何かしたいと思えないくらい野生の本能が受け付けない。その理由は今までわからなかったが、いざ霊諸々が見えてしまうと、寝室は想像以上にヤバい場所だった。



 実家の階段は、木製で急。14年間暮らしているから慣れたが、子どもの頃はよく階段から落ちていたらしい。(思春期なので、かっこ悪いと思うことは自動削除済)

 その急な階段を上って、すぐ左側に畳の両親の寝室。右に入って、通り部屋の先にあるのが僕ときょうだいの寝室。いつも風呂に入ってテレビを見て、眠くなったら行く場所。


 僕は未来型ロボットが出てくる漫画のいつも黄色い服を着た眼鏡の少年キャラ並みに寝つきがいいので、横になって枕元の目覚まし時計を見て体を仰向けにしたらもう朝が来る。寝つき抜群だった。


 ……昨日までは。




 霊が見えるようになって、眠くなって2階の寝室に向かう初めての夜。嫌な雰囲気漂う2階に上がって通り部屋を通る時点で、寝室がすでにおかしいのに気が付く。今から寝るのに……と思いつつもドアを開ければ、1階にいたフレンドリーで人間味あふれる霊とは違う種類の皆さんがすでに部屋に入室完了していた。


 想像以上に部屋にぎっしり黒い人達が入っていたため、とりあえず1回ドアを閉めて冷静さを取り戻す。というより、見なかったことにしたかったし、できればもう少しどうにかした場所で寝たかった。

 でも、安心して寝られるのは、現状ここしかない。

 仏間で寝ることも、一応できる。ただ、生前のばあちゃんと超仲が悪かったため、仏間では寝る勇気はない。思春期だから、まだどことなく子どもだもの。


 寝室のドアをしぶしぶ再度開けると、先ほどと1mmも変わっていない現場の様子。寝室というより、現場という言葉がしっくりくるんじゃないかと思えてくる。それくらい部屋の中はまがまがしくて湿った黒っぽい空気が、隅々まで充満していた。


 きょうだいは、すでに就寝済み。のんきに、ちょっといびきなんてかいてるから呆れてしまう。

 なんでこんなぐっすり寝れるんやと、昨日までの自分の寝姿なんて全く想像せずに僕は思った。


 とりあえず横になって、寝る体制を整える。いくら黒い人影が沸いていようが、寝てしまえば勝ちという、謎のマイルールが降ってわいた。朝が来れば霊って消えるだろ、となぜか根拠もなく信じて目を閉じる。





 眠れない。

 目を閉じてすぐに伝わってくる、相当な人数からの視線。なんなのほんとにと思い、仰向けになったままパチッと目を開けた。


 すると、視線の先には、たぶん何らかの怨念なり無念なりを抱えているような人たちが僕の様子をじっと見つめていた。ベッドの周囲にぎっしりと霊がいて、みなさん無表情。目の奥が真っ黒で、何らかの闇を感じずにはいられない。睨むでもなく恨むでもない、果てしない彼らの無の表情は、みんな違う顔のはずなのに同じ顔のように僕の目に映る。


 なんでそんなに見つめるんや。寝られんやないか。


 僕の場合は怖さよりも、眠気が優勢なので、見られている恐怖よりも気分が落ち着かないので思うように寝られない。

 目力が強い人から見つめられると、穴が開きそうだなんて表現がある。相手からの目力で穴が開いちゃうなら、この時の僕はたぶんアメコミに出てくる穴がぼこぼこに開いたチーズくらい穴が開いていただろう。


 しばらく目を開けていたが、霊の皆さんは微動だにせず僕を見つめ続けるばかり。何か言いたいなら言えばいいのに、何も言ってこない。ただただ目を見開いて、こちらをじっと見ている。


 非常に寝にくい。


―そうか。棺桶に入るとこんな感じか


 深夜23時過ぎ。もう眠さでいろんなものを突破して、そう思い始めた。棺桶に入ると、みんな小窓を覗く。覗かれている側の人はこんな気持ちなのかもしれないと思えば、なぜか心安らかに眠りに落ちた。




 翌朝。やはり霊たちの姿は消滅。朝になれば誰もいなくなる説は、強いのかもしれんと、単純なので心の底から思う。寝相が悪いので、爆発した髪の毛をなだめながら階段を下りた。

 居間に行くと、母ちゃんが食パンを焼いて出してくれた。

「よくあの部屋で寝れたな」

母ちゃんは、昨晩僕があの部屋で寝たことに対して感心した。そうだこの人も見えてんだっけと、パンをかじりながら思う。

「(霊さんに)めちゃくちゃ見られてたけど寝れた」

僕は寝起きがいいので、すでに気分は爽快である。

「あの部屋、黒い人いっぱいおるやろ」

「おる。知ってたんか」

「だって公民館に面した部屋やもん」

母ちゃんはバターを塗ったパンを手に持って、当然のように言ってパンにかじりつく。そういわれればそうだ。僕の寝室は、部活帰りに見た黒い人がたくさん立っていた公民館に面している。

 それを知ってて寝室をあそこにしたのかと、内心僕は母ちゃんを軽蔑してみた。すると母ちゃんは、僕の顔を見るなり、口の中のパンをコーヒーで流し込んで、こう言ったのだ。



「まぁ、お母さんが寝てる部屋は天井に穴が開いて、そっから人が覗いてることがあるから。それよりいいやろ」



 母ちゃん、軽蔑してごめん。2階の畳の部屋、そんなヤバい部屋やったんか。てことは、2階の部屋そのものがヤバいのでは?と思いながら、僕はパンを完食。

「んたら仏間で寝ればいいやん」

「いやだ」

本当に嫌そうに母ちゃんは言って、お皿を下げる。そうだった。母ちゃんも、この家のばあちゃんとはあまり仲良くなかった。


 仏間で寝たくない理由まで僕としっかりかぶっているあたり、母ちゃんとは正真正銘の親子だなと感じた。




 家を出ると、昨日までたくさんいた黒い人影が見えない。もしかすると、僕の霊感は気のせいだったのでは?疲れてただけかも。なんて、都合のいいことを思って学校に向けて歩き出す。すると、昨日親子の視線を感じた自宅近くの街灯に差し掛かった。


 なにもいない。

 心のどこかでほっとした矢先。

「ふふふ……」

街灯の下を通ったとき、女の人の上ずった笑い声が右耳に入ってきた。振り返ると誰もいない。姿も見せず笑い声だけで脅かしてくるから、僕ばなんとなく卑怯な奴だと思った。

「ふふふふふ……」

負けてたまるかと思って、今はもう見えない街灯の下の霊に向かって、なぜか僕は気色悪い笑顔と笑い声で応戦。何も見えない近所のおばさんから、突き刺さる冷たい視線を浴びながら、昨日までとは違った新しい朝を無事に迎えた。


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