最強の魔術師である僕が戦わない理由

平成オワリ

最強の魔術師である僕が戦わない理由

「頼む! 魔王を倒すのに、【最果ての賢者】と呼ばれるアンタの力が必要なんだ! 俺の……俺たち勇者パーティーに加わってくれ!」

「何度来られても絶対に嫌ですって! もういい加減にしてくださいよ勇者様!」


 人里離れた森の奥。世俗から離れて生活をしている僕の家の前で、もう何度と繰り返された勇者様とのやり取りに、つい声を荒げてしまう。


「それでも……頼む!」

「ああああぁ! もおぉぉぉぉ!」


 怒鳴っても嘆いても折れないのは流石勇者と言えなくないが、そんな心意気は別のところで発揮してくれ!


 確かに僕は師匠から【最果ての賢者】の名と力を継いだ魔術師だ。誇張でもなく、世界最強の魔術師だという自覚もある。人知を超越した魔王を倒すために、人類として必要な力なのだって理解できるさ!


 だけど力を持っているから戦わなければならないなんて理屈は違うだろ!? 僕は魔王討伐なんて『栄誉』あることはしたくないんだ!


「魔王を倒したら英雄だ! 地位も名誉も女も思いのままだぞ!」

「勇者様! あなたが意外と俗物なのは知ってますけど、それはあまり表に出さないようにお願いします! あとこの際ハッキリ言いますけど、僕は『英雄』に興味はないんです!」

「え、英雄に興味がない……?」

「はい!」


 この狂った世界で英雄なんてなってたまるか! そうはっきりと伝えると勇者様は一瞬黙り込むんだが、そう簡単に諦めなるならこの縁もとっくに切れている。


 勇者は凛々しい瞳でまっすぐにこちらを射抜いてくる。それはまるで敵の弱点を探るような、鋭い瞳だ。


「地位は?」

「いりません!」

「名誉は!?」

「いりません!」

「女はどうだ!?」

「……」

「へぇ……そうか女か。女は欲しいんだな?」

「む、ぐ……悪いっすか!? 僕だって男だから仕方ないでしょ!?」

「悪いなんて言ってないさ。ただそうだな、魔王を倒せばきっと世界中の女性からモテるだろうなぁと、そう思っただけだ」


 まるで悪人が弱みを見せた相手に話すような言い方だ。とても勇者とは思えない。


 捨て子だった僕が師匠に拾われてから十六年、【最果ての賢者】となるべく俗世から離れて生活してきた僕は当然ながら女性との絡みは一度としてない。


 本当は物語にあるような可愛い女の子と冒険とかもしてみたいさ! 最初は喧嘩をしたり、余所余所しかったり、だけど一緒に苦楽を共にすることで信頼しあい、それはそのまま親愛に変わり、そして――なんて考えたことは一度や二度じゃない!


「ちなみに俺は、結構女にモテる。『勇者』で『英雄』だからな。もちろん、そんな『勇者パーティ』の一員になれば、モテるぞ?」


 この勇者、そんな童貞の心を抉ってきやがって。酷すぎる!


 だけど挑発に乗っちゃだめだ。僕は【最果ての賢者】――僕の力が世に出ればきっと、『世界』は僕を放ってはくれないだろう。


 そうなれば待っているのは身の破滅しかない。過去に世に出た【最果ての賢者】の末路を見れば、それは絶対に避けなければいけない。


 だから、こんな姦計に乗ってはいけないんだ!


「べ、べつにモテなくても、へへへ、平気だし……」


 森に引きこもり、心行くままに魔術を研究する。そして何れは弟子をとり、この力を継承させていく。それだけ出来れば、他には何もいらない。


 自分に言い聞かせる。何故なら僕は【最果ての賢者】。世界最強の魔術師なんだから!


「そうか、また来る」

 

 そう言って去った勇者は、翌日朝からまたやってきやがった。


 早いよ! せめて中一日くらい開けてよ!


 しかも今度は勇者の相方である聖女を伴ってだ。くそ、銀髪ロングとか超好みだし顔は可愛いしオッパイ大きいし法衣のスカート部分はスリット入ってて太ももチラ見がエロいし、こいつら童貞である僕を殺しに来てやがる!


