世の中ほぼ事故物件だぞ?ー実家編ー
みほし ゆうせい
初めて見えた日
人間には、いろんなタイプの人がいる。
勉強ができたり、運動ができたり、顔面偏差値が高かったり。
人それぞれ特徴があって、それが個性に繋がる。
僕は当時、ちょっとぽっちゃりしていた。バレー部に所属していたが、思ったほど背は伸びず、なぜか体重ばかりすこぶる伸びた。おかげでジャンプした衝撃で脛にひびが入ってしまうような、どこにでもいる中学生。
学力は、国語と音楽が全てを支えていて、そのほか暗記物や計算はずっと低空飛行。当時は認められていなかった発達障がい持ちで、種類はアスペルガー。変わった人と周囲が認知していて、僕自身も「自分、周りと違うやろ」と感じていた。
僕の故郷は、九州。観光地で、海外の人も多く行きかっている。そして、家の近くにはあまり知られていない戦場後がある。
家の近くに戦場後があるということは、大きくくくってしまえば僕の実家だっておそらく戦場跡地であり、そこで誰かしら命を落としている。
だからだろうか。全く霊感らしいものはなかった僕が、ある日突然霊を見出したのは。
14歳。思春期。周囲との格差と贅肉が悩み。彼女、もちろんなし!
部活からの帰宅時には同じ方面に人がいなかったため、ひとりで数少ない田んぼ道を歩いていくことが多かった。
もともと山育ちで、小中高とすべて学校が山にあったため、行き帰りは終始坂道。ひとりで帰るのは、嫌いじゃない。人がいない方が、心が落ち着く。帰り道も、できるだけ人気が少ない道を選んでいた。
虫の声、鳥の声、風の音、最低限の数の街灯。これだけあれば十分。思春期真っ盛りだったので、いろいろな妄想をしながら帰るのが大好きだった。
いつも通り人気の少ない田んぼ道を突っ切る。季節は梅雨の晴れ間か、秋の入り口だった。街灯が少ないから星がきれいだったと思う。目が悪いから星はほとんど見えない。ちなみに、月は何個も見える(多分乱視)。
周囲には家もなく、左手側には田んぼ、右手側にはこの地域にしてはかなり広い畑がある。その日の風は生ぬるく、それさえ心地よいと思えるくらいにジメジメした暑さで汗がにじんでいた。
部活で疲労がたまった体を引きずりながら、ぽつぽつと街灯がともる、人気のない道を歩く。いつも田んぼを眺めながら歩いているが、目の端になにか白いものが入ってきたから、不意に右を見ると田んぼの隅に真っ白な人影があった。
人ではない。
一目でわかった。
人間の形をした、なにか。
腰を下ろしていたそれは、ゆっくりと立ち上がる。
田舎でよく見る、畑仕事をする老婆の格好だった。
顔は見えない。かなり背中が丸まっていて、体全体がとても小さく見える。
僕の視線は、老婆の姿をしたそれに、釘付けになった。
無意識に呼吸が浅くなる。口の中だけで息をしているかのように、息を吸っても吐いても酸素が体の中に入ってこない。
立ち上がったそれは、のっそりと雑草だらけの畑の方に体を向けた。
そして、その小さな体では考えられないくらいの、大きな歩幅で歩き始めた。老婆の足は、決して長くない。体相応の長さなのにもかかわらず、あり得ないほどの大幅で、畑の中を少し弾むように数歩歩いて横切り、音もなく消えた。
「まじか」
不思議と恐怖は感じなかったものの、生きている老人ではないのは一目瞭然。初めて見た霊は、どこの誰とも知らない、おそらく老婆だった。
気のせいかもしれん。部活で疲れてたからと、一応の自分への言い訳をしながら歩く。人気のない道を抜けて、車通りの多い道に出た。あかりが多い道に出たからか、自分が霊を見たことを忘れようと思った。
霊が見える、霊を見たなんて言ったところで、誰も信じてくれない。ただでさえ変人扱いなのに、これ以上変人扱いがひどくなっちゃ生活しにくくなってしまう。
ただ残念ながら、霊を見てしまったことをなかったことにはできず。なかったことにしたかった僕の願いは、まったくもって叶わなかった。
実家の近くになると、また人通りがなくなる。街灯も少ない。いつもならさっさと歩いて行ける道が、どうしようもなく暗く見える。
こんなに暗い道だったかと思いながら歩けば、先日交通事故で死んでいた子猫らしきものが元気に走っているし、街灯の下には一目見てすぐにコッチの人じゃない親子が突っ立っている。
しかも、めちゃくちゃ見られてる!ちょっと気持ち悪かったので早足で通り過ぎると、実家前の公民館には黒い人影がたくさん突っ立っていた。
僕の実家の前には、小さな墓石の集まりを有する公民館がある。どこの誰が墓石を寄せ集めたのかはよく知らないが、子どもの頃はそれに座ってままごとをしていた。
霊感がある人であれば「ここはよろしくない」とすぐ見わかる程度に空気の悪い場所が実家の前に広がっているのだが、霊が見えていなかった昨日までは全く気にならなかった。
それが先ほどの老婆の霊を見たことを封切に、霊らしきものがわんさと見え始めたのだ。
ーえ?こんなヤバいとこに今まで住んでたん?
