ユージン・イシュノルア(サン)
妖精は神出鬼没、悪戯好きな神秘の存在、見つければ幸運をもたらしてくれるだとか、見えるものは秘めたる才を開花させるだとか、様々な説が流布しているらしい。
神出鬼没に思える遭遇の根幹には、妖精郷の在り方が関係していて、そもそもの妖精自体の在り方にも繋がっていく。
妖精郷の主や理想少女、抑止力という個性が散らかってる連中の話を整理すれば、この世界で妖精と呼ばれている存在は、俺達と似ていて……願いが集まって形を、意思を、姿を持ったもの、そして、それは俺達とちょっと違っていて、叶わなかった願い……主に幼くして命を落とした、子供達の夢のようなものが紡がれて妖精郷に誕生するということみたいだった。
それらがいつしか妖精と呼ばれるようになり、結果としてここを妖精郷と呼ぶようになった。
んで、妖精郷ってのは、言い換えれば世界の外、人間達が信じる死後の世界だったり神様の世界のような、隣にあるようで果てしなく遠いどこか……物理的に辿り着ける場所ではないという話だった。
「あー、つまりだ……妖精が人間の世界に遊びに行くことはちょいちょいあるけど、人間や魔族が妖精の世界――妖精郷に立ち入ることってのは基本的にありえないってことか、ニア、それでいいか?」
「え、嘘でしょ、ニアって……呼びかた……ぐいぐいくるんですけど……距離感ちか……むり、こわ」
「ちょっとちょっと勇者様! あんまりタイタニアを
「え、ちょろ……って」
「ちょろいなんて言ってませんよ」
「うええ、もうちょろいってはっきり」
「言ってませんよ?」
「ひゃい」
「……で、俺の質問は?」
裸の人間が迷い込んだという地点まで道案内を担当していたニア……じゃなくてタイタニアがスーの背中に隠れるようにして俺から距離を取ってしまい、同時に俺達の会話も歩みも止まってしまう。
カンヌキは滅多に会話へ加わることはなく、一定の距離を保って最後尾を維持していた。
いつのまにか周囲の景色からは巨大なキノコが遠のき、穂先が腰近くまで伸びていて神秘的な光を振り撒く草地が広がっている。
「あ、あ……」
「あ?」
「ひ、向こうからきた」
スーの肩越しに顔を少しだけ覗かせて、小刻みに震える指で前方を差すタイタニア。
「悪くない、やはりそうか、あれが俺の……」
カンヌキの独り言に耳を傾けつつ、俺もスー達から視線を移す。
非常に小さな影、透き通った蝶の羽のようなものを羽ばたかせて、凄い勢いでこちらへ向かってくる……たぶん、あれは妖精だな。
その更に奥より、とびっきりの笑顔のまま綺麗なフォームで腕を振って駆けてくる人間、一糸まとわぬ姿で(下半身がいい具合に穂で遮られているが)妖精を追いかけているように見える。
「やべー奴じゃん」
「やべー奴ですね」
「まじきちぃ」
「悪くない」
なんだかカンヌキだけ肯定的に聞こえるが、それぞれがそれぞれの所感を述べている間に妖精が俺達の傍まで寄ってきて、なぜか俺の耳元で叫ぶ。
「ニアサマ、ハンターガキタノ、ナントカシテ!」
「うるせぇ! なんで俺のとこにくんだ!? んで、やっぱニアって呼んでもよさそうじゃねぇか!」
「出番ですよ、勇者様!」
スーに催促されて、渋々ハンターとやらの前に立ち塞がる。
色白で痩せ気味、身長は俺より低く、毛も生えてない綺麗な肌は少年に見えなくもないが、よくよく観察すれば目尻や口元に若干の皺が見受けられる。
下半身はさっと流し見て、そいつが男だと確認した上で……どう声を掛けるべきか戸惑う。
「いえす! 次のクエストを確認!」
「くえ、なんて?」
青年(たぶん)は眼前で立ち止まってガッツポーズ。
「目標、のような意味だな」
カンヌキが補足する。
「そうなん?」
「君達はぼくと同類? ううん、違いそうだね、うーん、アマテラスやツクヨミと同じようなものかな、ツチミカドの言う通りみたいだ」