「初めまして賢者様。未熟ながらも聖女を名乗らせて頂いていますユリアと申します」


 聖女ユリアが頭を下げた瞬間、まるで重力には逆らえないよと言わんばかりに二つの玉が揺れる。しかも下半身を隠しているスリットが広がり、白い太ももから紐のような物まで見えた。


 こいつら間違いない! 童貞の僕を殺しに来てやがる!


 どうやら聖女は今回付いてきただけらしく、自己紹介が終わると淑女らしく一歩引いてしまい、話を聞く態勢に入った。ああ、オッパイが遠ざかる――なんて事は思わない。


 代わりに一歩前に出てきたのは、真剣な表情をした勇者だ。


「かつて中央大陸で起きていた戦乱の時代、ショク帝国の王リュウビは、当時ただの村人でしかなかったコーメイを手に入れるために三顧の礼を持って迎え入れたという。俺はお前の事をそれくらい手に入れたいと思っているんだ!」


 それはあまりに有名な逸話だ。世界の英雄譚を好む僕だが、中央大陸の戦乱『三帝国』や東の島国の戦乱『ジパング戦記』、それに北方の『アーサーキング』なんかは男たちの熱い思いや戦いが描かれていて、何度読んでも面白い。


 ――そう、面白いんだ。


 この場面に自分がいたら、なんて妄想だってしたことがあるさ。


 ただ、勇者のしているこれは違う。


「アンタのそれ聞くのもう五回目だから! 三回来る度に言ってるから! 通算でウチに来るのも十五回目だから! 三顧どころか十五顧の礼とかもはや礼じゃなくて嫌がらせだから!」

「それくらい俺は本気なんだ!」

「迷惑って言葉を辞書から引っ張ってから来い! あ、いやもう来ないでください!」


 何せ昨日女に反応したら、すぐに童貞スレイヤーな聖女を連れてくるような勇者だ。次に来たときはアマゾネスでも連れてきかねない。


「なあ、なんでそんなに嫌なんだ? 自分で言うのもなんだが俺は本物の勇者で、パーティに誘われることはすごい栄誉なことなんだぞ?」

「……その『栄誉』が嫌なんですよ」

「んん?」


 どうやら勇者様はわからないらしい。全く、幸せなことだ。叶うなら、僕も一生知りたくはなかった。


「どうやら勇者様はこの世界の真理を知らないようですね」

「……賢者様、それは」


 僕が何を言おうとしているのか気付いたらしい聖女が、躊躇いがちに口を開いた。箱入り娘かと思いきや、どうやら彼女は世界の『真理』を知っているらしい。


 そのうえでこの反応。どうやら彼女は『こちら側』の人間らしい。となれば、たとえ童貞を殺す気であったとしても無理に敵視する必要はないかもしれない。


「止めませんか賢者様。これ以上はお互い傷つくだけです」

「そうですね。個人的には勇者様には魔王を倒して欲しいと思っています。ただ、協力は出来ないというだけで」

「……それだけの実力を持ちながら、その立場に居られることが羨ましいです。私は聖女になった後に『真理』に辿り着き……その、もう手遅れでしたから」


 そうか、彼女はもう『真理』に巻き込まれてしまったのか。


「……気を強く持ってください。どうしても駄目な時は、現実から目を背けてもいいと思います。僕から言えることはそれくらいですが……」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで少し、心が軽くなります」

