幕間 誰へ語らずとも
赤神有紗(1)
『一仕事終えたばかりですのに……なんだか冴えない顔をしていますね』
『んー』
人は肉体の活動が停止したとき、今生の別れとしてその者を弔う。
風習に違いさえあれど、弔うという行為はどんな文化を育んだ世界でも存在すると聞いた。
あたしが転生神として与えられた力のひとつ――天の目を介して見ている葬儀は喪服姿の人間達によって暗く染まっており、そして、死者の眠りを妨げぬようにか、動きに乏しく……まるで時間の流れが滞ってしまったかのような静けさに包まれて見えた。
だからこそ、すすり泣く老人や泣きじゃくる女の子の動きが嫌でも目についた。
「あんたは……本当にいいのか? 元の世界に戻りたいとか思わないのか?」
「全然いいよ、あんな日常惜しくなんてないから……僕が死んだって悲しむ人もいないだろうし」
学校では執拗な虐めを受け、家庭では理不尽な暴力に脅かされていた少年の最期は……自ら命を絶った、ということではなく、彼はたまたま遭遇した川で溺れている女の子を助けて、代わりに流され沈みそのまま助からなかった。
そうして世界で宙ぶらりんとなった少年へ転生の説明をした際、彼は悲しむ人なんていないと話した。
『貴女は己の職務を全うしただけ、違いますか?』
『そうだな』
転生神は天から受けた天啓に従い、死の運命が迫っている素質ある者の最期を見届け、残された魂を導く役割がある。
物理的な活動が困難になっても、魂という不定形な力は滅びず世界に残る。
そのままでは世界に干渉できない魂の再利用、ツクヨミの黄泉還りやアマテラスの陽炎、タイタニアの妖精など……天の意図は不明だが、どうやら多角的な検証を試みているようで、あたしの役割もまたそれらに含まれるものだった。
『では、なぜ……なぜ貴女は転生させた人間の死後に――その葬式にまで目を配るのですか?』
『心配事があるわけじゃないさ』
天と地の間、便利だからと男なのか女のか曖昧な容姿を好む転移担当の神、水瀬蒼太郎はあたしの行動の意図を知りたいのか、隣に立ったときから一向に質問攻めを止めようとしない。
『人と同じように死を悼む気持ちがあるわけでもないでしょう?』
『さぁ、どうだろうな』
理解に苦しむ、とでも言いたげな溜息が横から聞こえてくるが反応せず天の目に集中する。
両親の素行の悪さをどことなく察していながら、行動できず心を痛めていた祖母がいつまでも乾いた肌へ水滴を伝わせている。
救われたことを理解して泣いている女の子の母親が、感謝と謝罪の言葉を繰り返しながら両親へ頭を下げている。
手を差し伸べずに距離を取っていた小学校からの友人が、葬式の外へ出てすぐ悔いるように泣き叫んでいた。
『今回の彼は自分が死んでも悲しむ奴なんていないって言ってた……けど、こうして泣いている人達がいる』
『それを転生者に教えるため、死後を確かめていると?』
『伝えるつもりはないけど、それでもあたしは見届けておきたい』
『理解できないこだわりですね』
天啓はあたしに寿命以外での死が近い人間――近いと言ってもその尺はかなりいい加減だが――を教えてくれる。
言い換えれば、あたしは……その人物が死ぬと分かっていて、何もせず傍観しているという話になる。
それが転生神の役割、でもそれは死神と何が違うのだろうか?
直接、手を下してないなら死神とは違うのか?
いつか「お前が殺したんだ!」って誰かに糾弾されたとき、あたしは違うって言えるのか?
分からない、分からないが、いつしか……あたしは留めておかなければいけないと考えていた。
救えた筈の命を見殺しにした転生神の選択が、何を残すのか。
誰へ語らずとも、せめてあたしだけは――と。
『考え方の問題ですよ、転生した先で多くの命が救われるなら結果的に涙の数は少なくなる、そういうことでしょう?』
『こういうときに正論パンチしてくる奴はモテないぜ?』
『鉄拳制裁の方がお好みでしたか?』
『やだー有紗こわーい』
『状況に応じてキャラクターを使い分けるその器用さだけは尊敬できますね』
『ん、自画自賛してるわけ? ナルシストもモテないと思うけど』
『つまりぶん殴ってくれって言いてぇんだよな? そうだよなぁてめー!』
蒼太郎とたわいない会話をしていて、幾分か心が軽くなった気がした。
『ったく、一応言っておきますけど余計なことは考えない方がいいですよ、僕ら神様が願いを――自己否定をすることによって、どんな天罰が下るのかなんて知りようがないんですから』
『そのときは異動願いを出して死神にでもなるさ』
『くっそつまんねぇ冗談のままで終わることを願っておきます』
天の目を閉じると、一仕事終わったことを素直に受け止める素振りで蒼太郎を飯に誘ってみたが、もちろん鼻で笑われて断られた。
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