岬勇司(イチ)、穂波鈴里(イチ)
焦げ臭さが充満していた。目を開けているのが辛いくらいの熱に辺りが包まれている。高々と空を染める勢いで燃え盛る炎、そこから散って舞う火の粉はどこか妖精郷の樹木から剥がれ落ちる葉の灯りに似ていた。
城とは名ばかりの半壊した終着点、カンヌキもスーも傍には居ない。
『ニアに手を出したのはてめーだったんだな……トマソン』
『だってさ、五人って冒険のパーティーにしてはちょっとおさまりが悪いと思わない? 四人がベストだよ、ゲームだと大体そんな感じだし』
『知らねぇよ、ニアはどこだ?』
『どこだっけなぁ、ぼくは一度アキハバラに戻ろうと思うから、気になるなら魔王と一緒についてくれば?』
『……カンヌキを止めるべきじゃなかったんだな』
『ぼくを殺しておけばよかったってこと? 今まで一緒に冒険してきた仲間にそんなこと言われると悲しくなるね』
『そんな作り物の顔で言われてもな……ぶん殴りたくなるだけなんだわ』
『
俺も、カンヌキも、スーも、ニアも、そして……トマソンも、誰かの願いを一身に宿している。誰かの願いによって作られた存在、それを作り物だと言われれば……。
「お父さん、目玉焼き……焦げてるよ?」
「うわー、それ父さんが食べてよ、俺と夜空には新しいの焼いて」
「……あ、あぁ、わるい」
一つの椅子の上に立って仲良くフライパンを覗きこんでいる二人の子供、日向と夜空の声に意識が戻され、俺は慌ててコンロの電源を落とす。
「陰陽寮に行くの遅くなっちゃうよ」
日向が不満そうに頬を膨らませている。朝日から聞いた話だが、どうやら陰陽寮で知り合った女の子にお熱らしい。最近の小学生がませているのか、日向が……陰陽寮で大人達と話す機会が多くて、ちょっと大人びてるのか分からないが、年頃の我が子の機嫌を損ねる前にさっさと朝食の用意を済ませないとな。
朝日の調理というのが、電子レンジでチンを意味するため必然的に俺の家事能力が上達していく。電子レンジの載っているラックの違う段には調味料の瓶と一緒に幾つかのレシピ本が並んでいた……実際に作ったことあるのは、そんな多くないけど。
この世界の言語を理解するのはそう難しくなかった。
それは理解するというより記憶するというか、一度見聞きすれば忘れないような、精神作用の魔法を受けているような感覚。
「わたし手伝うよ! お父さん、なにすればいい?」
俺のエプロンを引っ張って、夜空が瞳を輝かせている。
「んー、じゃあ飲み物とか用意しててくれ、丸皿も三つあると助かる」
「はーい」
「俺も俺も」
元々、この世界では俺のようなよそ者は式神と呼ばれていた。
式神と人間が契りを交わすというのは一種の禁忌とされていたようだが、昨今、そういった認識は変わりつつあり、式神ではなく異世界人と改め、現在は人権なんかも認められている。
それでも、変わらない風習、変われない価値観、変えられない対応、全てが全て、同時に良い方向へ進むなんてことはない。
日向も夜空も混血児として陰陽寮への通院、検査を半ば強制されている。
特に夜空は俺の特性を濃く継いでいて、識訳師の連中にとっては陰陽寮の陰棟に隔離してしまいたいぐらい貴重な存在のようだった。
朝日が向こうの主張を聞く耳持たずといった様子で拒絶しているから免れているが、それも時間稼ぎでしかない。
昨夜も、俺と朝日は京都から離れることを視野に入れて、子供達を守るためにどうすべきか相談していた。
━━━━━━穂波鈴里(イチ)━━━━━━
「あーやだやだ、辛気くさ」
陰陽寮には陽棟と陰棟がある。
普段は陽棟で診察を受け持っている私は、滅多に陰棟へ足を運ばない。
地下だから空気が悪いとか、そういう類の話じゃない。
世間に公表されている陰陽寮という施設は陽棟が全てだ、陰棟は隠蔽されていて、それはそのまま、隠しておきたい異世界絡みの厄介事に蓋をしていることと同義だった。
「付き合わなくてもいいと言ってるだろ」
「監視役なんてしたくねーけど……サボるのは性に合わないんだ、朝日さ、あんた、識訳庁からすげー危険人物扱いされてんの、自覚ないだろ?」
「興味ないな」
「まぁ、私もねーや」
岬朝日、旧姓は倉橋、陰棟に居なくても淡々としている、表情に乏しい私の友人は相変わらずの素っ気ない態度でこちらの会話に応じながら、薄暗い地下の廊下を突き進んでいく。
他の職員とすれ違うこともなく、ちかちか点滅する蛍光灯に導かれて、通路の先へ、先へ、そして、セメントの壁が途切れ、いつしか施設というより地下牢のような不揃いな壁が続く道となり、朝日が胸元からペンライトを取り出す。
頼りない明かりを頼りに、それでも彼女は臆せず進んでいく。
遂には文字通りの牢を模した鉄の柵が視界に入るようになり、どこからともなく不気味なうめき声や足音が聞こえてくる。
薬品と糞尿と体液と、もう区別つかないような異臭が鼻の奥につんと残る。
柵や足元の砂利道には点々と札のようなものが張り付けられていた。
「よぉ、姉ちゃん、久しぶり」
邪魔をしないよう、私はそれ以上踏み込まず、暗闇へ紛れるようにして朝日から離れる。
札の張られた大小様々な石が柵の下に敷き詰められた牢の中から、柵越しに朝日と向かい合う影。
「
「姉ちゃんでも冗談言うんだな、ははっ、笑えねぇ、全然笑えねぇよそれ」
朝日の両親は既に亡くなっていて、倉橋家の現当主は彼女になっている。
唯一の生き残り、書面上では。
「確認したいことがある」
「姉ちゃんのためなら、なんでも答えるぜ」
「土御門の令嬢、あの子はどうやって生まれたんだ?」
「晴先のじじいに聞いてねぇの?」
「教えてくれ」
「あーあ、損な役回りなんだからよぉ、俺はいつもこうだ、まぁいいんだけどな、嫌われるのには死ぬほど慣れてるしさぁ……姉ちゃんだから特別だぜ」
しかし、倉橋帳はその先を中々話そうとはしない。
「話すつもりがあるのかないのか、どっちなんだ?」
短くない沈黙を挟んで、朝日が耐えきれず口を開いた。
「あぁん? 俺は姉ちゃんは特別だって、そう言っただろうが? なぁ、奥に隠れてるてめぇは駄目だよ、さっさと消えろ」
姉である朝日に向ける声色とは違う、敵意を含んだ冷たい物言い。
真面目に職務を全うするから嫌な思いをする……やっぱりサボるべきだったな、私はそう思いながら、静かにその場から立ち去った。
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