「なあおい、何の話だ?」


 勇者が聞いてくるが、今まさに停戦協定が結ばれたところだ。聖女ユリアと目が合うと、お互い頷きあう。


「「知らないことは幸せだってことですよ」」

「二人なんか仲良くなってね!?」

「「色々あるんです。色々」」



 そしてこの日以来、勇者がやってくることはなくなった。どうやら聖女が止めてくれたらしい。


 僕は【最果ての賢者】として魔術の研鑽を積みつつ、世俗から離れた生活に戻った。それから一年後、風の噂で勇者が魔王を倒したという話を聞くことになる。


「そっか……勇者はやり遂げたんだ。やり遂げ……ちゃったか」


 思わず感慨深い気持ちになり、目頭を押さえてしまう。聖女ユリアがいる限り大丈夫だと思うが、それでも勇者が『世界の真理』に辿り着く可能性はゼロではない。


「僕は最低だ」


 僕の力があれば、勇者の代わりに魔王を倒すことも出来たはずだ。彼にこんな重荷を背負わせることもなかった。


「だけど、駄目だった。どうしても勇気が出なかった」


 きっと今頃勇者は世界中の人々から崇められ、英雄として歓迎を受けていることだろう。きっと幸せな心地だとも思う。


 民は勇者の姿を見て、光に例えるかもしれない。


「だけど、光あるところには深い闇がある」


 そう、僕は知っていた。この闇の深さに比べれば、魔王など脅威でも何でもないことを。そして、魔王すら、既にこの闇に飲み込まれた被害者であることを。


 僕はこの闇から逃れるために、勇者の誘いを断った。


「そう考えると、聖女ユリアは本当に凄い。彼女は『世界の真理』を知りながら、それでも戦い抜いたんだから」


 気付いた時には手遅れだったのかもしれない。だけど逃げることは出来たはずだ。なのに彼女は世界の闇に飲み込まれる覚悟を決め、平和のために己を犠牲にした。


「彼女こそ、本物の聖女だ」


 他の誰も知らなくても、僕だけは知っている。彼女のおかげで、僕は世界の闇から逃れることが出来た。


 もし彼女が助けを求めることがあれば、きっと僕は他の何を捨てても助けるだろう。それだけの恩が、彼女にはあるのだ。


「……ほんの少しだけ、未来を見てみようか」


 三代目【最果ての賢者】が生み出した未来視の魔術。もちろん未来は不確定なものではあるが、その中でも最も高い可能性の一つを見せてくれる便利な魔術だ。


 そして僕が見た光景は――



「こんのクソアマァァァァァ! 裏切りやがったなぁぁぁぁ!」

「し、仕方ないじゃないですか! 登場人物は一人でも多い方が被害が減るんです!」

「だったら適当な奴にしとけよ! 他にもいるだろ!? なんで僕を選んだ!?」


 未来視で未来を見た僕は、真っ先に聖女を始末しようと決めて襲い掛かったが、流石は魔王を倒しただけあって中々しぶとい。


 しかも僕がこのような行動に出ることを予想していたらしく、聖女の権限で神具やら何やら準備万端で迎え撃ってきやがった。


「『世俗から離れて世界と勇者を見守ってくれている最強の魔術師』以上に美味しいキャラなんていなかったんですぅ!」

「なに勝手にねつ造してんの!? 見守ってた記憶なんてないんだけど!?」

「そこは読者が想像で補ってくれるから大丈夫!」

「それは想像じゃなくて妄想って言うんだよぉぉぉぉ!」


 僕がなぜここまで聖女に怒りを覚えたか、それは未来視で未来を見たことにある。


「TSした僕が『勇者様、愛してます』とか言ってる小説がベストセラーで売られている気分が分かるかぁぁぁ!?」

「分かりますよぉぉぉ! 私だって聖女に伝わる未来視が使えるんですもん! 魔王軍に凌辱されてる自分の漫画を見て泣きましたよぉぉぉ! 賢者様こそ犯される私の気持ちが分かるんですかァァァ!?」