怖い気持ちが全くなかったわけではないけれど、黒い影の集団を見たらさすがに身の危険を感じてさっさと家に入った。
「ただいま」
家に入ってすぐ、玄関にいたのは、母親でもなければきょうだいでもなく、父親でもない。見ず知らずのおっさん(故人)だった。
なんでおる。どうして違和感なく出迎えてきた。せっかくならかわいいお姉ちゃんが良かった。
おじさんはちょっとハゲてたし、太ってたし、危害ゼロなのは見てすぐわかる。
とりあえずスルーして家に入ると、居間にも仏間にも、結構な数の知らない人(故人)がいる。畳の上に座ってたり、井戸端会議をしていたり、結構自由にやっている光景が広がる。
年代はバラバラだった。モンペを履いた人もいれば、先ほどのサラリーマンみたいに現代の格好の人もいる。大体5人くらいだっただろうか。そんなに広くない家だから、いつもよりにぎやかに見えた。
トイレに入れば、武士の先客が座っていた。
別にうちは、事故物件ではない。事故物件ではなくても、土地によってはこんな感じなのだ。今まで気が付かなかっただけで、霊は身近にたくさんいる。
霊は“見える人”がわかると聞いたことがある。そうなのかくらいにしか思っていなかったが、どうやらそれは本当らしい。
とにかく霊と目が合う。なんならあんまり仲良くないきょうだいより、アイコンタクトがばっちりとれちゃうくらい。
しかも、目が合うと僕よりも相手が驚いた顔をするのだから、もう何が何だかよくわからないと思いながら、汗まみれの部活着を脱いで制服をハンガーにかけた。自室はないので、仏間の隅の収納スペースに吊り下げる。
汗臭いにもかかわらず食いしん坊なので、お風呂に入らず居間に入って唐揚げを食べることにした。
「いただきまーす」
唐揚げはとても好きだ。モリモリ食べれる。モリモリ食べる様子を、ちょっと髪の長い女の人がのぞき込んできているが、気にせず唐揚げを食べる。
「あんたさぁ」
母ちゃんの登場。最初から不満げなのは、きっと僕が汗臭いからだろう。
「なに」
汗臭いって単語は毎日聞いているから、言われても痛くもかゆくもない。汗かいたんだから、汗臭いだろうさと思いながら、そっけない返事をして唐揚げを食べる。
「どこ歩いて帰った?」
「いつもの道」
いつもの道とは、車通りの多い街灯がたくさんあるにぎやかな道路だ。僕の返答に、母ちゃんの表情が一気に曇る。
「いつもの道じゃないやろ。田んぼの方、歩いたろ?」
なんなんだ、母ちゃん。エスパーなんか。
「いいや?」
田んぼ道は道が寂しいから歩いて帰るなと再三言われいている手前、そうやすやすと認めるわけにはいかない。田んぼ道を歩いたことを、どうとか内緒にしたい所存。
「歩いたろ」
でも、母ちゃんは内緒にしてくれる様子はない。
「なんでそう思うん」
絶対内緒にしたると、僕は唐揚げとごはんを食べながら母ちゃんに問いかけた。
「なんでって。あの道は出るもん。肩、後で外出て叩いてきてよ?」
え?……なんか肩に乗ってるってこと?ねぇ。母ちゃんはそれだけ言って、さっさと台所に引っ込んでしまった。
ポカンとしたまま唐揚げを食べて、玄関を出て肩をはたいて家に入った。
お風呂に入って寝る前にテレビを霊数人と眺めた。お笑い番組だった。
「母ちゃん、見えてるん?」
「なんとなく居るなってくらいにはわかってる」
母ちゃん、カミングアウトが雑である。衝撃の発言のはずだっただろうに、どうでもいいような会話にさえ聞こえてしまう。
この日僕は、霊感に目覚めてしまっただけではなく、母ちゃんも見えていることを知ってしまったのだった。
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