「なんなんだ、あんたは一体」
「ぼくはトマソン、異世界転移して主人公になりにきたんだ」
いやー驚いたよ、衣服は全部置いてきぼりになるんだもん、僕が目覚めると、そこはアキハバラじゃなくて可憐な妖精が飛び回る不思議な世界だった、そして、僕はそこで……そこで、ええと。
俺達ではなく、自らへ語るように早口でまくし立てていた口が止まり、トマソンとやらは首を傾げる。
「君達は誰? 君達はどんな存在なの?」
「私はメアリー・スーです、理想の女の子やってます。後ろに隠れてるのは妖精郷の主してますタイタニアで、アホ面してるのが生まれたての勇者ことユージン・イシュノルア様です」
「だーれがアホ面か!」
「では、ヤリチン顔で」
「終いには泣くけど?」
「おー確かにハーレム主人公しそうな顔してるね、それで、奥にいるスーツの人は?」
「俺はカンヌキ、どうやらトマソン……お前を止めるために俺が存在しているようだ」
「……へぇ、そうなんだ、どういう仕組みなんだろ、面白いなぁ」
「自らの名で物語を生み、人々の願望を身に集めて、存在しない階段を駆け上がった――現実を超越した者よ、超現実トマソンとはよく言ったものだな、お前は開かずの
カンヌキがここまで饒舌になるのを初めて目の当たりにした俺は、口も挟めずに二人の対話を静観してしまっていた。
「どう頑張っても神様と巡り合えないって気付いたんだ、だから、物語に願ってもらった。転生や転移の神に頼らなくても、自力で別の世界にいけるんだって、ぼくの本を読んだ人達が憧れる展開を広めたんだ、トマソンの名と一緒にね」
「一度破られた境界は脆くなる。トマソン、お前がこじあけた穴は不可逆となる……悪いことだ」
「良いことだよ、だって、叶わない願いが叶うようになるんだよ? ぼくみたいに主人公に憧れる人達が本当に主人公になれる可能性がゼロじゃなくなるんだ、誰もぼくを責めたりはしないよ」
「だから俺がいる」
「じゃあどうするの? ぼくを殺すの?」
「俺の力は錠となり理から切り離す、それを死と捉えるなら……そうなる」
身ぶり手振りを交えながら仰々しく喋り、遂には両手をいっぱいに広げて華奢な胸元を……まるで心の臓を差し出すようなポーズを取るトマソンに対して、感情のこもっていない調子で言葉を返すカンヌキ。
スーとタイタニアはどうしてるのかと二人へ視線を送れば、スーは関わる気がないのか……逃げてきた妖精と何やら楽しげに話している。
タイタニアは、近くの地べたへ仰向けに寝そべっていて「私はノーム、土にこもる、私はノーム、土にこもる」と呪文のように繰り返している。え、こいつはまじで何してんだ?
「なぁ、カンヌキ」
「……」
「不可逆ってのはもう手遅れって意味でいいんだよな? ならよ、今更こいつに何かしても意味なんてないんじゃねぇのか?」
それは俺が勇者として生まれた故の性だったのだろう。
――人間の為に役に立ちたいという感覚があって、むやみやたらに仲違いしたくない気持ちがあるのは確かだった。
――使命感というものは厄介なものですよね、絶対に従う道理がないとしても、それが望まれているんだと考えてしまうと、その道から大きく逸れることが躊躇われてしまう。
結論だけ述べるとすれば、俺がトマソンを庇ったのは間違っていたのだろう。
だが後悔しているかと問われれば、それも違うと思う。
きっとこの選択でしか巡り合えなかっただろう出会いがあって、掴めなかった幸せがあった。
残ってしまった問題といえば、いつか必ず……自身のルーツに逆らってでも、俺は魔王ではなくトマソンとけりをつけなきゃいけないってことだった。
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