「わからないでかァァァ! 魔王(♂)と勇者(♂)の両方に襲われる僕(♂)の本があったんだよォォォ!」

「……マジですか?」

「大マジです」


 お互い無言になる。


「ねえ、他にどんなのあった?」

「う、うぅぅ……私の場合、聖女だったら処女じゃないといけないから後ろで調教モノとか。しかも凄く気持ちよくなってハマったアヘ顔とかも書かれて……う、うぅ」

「あー、定番だね。僕の場合、なんか辛くて壮絶な過去があって、勇者側にも魔王側にも愛されるとかいう謎の総受けジャンルが……別にそんな過去ないのに」

「そういえば魔王との恋愛モノや魔王が女の子になって百合モノもありました」

「魔王との恋愛モノは僕もあったよ。そこはせめて女の子にしておいて欲しかった……なぜあえて男同士にするんだ……」


 最初は殺してやろうかと思った聖女ユリアだが、お互いに話を聞いていると段々と同情の方が強くなってしまう。


 それは彼女も同じようで、ごめんなさい、ごめんなさい、と嗚咽交じりに謝ってくれた。


「こうなること、わかってたよね?」

「う、うぅぅ……ごめんなさい……でも、どうしても一人だと耐えられなくて……」

「……まあ、気持ちはわかる。そもそも最初に君を見捨てたのは僕だ」

「でも、貴方はまだ引き返せたのに……私が巻き込んで……う、うぅ……しまって……」


 これがこの世界の『真理』にして『闇』だ。


 世界を支配しかけた魔王ですら美少女化されたり、ホモ化させられたり、部下に凌辱されたりハーレム要員にされる。


 いや、そもそも『世界を支配しかけた』事で『世界の真理』が動き出したと言った方がいいかもしれない。


 『英雄』にしても、倒されるべき『化物』にしても、それぞれ過去がある。そして、未来がある。この世界の闇は深い。彼ら彼女らの過去を改ざんし、時には性転換し、とてつもない行動をさせるやつらがいる。


「中央大陸の戦乱『三帝国』の世界に突然現れた主人公。彼は『三帝国』の主役達と共に大陸統一を目指す。今世界で大人気の二次創作だよね?」

「そうですね。歴史的人物をモチーフにした作品は多々あれど、やはり『三帝国』と『ジパング戦記』を題材とした二次創作モノは人気だと思います」


 そう、過去に実際に合った歴史を物語にした作品というのは、やはり現代の人間には憧れる要素が詰まっている。特に物語として描かれている彼らの活躍は、心を躍らせるし、僕も大好きだ。


 現代に英雄が蘇った話なんて鉄板モノだし、違う物語の英雄同士がぶつかり合うほど熱い話はない。英雄と友情を結んだり、恋仲になる話なんてのも、一度は想像したことがあるんじゃないだろうか?


 だけど、そういった光の当たる話もあれば、世界には闇もあって――


「リュウビ、カンウ、ソウソウ、ソンケン、リョフ、三帝国の英雄豪傑は多数存在するけど、そのほとんどが男だ。歴史が証明している……だけど」

「ノブナガ、イエヤス、シンゲン、ケンシン、ジパング戦記の武将達は男……ですが」


 僕たちは恐怖を覚えながらも、お互いに見合わせて同時に口を開いた。


「「彼らはみんな女になって、男主人公のハーレム要因になっている」」


 そして僕達は同時に膝をつき、涙を流す。


 何故なら、英雄とはそれだけで憧れを抱かれるものだ。そして英雄に憧れるのと同時に、英雄を堕としたいという願望もまた、人間には存在する。


「ノブナガ名鑑って知ってるかな? あらゆるノブナガを示した書籍なんだけどね、ノブナガは一人の筈なのに、男だったり別人だったり、女だったり犬だったり、500以上のノブナガが載ってるんだ。すごいよね、人ってここまでノブナガ一人で妄想出来るんだからさ」


 もはや人類は新しい境地に至っているとしか思えない。


「世界を支配しかけた魔王討伐。これほどの偉業を成せば必ず先の世で英雄譚として語られる。そしてそうなれば、絶対に滅茶苦茶にされると僕は知っていたよ」


 何故なら、過去にも三代目【最果ての賢者】が表舞台に出てきた事で英雄視され、そして滅茶苦茶にされた。それ以来、【最果ての賢者】は未来視を使用し同じことが起きないようにする様言われてきたんだから。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 聖女が壊れた様に謝罪を繰り返す。


 彼女は僕を巻き込んだ。


 『魔王を討伐できたのは、表に出てこれない最強の魔術師が影から支えてくれていたからだ』と世界中に言ったのだ。


「実は存在していた、魔王すら超える謎の最強魔術師。世界の真理が好きそうなワードだよね」


 表に出てきてないのがミソだ。なにせ妄想が捗る。男なのか、女なのか、目的は? 本当は敵じゃないのか? 


