赤神有紗の職務放棄、或いは水瀬蒼太郎の苦心惨憺

岬夜空(5)

 橋の片側が砕けていて、鈍い色をした棒や石の欠片が宙に散らばっていました。

 記憶にあるのは魔王城で読んだ本の中、蒼ちゃんに確かめるとやっぱりあれが歩道橋というものみたいです。

 ただ、もう橋と呼ぶには原型を留めていなくて、半身が砕け散ったまま時間が止まっているように見えました。

 比較的、わたし達の目の高さに浮いている幾つかの石片、閂さんはその一つに近づくと何度か頭をなでるように手の平でさすって躊躇うことなく座ってしまいました。


「蒼ちゃん、砕けた橋の欠片はどうして落ちてこないのでしょう? 歩道橋ってそういうものなんですか?」

「落ちていますよ」

「でも、閂さんが座っても大丈夫なみたいです」

「限りなく停滞しているんだ、この世界は天と隔絶されている、日が出ないということは人も物も捧げる必要がない、それは流れを緩やかにする」


 蒼ちゃんの代わりに閂さんが答えてくれましたが、言い回しが独特で……んー、分かるような分からないような、時間が過ぎるのが遅いということなのでしょうか。

 この世界に来てから歩きっぱなしでしたから、わたしもちょっと休ませて貰いましょうか……。


「あいたっ!」


 手頃な破片に体重を預けてみると、座れるどころかあっけなくわたしと一緒に地面まで落下してお尻に刺さりました、間違いなく刺さりました。


「無様ですね、君には無理ですよ」

「早く言ってください!」


 尻餅をつきながら涙声で蒼ちゃんへ訴えかけます。

 閂さんは平気でわたしは無理、なんだかとてもやるせない気持ちです。


「あれは閂だから可能な芸当なんです」

「悪いことだ、俺は気が利かないと言われる、先に伝えてくれれば岬夜空も座れるように計らおう」

「閂さんも神様なんですか?」


 蒼ちゃんは神様で物体を他の場所へ瞬間移動させる術を持っていますし、閂さんもなにかの神様で蒼ちゃんとは違う術を扱えるのかもしれません。


「俺は……」

「閂は止めることが得意なんです、神様とはちょっと意味合いが違いますから、僕と違ってこんな世界でも制限を受けることがありません」

「そうだな」


 なんだか蒼ちゃんが閂さんの言葉を強引に遮って説明したように見えましたが、たぶん閂さんの言葉ではわたしが理解できないと思ったからでしょう。


「そうなんですね、凄いです」

「岬夜空もできるようになる筈だ」

「え、わたしがですか?」

「あぁ」

「どうでしょうね、この子の星空もまた確かに規格外ではありますが」

「さっき俺を助けるときに水瀬蒼た……蒼ちゃんの転移に星空を貸しただろう? その時の感覚を覚えているか?」

「おいちょっと待て、なんで言い直したんですか? 不器用なぐらい堅物なのが貴方の取柄でしょう?」

「俺は気が利かない、岬夜空に分かりやすく説明するためだ」

「必要ない気配りですのでもう二度としないでください」


 閂さんを助ける時、蒼ちゃんがわたしの手を掴んで、それから釘を次々と別の場所へ転移させました。

 あの瞬間、お父さんから教わった魔術を試しているような……頭の中が熱を持って、それが魔術の形態に合わせて血流のように運ばれる感じ、それが蒼ちゃんと繋いだ手の方へ流れていくのを感じていました。

 でも、それだけです、それだけなら初めてのことでもありません。


「岬夜空がどう聞かされているのか不明だが、その星空は岬夜空だからの星空だ、望むなら俺の抑止力の感覚も刻めるだろう」

「が、頑張ってみます」

「悪くない、焦ることでもない、だが、俺は岬夜空、水瀬そ……蒼ちゃん、そんなお前らに頼みたいことがある」

「なんでまた言い直したんですか? 今のは確信犯ですよね? なぁおい、てめぇそれがものを頼む態度か?」

「二人の目的はこの世界から抜けること、違うか?」

「はい、わたしは帰りたいです……きっとお父さんもポッキーさんも心配していますから」

「そうですね、僕もここと関わりたくはないといいますか……約束ですからね」

「約束……ですか?」

「えぇ、まぁ一応は」


 歯切れ悪い反応を見せる蒼ちゃん、咄嗟のことでしたが蒼ちゃんをこの世界に巻き込んでしまったこと……わたしはまだちゃんと謝ってませんでした。


「その、蒼ちゃん、無理矢理この世界に連れてきてしまってごめんなさい」

「今更ですよ、過ぎたことをねちねち言うつもりはありません」

「でも……」

「悪いことだ、素直になるといい、お前は幾らでもかわせただろう?」

「うるせぇな! 振り払おうと思えば振り払えたけどそうはしなかった、だから岬夜空……君が気にすることではありません、これで満足ですか?」

「だが不思議だな、お前が人間に肩入れするとは」

「……僕も悪影響を受けているのかもしれませんね、それより早く話を進めてください」

「そうだったな、頼みたいこと……俺は、を助けたい、その為に二人の力を貸してほしい」


 そう言って閂さんは立ち上がると深く頭を下げました。


「まずは赤神有紗と合流したい」

「はぁ……予感はしていました」

「この世界では彼女もまた制限を強いられている、俺と同様に赤神有紗も身動きがとれない状態になっている可能性が高い」

「貴方は制限がなくても滅多刺しになってましたけどね」

「悪いことだ、素直になれと言っただろう? 俺は元はそうだったが……もう違う」

「どういうことですか?」


 わたしが尋ねると、今度は真っ暗な空を見上げる閂さん。


「この世界を止めるのに俺が関わっているからだ」

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