 そう、聖女ユリアが伝えた僕の情報は――あまりにも妄想の自由度が高すぎた。


「未来で見たよ。僕が主役の本はね、勇者や君、そして魔王が主役の本の数倍はあった。もちろん、健全な物もあったよ。だけどこの世界、数が多いのはとても言葉では言えないような物の方が多いんだ」

「私ヒロイン物も多かったです。知らない人に恋する私……複数の人に人形のように犯される私。男の私。性奴隷の私。もう気が狂うかと思いました」


 これ以上言うのはやめよう。彼女だってわかっていた。わかっていたが、止められなかっただけだ。


 だって人間だもん。聖女だって耐えられないことくらいあるさ。


「最後に聞かせてほしい……僕は初めて君に会ったとき、なんて凄い覚悟を持った人だと尊敬したよ。もうあの時から僕を巻き込むつもりだった?」

「いえ、あの時の私は覚悟を決めていました。ですが魔王を討伐して、初めて未来を見たとき、私の心は耐えられなくなって……それで……ごめっ――」

「――それ以上は謝らなくていい!」

「っ! でも!」

「いいんだ!」


 彼女の覚悟は伝わってきた。最初から逃げていた僕と違い、聖女ユリアは戦い、そして真理に敗れただけだ。


 そして彼女の心から後悔した姿を見て、僕も一つ覚悟を決める。


「戦おう」

「……え?」

「世界の『真理』と、世界の『闇』と戦おう!」


 そう、もう賽は投げられた。このまま何もせずに待っていても、未来は変えられない。


「僕達の未来視は完璧じゃない。あくまでもっとも高い可能性の一つを見せるだけだ。なら――未来は変えられる!」

「で、ですがこれは流石に相手が悪すぎます! 数多の英雄が、化物達が蹂躙されてきた正に『世界そのもの』が敵なんですよ!」

「出来る!」


 そう――出来るはずだ!


「君は誰だ?」

「え?」


 僕の言葉を理解できなったのか、聖女ユリアは一瞬呆気にとられた顔をする。


「君は――聖女ユリアだ。勇者と共に魔王を倒し、たった一人で世界の闇と戦うことを決意した誰よりも勇敢な少女だ!」

「あ……う……」


 聖女ユリアは照れたように顔を真っ赤に染め上げ、顔を伏せてしまう。


「そして――僕は誰だ?」

「貴方は……貴方はグレイ! 世界最強の魔術師【最果ての賢者】グレイ・アッシュノート!」


 そう、僕は【最果ての賢者】グレイ! 世界最強の魔術師だ!


「戦おうユリア。世界の闇と、世界の真理と戦おう。きっと僕達二人なら、出来ないことないと思う」


 僕はユリアに向かって手を伸ばす。その手をじっと見つめる彼女は、先ほどまで泣いていた少女とは思えないほど凛とした表情でその手を握ってくれた。


「……はい。私も覚悟を決めました。貴方とならきっと、戦えます」


 そして僕達二人の戦いは始まった。決して生易しいものではなかった。辛いことも多かった。苦しいことも多かった。だけどそれ以上に、充実した日々だった。


 僕たちはお互いを誰よりも信頼していた。喧嘩もしたし、意見が合わないときもあった。だけど、それでも僕にとって彼女は掛け替えのない人だったし、彼女にとっての僕もそうだった。


 いつしか僕達はお互いがなくてはならない存在になっていた。そして――






 僕達の未来は確定した。それはいくら未来視をしても変えられない未来だ。


 僕達は世界中から祝福され、結婚し、子供を宿し、そして幸せになった。僕の横にユリア以外が立つことはないし、ユリアの横に僕以外が立つこともない。


 そう、僕達は勝ったのだ。世界の真理に、世界の闇にたった二人で挑み、そして勝った。


 世界は僕達以上のカップルはないと認めた。俗にいう公式カップリングだ。こうなれば、そう簡単には手出しが出来ない。


 それでもたまに過去ごと変えて違う相手と結ばせようとする物もあるけれど、大抵別のファンに潰される。それに、そこまでくればもう僕達とは違う存在と割り切ることも出来た。


「ねえユリア。今君は幸せかな?」

「当たり前ですよグレイ。私は貴方と出会えて、世界で一番の幸せ者です」


 そう微笑んでくれるユリアを見て、僕は思った。


 僕は英雄になりたくなかった。だって英雄は未来の人たちに滅茶苦茶にされるから。


 だけど――


「君のためなら、僕は世界を敵に回す『英雄』になってもいい。そう思うよ」


 そう言って、僕は彼女を抱きしめながら優しくキスをした。



 最強の魔術師である僕が戦わない理由? 有名になったら将来とんでもないネタにさせられちゃうからだよ!


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